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碁法の谷の庵にて

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2016年06月24日
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 逮捕・勾留で身柄を拘束されている被疑者。
 弁護人の弁護士がついた場合、被疑者から外部への連絡など要望事項は様々あります。
 そのときに弁護人の多くが頭を痛めるのが「ペット」ではないかと思います。

子どもや高齢者の面倒はどうする?

 刑事弁護をやっていると、彼(彼女)が逮捕・勾留されたことでまずい事態になってしまうことはそれなりにいます。

 「まだ小学生にもなっていない子どもがいるのに、唯一の肉親である母親が逮捕・勾留されちゃった!!」
 「認知症で何もわからない高齢者の面倒を見ている唯一の息子が逮捕・勾留されてしまった!!」

なんてケースもあります。

 ただ、それで児童や高齢者が何の保護もされずに取り返しのつかない事態になってしまった、なんてことになっては大ごとです。
 私の経験の限りでは、警察の方も心得たもので、その場合はきちんと別の親族や行政の方に通知し、施設に入れるなどして面倒を見ています。
 自活能力のない幼児や高齢者が一人で放り出されることのないようには、計らっているという訳です。

ペットの面倒を見てくれる仕組み

 ところが、ペットにはこんな風に公的に世話をしてくれると言った仕組みはありません。
 ペットは家に残されっぱなしであり、逮捕・勾留の期間エサも与えられず、散歩もされず、魚なら水も代えてもらえず…では死んでしまう場合も多いでしょう。
 あえて公的な方策として挙げられるのは動物愛護センター(保健所)に差し出すことですが・・・要は「運よく新たな飼い主が見つかるか、もし自分が期限までに帰ってこられないなら殺処分してくれ」ということになります。
 愛護センターとしてみれば、無料ペットホテルと扱われてはたまらないので、仕方のない面はあるでしょう。
 もちろん飼い主としてみれば、保健所で殺処分とか、「かわいそうなぞう」みたいな衰弱死など悪夢のような事態であり、何とか保健所に頼らないで愛するペットを助けてほしい、と希望する方も当然いらっしゃることでしょう。

考えられる方法

 その場合、まず、「ペットが死んでしまう!!逃げたり証拠隠滅したりしないから勾留を止めてほしい」と準抗告をかけるという方法が考えられます。
 とはいえ、「ペットの世話」を理由にして周囲に面倒見てくれる家族すらいない被疑者の準抗告が通せるなら苦労は要らないでしょう。
 経営してる会社が危ない、何人もの従業員が路頭に迷いかねないというような事態を主張しても、準抗告が通るとは限らない訳ですし。

 そうすると次の作戦は、「誰か親族や友人に頼める人はいないのか」という話をすることになるでしょう。
 ブリーダーで血統書付きを飼っているような場合であれば、ブリーダー仲間やペット屋さんの方に話を持って行きやすい可能性もあります。
 動物愛護団体に引き渡したり、動物愛護推進員に相談するという手も考えられると思われます。

 また、被疑者にお金があるならば、実費を渡してもらった上で「ペットホテルで預かってもらう」という手も考えられるところです。
 私選弁護であるならば、その辺に配慮した弁護契約条項を弁護人と締結しておくこともできます。

採れない方法

 ペットホテルを使う場合、長期化するといつか支払う金銭が切れてしまうことが予想されますが、その場合にはどうすべきかという問題もあります。
 実刑ほぼ確定でペットホテルに対しての踏み倒しがあからさまに予想されるような件でペットホテルに依頼する仲介をし、予想通り長期化し、結果としてペットホテル代を踏み倒した、ということになると弁護人の責任問題になる恐れも考えられます。
 少なくとも、踏み倒しが強く予想されるような件であれば、ペットホテルには現状を伝え、リスクがあることを理解してもらった上で預かってもらい、それを伝えたくないと主張するなら依頼を断ると言う対応を取ることになるでしょう。

 また、弁護人が国選弁護人の場合、こうした事務に関して実費を受け取るのはともかく、報酬を受け取ることは禁止されています。
 従って、弁護人に実費以外にもお金払うから弁護人がやって!!ということも許されないと考えられます。
 ペットではありませんが、身柄拘束に伴う外部の業者との交渉事務に関して報酬を受け取った弁護人が懲戒され、取消訴訟も棄却された例があります。(東京高判平成22年3月25日

万策尽きてしまったら?

 さて、採りえない手法と採りえる手法として私に思いついたものを一先ず列挙はしてみましたが、

「頼れる友人も親族もいません。準抗告も棄却されました。お金もなくてペットホテル代もありません。
家族からも、うちにそんな余裕はありませんと言われてしまいました。もう私のペットの面倒を見てくれる人はいません。」

「飼ってるのを誰にも知られたくないから人には伝えないで、弁護士だけで処理して!!」

などと、上記の方法では万策尽きてしまうこともあり得ます。

 そうすると、日に日に衰弱するペットを守る残された手法は、いよいよ「弁護人(あるいは弁護人が指示した事務局など)が面倒を見に行く」とか、弁護人が自腹を切ってペットホテルに預けるという方法しかなくなってしまうのです。
 さて、国選弁護人で上記のような手法が尽きてしまったときに、弁護人は無料でペットの世話までしてくれるのでしょうか。

 私が弁護人になった場合の回答は「否」です。


弁護人の世話は「親切」にすぎない

 刑事弁護人の職務上の義務は、あくまで法廷における弁護や起訴・不起訴に関する訴訟活動に過ぎず、ペットの面倒を見ると言った私生活上の要望はこれには当てはまらないでしょう。
 確かに、私生活をきちんと整えることは弁護にとって重要な役割を持つことも少なくはありません。
 しかし、だからと言ってペット保護について刑事弁護との関連性が認められる可能性は果てしなく低いと言うべきであり、そのような場合にまで、私生活上の要望を全て刑事弁護人が行う義務がある訳ではありません。
 経済的な苦境から犯罪に走った被告人の更生には債務整理による生活再建が有効な手法になる場合が多いですが、それですら、国選弁護人は被告人の債務整理まで無料で引き受ける義務があります、という説は聞いたこともありません。(別途債務整理について契約し、引き受けることは私もやっています。)

 現実には、個々の弁護人が親切心でそこまでしているケースもあるようです。
 個々の弁護人の親切心自体は否定するつもりはありませんが、あくまでもこれは単なる親切に過ぎず、面倒を見る義務はない、と考えられます。

 ここで親切心を起こすかどうかは、弁護人のスタンスなどにもよるでしょう。

 忘れてはいけないこととして、弁護人はペットの世話を引き受けることで厄介な問題を抱え込むことがあります。
 ペットにはデリケートなものも少なくなく、病気になってしまった、ケガをしてしまった、そうなった時には弁護人の管理が悪かったと責任追及されることもありえます。
 犬ならば単にエサをやるだけでなく、散歩だって健康維持のために必要ですが、そこまで考え始めるといよいよ弁護人のすべきことはキリがなくなってきます。
 猛犬や毒ヘビのような危険性を有するペットの場合、最悪弁護人の生命・身体に危険が及んだり、誤って逃がしてしまい、重大な責任問題になることも考えられます。

 また、ペットの面倒を見る契約の存在が別途認められるのでなければ、個々の弁護人が行うペットの世話は、「義務なくして始めた他人の事務」、つまり民法上の事務管理が成立しているととられる可能性があります。
 一応、被疑者との黙示の契約という余地もあり得ますが、弁護士が事件の受任をするのに委任契約書を作らないのは弁護士職務基本規程に反する場合もありますから、「黙示の契約」とか「口約束での契約」を主張することは難しい(というか、トラブルになってからそのような主張をすること自体大恥)でしょう。
 ところが、事務管理を行うならば、本人やその相続人がその事務を行うことが可能になるまで善良な管理者の注意義務(善管注意義務)を負います。(民法700条、民法698条1項の反対解釈)
 つまり、被疑者が最終的にペットの面倒を見ることが可能になるまでそのペットの面倒はずっと見なければいけません。また、勝手に保健所行きにすることは、被疑者の意思に反することが見え見えであって許されないと考えられます。(民法697条1項、2項)
 そして、弁護人としては善管注意義務を負担する代わりに実費を請求することはできますが、報酬を請求することはできませんし、そもそも被疑者・被告人に実費が払えるかも疑問です。

 そうすると、正式裁判にならず勾留くらいで終わればまだいいのかもしれません(親切心を起こしてペットの世話をする弁護人は、その辺りの見通しとの兼ね合いも考えていると思われます)が、もしも正式裁判になって長期化したら、あるいは実刑判決になってしまったら、服役を終えて刑務所から釈放されるまで被疑者は面倒を見られず、そうすると弁護人は何年もの間、下手すれば弁護士を辞めたとしても無償&実費の回収リスクを負担してまでペットの面倒を見る責任が発生する可能性があります。
 事務管理が成立するとなれば、一度引き受けた事務を自身の都合で投げ出すことは許されません。
 それでもペットにエサをやりに行く、面倒を見ると言う弁護人は、被疑者が例え刑務所に入ろうと刑務所から釈放されるまで一蓮托生という覚悟で引き受けているか、事務管理という形ではなく、契約という形で責任の範囲を明確にするなどの対応を取っているのだと思います。
 実際、ペットの面倒を見ることで被疑者が更生の決意を抱いてくれるなら、ペットの面倒を見ることまでやるのが刑事弁護人、とぶち上げる弁護士もいます。
 もし逮捕・勾留されてついた弁護人がそこまでやってくれるというのなら、仏様みたいな弁護人を引き当てた幸運に感謝するとよいでしょう。


 しかしながら、神でも仏でもない私としてはそこまでは引き受けられません。
 やるのであれば、当然それに見合う実費や報酬をきちんと設定した上で行うこととしますし、そういった報酬を受け取ることのできない国選弁護の場合には、関係各所への連絡以上の対応はしませんということになります。
 実際、私と同様のスタンスで臨む弁護人もかなり多いです。
 その結果としてペットが死んでしまったとしても、弁護人としては「私の責任ではない」という対応をとることになります。
 結果として被疑者が弁護人を信用せず、十分な弁護活動ができないということになってしまってもやむを得ない、身もふたもない言い方をするならば被疑者の自己責任扱いになります。(前記した仏様みたいな弁護人は、そんな風に信用してもらえずに弁護活動に支障が出る事態を一番恐れていると思われますし、私自身もその点からの迷い自体はあります。)

ペットが死んでしまったら?

 現にペットが死んでしまった場合逮捕・勾留が違法であったと認められれば国家賠償等でペットに対しての慰謝料や損害賠償を請求する余地は一応はあります。
 しかし、例え無罪であった場合でも、逮捕勾留が違法だったとまでいうにはハードルが高いです。
 また、仮に勝ち取ったところで血統書付きや希少生物ならばともかく、雑種犬などの場合換金価値がないため、結局賠償額は身柄拘束に対する慰謝料の金額算定における考慮要素として、慰謝料がちょっと増える程度でしかないと想定されます。
 結局、逮捕勾留されたらペットは諦める、という結論にならざるを得ないケースは多いでしょう。


自分なしでペットの面倒を見られる体制を作ろう

 今回は、私の立場から被疑者・被告人になってしまった方向けのケースについて話してみましたが、実は「ペットを飼っているのに飼い主が面倒を見切れなくなる」事態は他にも考えられます。
 突如健康を崩して救急車で運ばれ入院が必要となり、家に戻ることもできないケース。
 家が火事になってしまい、ペットの連れ出しには成功したものの、連れて行く場所がないというケースなども考えられるわけです。

 対策として、自身がいなくなると突然危険に晒されかねないペットを飼っている方は、必ず親族や友人などの了解をとり、自身に何かあった場合にはペットの面倒を見てもらう約束を取り付けておく、場合によっては取り付け合うのが、対策として有効であると考えられます。(もちろん、前記した弁護人がペットの面倒を見る場合の責任は預かると言った親族や友人にも適用されることに注意が必要です)
 また、高齢者のペット飼育について「自身の年齢とペットの寿命を考慮して飼うのが最低限の責任だ」という声が動物愛護関係者から上がっているという記事を発見しました。
 刑事手続的に言えば、ペットがいることを考慮して自身を律するのが最低限の責任です。
 平たく言えば、守るべきペットがいるのに、逮捕・勾留される罪を犯してしまう時点で、ペットを飼う責任を果たしていない、と言えるかと思います。
 冤罪で勾留された場合はともかく、罪を犯しておきながら自身のペットを守ってほしいという要求自体、厚かましいことをしている、という認識は持っていてほしいと思います。(個別の被疑者には、流石にこんなこと言いませんが…)


 そして、そうした体制作りはできない、というのであれば、ことが起きた時に愛するペットは諦めると言う決断を迫られうることも、また覚悟しておくべきでしょう。






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最終更新日  2016年06月24日 21時04分06秒
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