鳩山内閣の金看板である「脱官僚依存」と「天下り根絶」が揺れている。日本郵政役員や人事院総裁への官僚OB起用をめぐって野党から「天下りそのものだ」と批判を浴びた政府は,天下りについて「府省庁の斡旋によるもの」と限定的に定義し,矢玉をかわす構えだ。ところが,逆に定義から漏れた天下りの「裏ルート」を追求されて防戦一方に回っている。(11月21日付産經新聞4面)
これは民主党が「天下りという」言葉をいい加減に使ってきた付けが回ってきたということである。 「天下り」とは何かということを曖昧にしたまま,ただ政府を批判するためにこの言葉を用いてきたことが野党につけ込まれる隙を与えてしまったのである。
20日の衆院内各委員会で,自民党の中川秀直元幹事長が,
「閣僚の斡旋も府省庁の斡旋だ。そのことは認めなさいよ」
と指摘したのはもっともである。
ここに定義の杜撰さが明るみに出たわけであるから,それを認めて定義を訂正すれば良いだけのことであるはずなのに,菅直人副総理・国家戦略担当省が
「内閣の方針に沿っている限り,政務三役がそんなことをやるはずがない」
などと苦しい言い訳をしたのは恥の上塗りというものである。案の定,中川氏に
「しないはずだから斡旋に該当しないというのが政府見解では,法律論は成り立たない」
と批判されてしまった。
要は,元大蔵事務次官の斎藤次郎氏を日本郵政社長に起用したことをどう考えるのかということであろうが,これは「政治任用」(political appointee)であるから「例外」だということでよかったのではないか。
が,民営化された日本郵政の社長を政治任用するというのもおかしな話であるから,いずれにせよ言い訳がましいことになってしまうのではあるが。