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【小説】 『あっそうだ!ブータンへ行こう!』 三宅勇 著 [全514件]
![]() □ 第七十七話 「無抵抗な私に成るには?!」 今は日曜日のお昼前、行きつけの「いまじん」という大きな本屋で注文し た本を手にし、直ぐ帰るのがもったいないので、書店中央にある勉強机に 陣取り、ノートPCを広げ、今週の気づきを書くことにした。 そういえは、1週間ぶりの日記書きである。 今週変わったことは、メルマガを書かなくなったこと、日記も同様である。 その代わりにやっていることは、朝のジョギングだ。 水曜日の朝から始めている。 雨が降ったらやれないし、時間が無かったらやれない・・・ せっかく朝の「時間」という制限から解き放たれたのだから、私の意識 から「時間」の制限を取除くこと・・・ 私が変わったことは、“私が時間がない”と意識をしたら、それを逆に 即やってみることにしたことだ。 すると、「時間」が私の制限でしかないことが分かるのだ・・・ 考えたり、忙しがっていると、「時間」の制約から脱することはできない。 私が先週まで考えていたのは、時計の24時間・・・物理的な時間だった。 しかし、私が『ノッティングヒルの恋人』を観て感じたことは、心理的な 時間の感覚だった。 それは、“忙しがっている”という心の制限、 それが、「名札付けられた私」だ。 ■ この状態の私は、いつも抵抗する。 せっかく借りたDVDも、観ることができない有様である。 しかし、私は昨日と今朝、またしても『ノッティングヒルの恋人』を観た。 私が抵抗するものを片っ端から、やってのけたら、私はドンドン軽くなる。 私が付けた名札が一枚一枚剥がれ落ち、あらゆる制限から、一定の距離を作 り出すことに成功する。 それが、「心のゆとり」だ。 『ノッティングヒルの恋人』で、相手役のウィリアムが(ヒューグラント) が、アナスコット(ジュリアロバーツ)に、こういうシーンがある、 『そんなもの、笑いとばしちまいなよ!新聞記事は、翌日はもう~ゴミ箱 だよ!』 「心のゆとり」という「心理的な時間」は、私が過去や未来に対するこだわり の心のことだ。 そこには、人の評価や、過去との比較や、未来予測も無い・・・ 何も無い・・・ あるのは、「今、ここを楽しむこと」 ■ 今朝、私は暴露をすると、自分でもまだまだ抵抗があることが分かった。 今朝も4時起で、アイロンをかけながら、映画を観て、お世話になった方に お手紙を書いて、そろそろ“走ろうか!“という時間になった。 私は走る前に、まだ続けている腕立て伏せを済ませておきたかった。 しかし、今朝は「830回」の回数に抵抗して、 “ちょっとその前に、坐禅瞑想でも”といって、2時間も寝てしまった。 この抵抗から決めたことは、明日から「朝起きたら腕立て伏せをする」 だ・・・ 私の抵抗がなくなるまで、それをやり続ける。 そこに、私から逃げるような意識が働かなくなるまで・・・ 私の中にある抵抗を感じて、片っ端から逆に意識として、それを朝の先頭に 持ってくる~ 皆さん、いかがでしょうか? 私が今朝抵抗した腕立て伏せは、私が600回以降に腕が震えて苦しむ私を 数分間の時間へのささやかな抵抗だったのです・・・ ■ 今朝の気づきは、「私に時間を与えないこと」 想像上の精神的時間を取除くことだ! 先週末に、ある方とお話しをしたことを今、思い出した・・・ 『どうして、成功する人と失敗する人があるのか?』 それは、「時間には物理的な24時間以外に、心理的な時間があり、心に ゆとりがある状態でイメージできたことは、無制限だから、結果的に結論から スタートできるのではないのか?」と・・・ 夢や目標・・・ いくらそんなものを描いても、最後は「私」という制限が登場し、その道を 遮断してしまう。 いつも、計画や目標をだめにするのは。私なのだ。 だから、「私」を知らないと、いつまでたってもかけ引きが続き、エンド レスのゲームが続くのだ。 「本当の私」は母から産まれた瞬間の状態。 もう正確には記憶は無いが、恐らく無限界、無制限の状態であったはずだ・・・ 私にも、あなたにも大切な事は、大きな目標や夢を描くことではなく、 「私」と「本当の私」の違いに気づき、毎日を「私」に付けられた「名札」を 外すことにコダワリを持つことである。 「気づき」が、本当のあなたなのだ・・・ ■ 「無抵抗の状態」こそが、あなたの目標や夢を叶える泉なのだ。 私事であるが、私が今向っているのは、「時間」である。 もしかすると、この「時間」こそが、私をむしばむ最大の名札ではなかっ たのか? 今、私の前には「PLEO」(プレオ)という癒し系恐竜が50cm四方の 透明なカプセルに入れられている。 大人は誰も見向きをしない・・・しかし、特に幼児は興味をしめし、本当の 恐竜だと思っている。幼児には良い意味での制限がない。 これぐらいの幼稚さで、どんなことでも取り組めたら、それを“できない“ というイメージをすることが難しいのだ。 「無抵抗な私に成る」 それが、今の私の目標なのである。 (8月30日 午後1時執筆)
![]() □ 第七十六話 「映画『ノッティングヒルの恋人』からの気づき?」 昨日のメルマガの挨拶にも書いたけど、日曜日夜7時から、豊田ICから ちょっと中央道よりにあるサービスエリアで、『ノッティングヒルの恋人』 というジュリアロバーツ主演の映画を観ました。 皆さんも、こんなことってありますよね・・・ 人から薦められて、またネットからの噂で、DVD(映画)を借りてきた けど、時間に追われて観ないで返したこと・・・ 私は今までも、何回にありました。・・・ って言うか、半分ぐらいそうなんですよ!(汗) 高山の友人が、ミクシィーのノッティングヒルのコミュニティーに入ってい るのをみたので、『あの○○さんが入るぐらいだから、相当面白いんだろうな ・・・よし、明日借りてこよう・・・』 そんなノリで、6日前に借りてきて、ズットカバンの外側のポケットから 顔を出していました。 トイレ休憩に入ったときの私の正直な心境は、 『明日の朝までの企業研修資料の提出期限がギリギリなので、映画に2時間 は無理だなぁ~』と時間に追われていました。 しかし、私は最近の企業研修で、 『物事に優先順位をつけて、一つづつ実行しなさい。 できないものは、切り捨て、高いものから行動すんだぞ!』と偉そうに言って いたのです。 ■ 話しが飛びますが、私はこの数日前、親しくしていたお客様先に、約束の 時間を30分も遅刻していったんです。“親しい方だし、連絡は事前にしたし、 問題ないよね!”とたかをくくって、事務所へ行きました。 すると、○○さんが、感情的にならないで、こう言ったんです。 『三宅さんの今朝のメルマガに、“有言実行”とありましたが、今朝は違いま すね・・・』 私は、『本当に申し訳ありません。以後、気をつけます・・・』とても恥ず かしくなりました。 その日も、メルマガ執筆までは決めた時間通りだったのですが、Yシャツの アイロンができていなかった・・・ そのアイロンで15分遅れた・・・ そんなバカな言い訳はできまませんから、恥ずかしさで一杯でした。 しかし、○○さんだって、私に対して勇気を出して言ってくださったのです。 ■ そして、私はそれから数日考えたんです・・・ 『朝の時間にやっていることで、お客様にご迷惑がかかるなら、それは私の 優先順位がそもそも間違っているんじゃないのか・・・』 私は、私が正しいと思ってやり続けてきた「メルマガ執筆」や、そのための 「読書」そして最近始めた「日記」執筆自体が、実は既に優先順位が低いこと に気づいていないのではないのか?、と・・・ 私がメルマガでお金を頂き、生計をたてているならまだしも・・・ そもそも、私がこだわっている「朝のメルマガ執筆」って、前日の夜でも いいんじゃないのか? それに、「平日毎日(日刊)」なんて、 「私がこだわっているだけ」じゃないかって・・・ そんな淡い反省のような、疑問符を一杯つけながら、数日を過ごしており ました。 そして、日曜日にも、○○さんと午後から仕事の打ち合わせをして、夕食を ご馳走になって、家路を急いでいました。 ■ 「時間」 私は、「時間が大切」だと、朝は4時から仕事へ出るまでの4時間前後の 時間の中で、お決りの作業を、過去4年間続けてきました。 自分で選んでいたのですが、「優先順位」というより、「私のお決まり」 というか、「習慣」となっていました。 しかし、お客様にご迷惑を掛けるようなことや、またそもそも「朝のお決ま り事」が、平成21年9月を目前にして、果たして優先順位が一番高い のか?と・・・ そんなことを思いつつ、またしても、「時間」を意識しながら、 『ノッティングヒルの恋人』を観始めました。 しかし、しばらくすると私は、この映画の一部になり、ノートPCの画面の 中に入っていきました。 すると、「時間」という意識がなくなり、私は男優のヒューグラントになり きっていました。 ■ ヒューグラントふんする「ウィリアム」が、ジュリアロバーツふんする 「アナ」と一夜を共にして、それがメディアにスクープされたとき、こんな 言葉を言ったんです。 『今この場が良ければ、それでいいじゃないか・・・ 何も気にしなければ、問題ないよ・・・』 しかし、大女優のアナは気が動転して怒って帰ってしまったのです。 そして、紆余曲折があり、最後はハッピーエンド・・・ 私は映画を見終わって、車内で「時間」について感じていました。 「時間に追われるのではなく、時間と一体になり、溶け込む。時間の浪に乗る」 すると、私は浮き上がり、とても良い気分になる。 私のエネルギーが最高になり、その意識が私の今を変える。 『一番大切なものを、今、優先するんだ! 過去の延長じゃなく、習慣じゃなく、今、一番大切なものに、朝一番のも ぎたてのフレッシュな時間を注ぎ込む。 何をやるのがイイ点数なんて無い・・・今の気分が最高なものを選ぶんだ!』 ■ その瞬間、私は車内で決めました。 「明日からの朝の時間は、一番やりたいことや、私を待っていてくれる人の ために使う!」ってね! そしたら、一日最高の気分でした。 人に良く思われるとか、そんなことではなく、今、三宅勇が最奥だと思える ことに、優先順位を決めて、一機に集中する。24日の夜、ワクワクして一機 に書き上げました。 『ノッティングヒルの恋人』 ~キーちゃん・・・最高でしたわぁ~(チュ!) (8月24日 夜10時半執筆)
![]() □ 第七十五話「一つを極めるとは?」 昨夜、名古屋で『論語』の巻第一に関する勉強会を実施し、論語512の 章(詩)の内、40の詩を学んできました。 今朝は、その名から現代に活用できるエッセンスをご紹介してゆきます。 孔子は明確に、「学ぶ」と「考える」を規定しています。 まず「学ぶ」は、周王の道を師から教えを請う。 また、書籍を通じて研究することです。 「考える」は、自分の頭で、自発的に思索することです。 そして、“「学ぶ」と「考える」を上手く組み合わせながら、積み重ねて ゆくんだよ“と教えています。 ■ 孔子の代七十五代末裔である「孔健」という方の書籍で、現在の中国経 済界のリーダーの勉強熱心は尋常ではない、と紹介をしていました。 日本人の「学ぶ」は、大学入試、また大学・専門学校の卒業までです。 しかし、私も含めてですが、本当に学んだ知識を活かすのは、社会に出て からです。 本番は社会に出てからですから、本気で社会に出ていたら、更に疑問や壁 に出くわすわけです。 すると、更に考えて、悩む。 だからこそ、社会人になればそれ以上に現場からの危機感が伝わり、それ を超える道を自ら考えるようになる訳です。 ■ 私も例外ではないのですが、現在の私たち日本人は、毎日の忙しい勤め に圧倒され、それを紛らすための他愛ない娯楽以外には何も考えなくなって しまっているのではないでしょうか? 「会社を良くするには?」、「社会を良くするには?」などを、真剣に考 えなくなってきました。 もう10年も前のことですが、私は資格試験の学びを一生懸命、行った時 期がありました。 現在も一部には熱心に学んでいる人もいるのは事実ですが、その学びが 「知識」の学びで止まっています。 これは、学校進学の知識となんら変わりがありません。 大切なことは「資格を取る」ことだけではなく、その知識を社会に活かし、 活用してゆくことです。 ■ 「論語読みの、論語知らず」 孔子は、人間の本質や人格の見分け方を教えています。 それは、「相手の行動をみて、その行動の原因を知って、その行動を支え る信念が分かれば、人の本質は見分けられる」、と教えています。 孔子は74歳で他界するまで、「実践の人」でした。 コンサルタントにありがちな、言葉だけで有能さを示す「弁舌の徒」では なく、率先垂範、有言実行の人であったのです。 そして、やったことを言葉にしたのです。 私たちが孔子のような聖人になることはできませんが、それに近づくこと はできるはずです。 ■ それには、「一つに通じること」=一つを極めることです。 孔子は、周の国の忠義と礼楽を学び続けたのです。 是非、皆さんにおいても、“やること“は何でもイイですから、何か一つ を極めて下さい。 孔子は30歳のとき、「礼」に関する知識が無いことと、それが活かされ ていないことに気づき、10年間一日も欠かさず、「礼」の一点を学び、 自己を建設してきました。 すると40歳でようやく迷わなくなったのです。 そして10年が過ぎると、天命というものを知っていることに気づきまし た。そして、魯の国の政治に携わり、指導を続けてきました。 しかし、魯の天子は人の目ばかりを気にしてとうとう変らなかった。 ■ 孔子は魯の国を去り、諸国遍歴の旅に出ました。そこで、あることに気づ いたのです。 それは、自分が信念と思っていたのは、実は信念ではなかったという事実で あった。 自分で、“信念、信念”などと言ってたのは、信念をまだ自らの外側で意識 している証拠だったのです。 真の信念とは、それを口に出さず、それと一体となったときの状態であると 分かったのです。 すると、一切がありのままに自らの心に映り、孔子はこれを「耳に順 (したがう)うの境地」と呼びました。 孔子は60歳にして、天地人、過去現在未来を誤りなく捉えうる境地に達 したのです。 しかし、まだまだ無駄があり、一歩一歩に自我が宿っていることが分かり ました。 それから10年、意識をして自然に振舞い続けました。 すると、もう無駄も誤りもなくなった状態になりました。 ■ それは70歳を超えた時点だったのです。 これが「矩(のり)をこえず」という状態なのです。 「こえず」とは、もう考えずに、のびのびした心の自由と一体になる状態を指 します。 孔子は天才ではなかった。努力の人でありました。 不遇の幼年期を過ごし、15歳から自ら進んで学びだし、実践の後に言葉を 創る生き方を一日も欠かさず貫いた人であったのです。 「一つを貫くこと」 何でもイイから、今日からまず一歩を踏み出すことです。 そして、それに集中し、その習慣と一体になるのです。 それには、一日、1回づつの積み重ねをおいて他には答えは無いのです。 いつ来るか分からない~一生涯のゴールを、今日の悔いない実践で燃やし尽 くしてゆきたいのです。 ■ 「一つを極めるとは?」 それは、今を感じ、今、目の前の事柄に全力投球することです。 過去を顧みず、未来を憂えず、ただ今に集中する・・・ それが、私が極められた状態・・・ 「今、ここにある」なのです。 (8月21日 執筆)
![]() □ 第七十四話 「“気づき”に、気づくには?」 今朝は、久しぶりに書く内容が浮ばなかった。 そんな時は、15分を計って横になり、チョイ寝をするといつもなら浮ん でくる。しかし、今朝は浮ばない・・・ デスクにある詩やメッセージ集をペラペラとめくって、きっかけの言葉を 捜すが、一向に浮んでこない。 『こんな時に、ちょっと成長できるんだよ!』 そんな言葉を口にすると、そこにスペースができた。 『アッ!俺の名札だ!しまった、ひっかかった~』 急いでデスクに座り、キーをたたき出す。 するとどうであろう・・・やっぱり浮び出てくる。 「浮んでくる」のを待つのではなく、自分から浮ぶのだ。 最初はダメでもいいから、浮んだ気になる。 考えてみても浮ばないものが、動き出すと浮んでくる。 ■ これが、私がいつも口(文字)にしている、「考える」と「感じる」の 違いである。 「考える」と浮ばない。 「感じて、動く」と、その動きが浮びであることが分かる。 「自分の弱さを認められない人は、人の優しさには気づけません」 今朝読んだ本に、こんな言葉があった。“私は弱い“と認めると、あなた が”私だ”と思い込んでいる「あなた」に、ホンの小さなスペースができる。 人はいつも強くない。 その弱さに向き合い、“私は弱い”と認める。 すると、本当の私の回りにオブラートのような膜があることが分かる。 それが、スペースである。 そのスペースの救いは、オブラートをオブラートだと分かることである。 「オブラートが私だ」と考えたり、悩んだりしだすと、悪い意味での 「私と感情」の一体化となる。 本当の私と感情が同一化して、はがれないような気になってしまう。 ■ 私の本当はいつも一定だ。 勝手に動くことなく、浮き沈むこともない。 沈んでいるのは、オブラートで、それが感情である。 「感情」は、小さなことに反応し、浮き沈みを繰り返す。 でも感情は、私の核心ではなく、単なる包みなのだ。 今朝、改めて分かったことは、「浮ばないと感じたら、即書き出せ!」 だ! これが、「私が気づきいた」という状態である。 私、そしてあなたが、これからの人生で大切な事は、この「気づき」 を、生かされている中で、何度となく経験してゆくことだ。 今朝の私のように、“浮ばない”と悩んで、横になっていても、浮んで こないのである。 浮んでこない時が、チャンスの時なのだ。 苦しい時、逃げ出したいとき、病気にかかったとき・・・ そんな時に、どう想うかで目の前の景色が一変する。 ■ もし私が難病にかかって、それに絶望し、人生から逃げ出すことを選 択することもできる。 しかし、それは本当の私の核に、「難病」という事実が横に、チョンと 置かれただけだ。 病気と同一化してしまうこともできるし、悩んでおかしくなることも できる。こんな時に、「私は試される」 私という核と、私に降りかかる状態という事実は、別物なのだ。 今朝の私は試され、気づき、そしてこの時に感謝する。 いつか私も病気になり、動けなくなるときがくる。 だからこそ今、この瞬間から目をそらさず、私という核と私の包みとし ての感情に正面から向き合う。 すると、ピンチこそが私磨きのチャンスで、更なる神秘る世界を見るこ とができる入り口に立てたことが分かる。そんな悩みの包みを剥ぎ取ること ができるのは、当然、今の私しかいない。 過去の私ではなく、未来の私でもない。 今、この瞬間の私が、この今をどう感じるかだ! ■ だから、私は同じ動きを毎日繰り返す。 朝4時に起き、淡々と繰り返す。繰り返す力が、私なのだ。 そして、今朝のようなときに、明日からこうつぶやくことが出来ることに 気づいた! 『今朝は、私の成長のチャンスだ! 今日、生かされて、ありがとう。 そして、いつまでも素直でいくぜ!』 だからこそ、全ての感情と正面から向き合うことである。 そして、それがオブラートという「包み」であることを感じること。 すると、私という核と包みの間にスペースがあることに気づくことができる。 「気づき」 それが、本当の私(あなた)。 気づきは、たった一つ。 一つの気づきが、一点となり、無窮の可能性を開く。 気づきは、私しか感じられない。だから、私は今朝も経験する。 留まらず、今を歩き続ける。 (8月20日 執筆)
![]() □ 第七十三話 「どうしたら、気分がよくなるのか?」 最近、自分の目標が現実に叶いだしてきました。 『何故だろうか?』 少ない脳みそで考えてみました・・・ すると、数日前、友だちから届いた携帯メルマガを思い出しました。 『新しい習慣、新しい意識が継続するように受け取り続けて、古い意識が 元にもどそうとしても、新しい方向や変化を受け入れ続けること』 自分でも納得しました。 最近の私は午前4時の起床が板についてきました。 3月末までぐらいは、午前3時起きでしたが、これは無理があったよう です。 最近は例外なく、週末でもいつでも~目覚ましが鳴る午前4時前に目が 覚めるのです。 っていうか・・・いつも早く寝ているだけなのですが・・・ 本当に小さなことで、言葉で説明はできないのですが、一言でいうと “気分がイイ“(できるじゃん) ■ 昨日も瑞浪市という2つ隣の街の方(Fさん)と夜にあって、二人で以前 身に付けたテクニック(勉強)のおさらい会をやってきました。 Fさんは女性で、私と同年代です。 Fさんが、開口一発こう言うのです、 『あのねぇ~今朝5時に起きて、掃除したら、とても気分がいいのよ!』 また、先日ある経営者(Sさん)の方とお話しをしました。 『ちょっと不安なんです・・・ 今週も時間がなくて、新規の営業ができなくて・・・』 私は言いました! 『簡単ですよ!目標を紙に書いて、“大丈夫”って言って下さい。 大丈夫ですから!』 するとSさんが、 『でも、どうにも不安が消えないんですよ。目標の件数、訪問できない気 がしてきました』 『それって、取り越し苦労ですよね・・まだ来ても無い事実を勝手に決め ている・・・大丈夫ですよ!』と、私。 『正直、そんなに簡単に信じられないんですよね・・・ 紙に書いたくらいじゃ!』と、Sさん。 ■ 話しを戻しますが、Fさんは私が午前4時に起きていることをずっと 前に知って、“私も早起きします!”って言ってはいたものの、中々それ ができなかったのです。 しかし、それが1週間前からようやくできるようになった・・・ だから、Fさんはただ、気分がイイのです。 Sさんは、心配事が頭から離れず、心配症に掛かっているのです。 両者の差は何か? それが、答え! 簡単、 「やっているから、ワクワクしている。やっていないと、ザワザワして いる」 ワクワクは、新しい習慣を身に付けた私から出る呼吸音です。 ザワザワは、古い習慣のままの私が出す呼吸音です。 以前も書きましたが、「私」は昨日まで私だと思っている価値観の塊 です。 その塊である「私」は、危険を冒したり、冒険したりはしません。 「繰り返す」 これが、「私」の専売特許です。 ■ また、「私」は特に朝一番に登場し、新しいことを阻止します。 『もっと寝てよ! あと5分、あと10分、大丈夫! 大丈夫だから・・・ 会社は無くならないしさぁ~』 皆さんも経験ありませんか?(笑い) そして、「私」のお決まりは、「挑戦」のときにやってきます。 『やめとけって・・・無理、無理だからさぁ~ だいたい意味は何? メリットは何? もっと考えてさぁ~。 ゆっくりやりなよ! まず考えよう!』 古い習慣のままの私と、新しい習慣の私を一発で見分ける方法・・・ もう皆さんならお分かりですね!? 「気分がイイか否か」 気分が良くなるためには、何が必要ですか? 私に届いた携帯メールですよ! 「古い意識が元にもどそうとしても、新しい方向や変化を受け入れ続 けること」 ■ いつもの繰返しですが、私たちの目の前の成果は、例外はあるにせよ、 「私の習慣の産物」以外にありません。 「絶対できる」と思い続けて行動を継続したら、1日目には気づかなかっ た手段や方法が、4日目には浮んできます。 正確には、何日目かは分かりませんが、そういうものなのです。 それは、「宇宙の仕組み」です。 いつも言いますが、高額なセミナーに長期に渡って出席し、難しい計画 書を作り出す必要もなければ、困難な古典をひも解き、理解会得する必要 もないのです。 ただ、“大丈夫、全ては上手く行くに決まっているから”と何の疑いも なく思えたとき、私たちの「叶う」という軸が、宇宙の軸に一体となるの です。 宇宙はただ一定の速度で、何の不安を思うことなく、いつもの回転を繰 り返しているだけなのです。 ■ 昨日も書きましたが、最後は“一体となり”、意識も無意識も無く なります。 こだわりも、固守もなくなり、小川のせせらぎや、小鳥たちのさえずり のように、主張がなくなるのです。 森が主張しますか? 空が主張しますか? 私がただ、こだわっているだけです。 何に? 過去の私という「古い習慣」に気づかない間に、捉われているだけなのです。 だったら、今朝からはもう古い私は捨てて、新しい意識としての私になって、 こう言いましょう! “大丈夫、全ては上手く行っているから!” そして、その状態と一体となるまで、過去という名札を「私」からはがして ゆくのです。 すると、ワクワクして軽くなり、気分が良くなってしまうのです! (8月19日 執筆)
![]() □ 第七十二話 「何によって、私を磨くのか?」 夏休みの一日、朝から図書館が閉まるまでの間、『論語』に関する書籍三冊 をまとめました。 一冊目は、『論語物語』(下村湖人・著)、二冊目は、『論語に学ぶ』 (安岡正篤・著)、三冊目は、『何のために論語を読むのか』(孔健・著) でした。 特にお薦めなのが、『論語物語』です。東大の文学部を卒業した下村湖人 は、一生涯を論語研究に捧げ、孔子の教えを愚直に実践した人でありました。 他の「論語」に関する解説書にもない、創造力豊かな物語は、読むものを 魅了し離すことが無ありません。昭和13年の出版から、既に71年の歳月 が流れています。 ■ 「論語」は、合計512の章(詩)から構成されています。 『論語物語』は、この中から20の章を、湖人がその章(詩)の背景を想像 し、物語にしたてています。 今回私がまとめたのは、第一章からの40の章でした。 『論語物語』には、第一章からは3つの物語が紹介しています。 その中で、今の私に通じる・・・もしかすると読者の皆さんにも通じる、 大変意味深い物語がありましたので、今朝は、その紹介を通じてメッセージ としてゆきます。 その章は、「論語」の最初の篇「学而」の十五番目にあります。 「子貢曰。貧而無諂。富而無驕。何如。子曰。可也。未若貧時樂。富而好 禮者也」(子貢(しこう)曰く、貧にして諂(へつら)うなく、富みて驕 (おご)るなきはいかん。 子(し)曰(のたまわ)く、可なり。いまだ貧にして楽しみ、富みて礼を 好む者にしかざるなり) 日本語訳をすると、『子貢がいった、「貧乏であってもへつらわず、金持 ちであってもいばらないというのは、いかがでしょうか。」 先生は答えた、「よろしい。だが、貧乏であっても道義を楽しみ、金持ち であって礼儀を好むというのには及ばない』となります。 ■ ただ、『論語物語』以外の解説を読んでも、その漢字の意味であったり、 通り一辺な語訳でしかなく、全然イメージが湧いてこないのです。 しかし、湖人はこんな物語に仕立てているのです・・・ 「子貢は、相当にお金儲けには自信があった。孔子先生の第一の門人である 顔回や、ナンバー2の子路にも、お金儲けなら負けない自信があった。 子貢は、“今日こそ先生に自分の存在を意見として認めてもらおう“と 勢いづいて、先生の自宅へ向っていた。 貧乏な家に生まれた子貢は、人一倍努力し、誰にへつらうこと無しに、 今の位置に上り詰めたのだ。 今日の先生の話は短く終った。子貢は、ここぞとばかりに先生に質問した、 『私は、このごろ貧富に処する道について、多少考えもし、経験も積んで きたつもりでありますが、貧にしてへつらわず、富んでおごらないという のが、その極致で、それが実践できれば、その方面にかけては、まず人とし て完全に近いものではないかと存じます』 ■ すると先生は言った。 『お前が、ここまで誰にもへつらわず、お金を手にしてもおごることがなかっ たのは、私が一番知っているよ。でも、お前が、へつらうとかおごるというこ とに意識を向けているのは、まだお前の中に、へつらう心や、おごる心が残っ ているからではあるまいか?』 子貢は、もう孔子をまともに見ることができなかった。 『最高の状態は、結局は「貧富」を超越することなんじゃよ・・・ 貧富を超越するのは、貧富を天に任せて、ただ一途に道を楽しみ、礼を好む ということなのだよ・・・ 顔回(がんかい)にはそれができる。彼はさすがに賢者だなぁ。 そこまで行くと、貧にしてへつらわないとか、富んでおごらないとかいうこと は問題ではなくなるんだよ』」 孔子が2500年も前に、子貢を前にした言葉にできない情景が、ありあり と浮んできませんか? ■ 私がまだ「お金」に執着を持つことや、「正しさ」に固守するのは、私の 中に考え方としての「貧しさ」があり、行動において間違いがあるのだと、 感じました。 「私、私、私・・・」、「正しい、正しい、正しい」、「お金、お金、お金」 ・・・ 私や正しさやお金が悪いのではありません。 あることに、私が気づいていないことが問題なのです。 「あること」とは何か? それは、“私の意識がそこに固定されて、心から今を楽しんでいない“とい う事実です。 それに気づきさえすれば、それが「気づき」であり、その気づきこそが、 「本当の私」なのです。 すると、私とそれまでの私の間に、小さなスペースができるのです。 これが「意識する」です。 私が「私」と呼んでいたもの、また私が「正しい」と思ってきたこと、そして 私が「お金儲け」に固守していたことの間に、溝ができるのです。 ■ この瞬間、私のそれまでの価値観が一枚だけはがれて、私は身軽になる のです。 “身軽になろう“と思っても駄目なのです。今の私と向き合い、「私は正し にこだわっている」とか、「私はお金にこだわっている」と認めることから始 めなくてはいけないのです。 「私」という核の上に、意識という思考が重なり、私が勝手にそれと一つに なっているだけなのです。 子貢であれば、「私は誰よりも勝っている」という意識は、核である「私」 に乗った思考であるから、それを意識できれば、それ以降は固守せず、今を 楽しみ、自らを磨いてゆこう!、と身軽になることができるのです。 私がこれからの勉強を『論語』にしたのは、偶然かもしれませんが、とても 良かったと想いました。 まだまだ私の中には、固守する私があるし、それを指導してくれる師が居 ないからです。また、今日から『論語』を師として、実践をしてゆきます。 「論語読みの、論語知らず」とは、学問として「論語」を身に付けて、 人の為に使わない愚か者を指します。 そんな愚か者にならないように、今日を一所懸命、楽しみながら、一歩づつ 前進をしてゆきます! 「何によって、私を磨くのか?」。 それは、今日の実践です。 実践が、私にとっての~生きる教科書なのです。 (8月18日 執筆)
![]() □ 第七十一話 「どうしたら、成功できるのか?」 7月26日、アメリカ女子PGAツアーの「エビアン・マスターズ」で 宮里藍さんが、アメリカに単身乗り込み、3年半を掛けて初めて栄冠を勝 ち取りました。 私は、同じ日本人として誇らしかったし、とても嬉しかったです。 その時、7月はじめに藍さんが日本で出版した 『I am here(アイアムヒア)』という本を出版していることを 知った。 ネットの「アマゾン」での評価では、最高5点に対して「3」点と厳し い評価であったが、私の勘で、行きつけの本屋に注文し、夏休みに読んで みました。 ■ 結果は・・・ 私の直観通り~私が今、求めている答えに通じる素晴らしい内容でした。 彼女は、アメリカ2年目~たった一球のティーショットがトラウマとなり、 大スランプに陥りました。 練習もできない、ツアーにでても全て予選落ち、最後にはクラブが持て なくなり棄権してしまいました。 それまでの彼女を支えていたのは、「ゴルフの技術(メカニック)」 でした、 正しい技術を追い求めれば、必ず成果はついてくる・・・ 彼女は高校生で日本女子プロの大会で優勝し、プロ第一戦では初優勝 した、プロの中でも希な「天才」的なセンスの持ち主でした。 その彼女が、アメリカ2年目で大スランプ・・・ ■ 彼女は、アメリカでピンとリンというメンタルトレーナーに出会いま した。 二人の女性が創った哲学がありました。それが、「ゴルフ54ビジョン」 「全てのホールでバーディーを取ることができる。そしたら、スコアーは 54になる」という理論なのです。 通常私たちは、『そんな事は不可能だ!』とあきらめてしまいますが、 それは今までの言葉を借りれば、「私が名札をつけたから」となります。 藍さんは、昨年3週間、運よくピンとリンのトレーニングを受けること ができました。 彼女たちの教えは、ゴルフの小難しい理論を教えることではなく、自分 の中にすでにある最高の部分を引き出す指導だったのです。 そして、藍さんは分かりました・・・ 『技術ではなく、自分のフィーリングを優先したい』 どう打つかではなく、どれが一番自分にとって気持ちがいいのか?を、 リズムで感じたのです。 そうです!「心地良いテンポ」が大切だと気づいたのです。 ■ 藍さんは言っています、 『54ビジョンからの気づきは、自分がいかに固定観念や先入観に 縛られていたのかを知って、目からウロコが落ちる思いでした』 皆さん、いかがですか? 私が常に言っていた、「イイ気分」でしょ!(笑い) また、ピンとリンの哲学は、私自身にも大きな気づきを与えてくれまし た。 それは、選手がコーチに依存するのではなく、自分で考え、自分で 行動するプレーヤーになることを支援することが、私には必要であること でした。 また、私が再確認したのは、私の自己目標の最初に書いてあるもの です・・・ 「私は、わたしに携わる人たちの隠れた能力に気づきを与えて、心に灯を ともすことを支援することができる」 私は毎日、午前4時に目を覚ますと、真っ先にデスクに座り、現在13 ある「自己目標」をいつものメモ帳に全て書き出し、その情景と一体にな っていました。 ■ さて、話を藍さんに戻します。 彼女は自分の性格をこう分析しています。「不安症」 「不安」とは、未来に対する漠然とした心配ごとです。 彼女は「54理論」に出会い、それまでの自分の大切な心が、過去や 未来にばかり分散し、今に無いことに気づいたのです。 『過去でも未来でもない、「今」に自分を置くこと。これがナイスシ ョットを紡ぎだす大きな鍵です』 また彼女は、「一打一打のフィーリングを大切にすること」が要因と なり、良いスコアーという結果に結びつくこと、感じることができたの です。 「I am here」=私は、今、ここにいるんだ! ■ 本書は、藍さんが今年のオフに日本で話した内容を、ライターの方 が編集をして、その半年後の7月に出版をしました。 優勝した7月26日の、7ヶ月前です。 7ヶ月前~藍さんは、最後のページで、こう述べています。 『スランプになって泣きながら試合を棄権し、その後もずっと辛くて辛 くて・・・でもあのとき、やめていなくてよかった・・・・ いずれアメリカで必ず優勝します!』 私はこの瞬間、安岡正篤先生の言葉を思い出しました・・・ 「天才とは、要は努力の天才なり」 陰があるから、日向がある。今朝の夏空は、長い梅雨があったからこそ、 光輝くのです。 ■ 「どうしたら、成功できるのか?」 もう語る必要はありませんね・・・ 「石の上にも三年」 「私は、今、ここにいる」 目の前の人に、目の前の事柄に、一体となる。 その今こそが、既にあなたの成功の一部なのです。 (8月17日 執筆) |一覧| |
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