ブログを作る※無料・簡単アフィリ    ブログトップ | 楽天市場
047517 ランダム
スマイル三宅の~『見えない力への… (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】

【日記】 見えない力への質問~実は、自分が答えてる~ by三宅勇
ホーム 日記 プロフィール オークション 掲示板 ブックマーク お買い物一覧

PR

Calendar

February 2012
SMTWTFS
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
26272829   
<一覧へthis monthnext>

Keyword Search

Favorite Blog

まだ登録されていません

Category

Archives

Mobile

>>ケータイに
このブログの
URLを送信!

 

【小説】 『あっそうだ!ブータンへ行こう!』 三宅勇 著

<< 前のページへ一覧

2009.08.31 楽天プロフィール Add to Google XML

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 077 090831
[ 小説 ]    


□ 第七十七話 「無抵抗な私に成るには?!」


 今は日曜日のお昼前、行きつけの「いまじん」という大きな本屋で注文し
た本を手にし、直ぐ帰るのがもったいないので、書店中央にある勉強机に
陣取り、ノートPCを広げ、今週の気づきを書くことにした。

 そういえは、1週間ぶりの日記書きである。

 今週変わったことは、メルマガを書かなくなったこと、日記も同様である。
その代わりにやっていることは、朝のジョギングだ。
 水曜日の朝から始めている。

 雨が降ったらやれないし、時間が無かったらやれない・・・

 せっかく朝の「時間」という制限から解き放たれたのだから、私の意識
から「時間」の制限を取除くこと・・・

 私が変わったことは、“私が時間がない”と意識をしたら、それを逆に
即やってみることにしたことだ。

 すると、「時間」が私の制限でしかないことが分かるのだ・・・
考えたり、忙しがっていると、「時間」の制約から脱することはできない。

 私が先週まで考えていたのは、時計の24時間・・・物理的な時間だった。

 しかし、私が『ノッティングヒルの恋人』を観て感じたことは、心理的な
時間の感覚だった。

 それは、“忙しがっている”という心の制限、
 それが、「名札付けられた私」だ。



■ この状態の私は、いつも抵抗する。


 せっかく借りたDVDも、観ることができない有様である。
しかし、私は昨日と今朝、またしても『ノッティングヒルの恋人』を観た。

 私が抵抗するものを片っ端から、やってのけたら、私はドンドン軽くなる。
私が付けた名札が一枚一枚剥がれ落ち、あらゆる制限から、一定の距離を作
り出すことに成功する。

 それが、「心のゆとり」だ。

 『ノッティングヒルの恋人』で、相手役のウィリアムが(ヒューグラント)
が、アナスコット(ジュリアロバーツ)に、こういうシーンがある、

『そんなもの、笑いとばしちまいなよ!新聞記事は、翌日はもう~ゴミ箱
だよ!』

「心のゆとり」という「心理的な時間」は、私が過去や未来に対するこだわり
の心のことだ。

 そこには、人の評価や、過去との比較や、未来予測も無い・・・
何も無い・・・

 あるのは、「今、ここを楽しむこと」

 

■ 今朝、私は暴露をすると、自分でもまだまだ抵抗があることが分かった。


 今朝も4時起で、アイロンをかけながら、映画を観て、お世話になった方に
お手紙を書いて、そろそろ“走ろうか!“という時間になった。

 私は走る前に、まだ続けている腕立て伏せを済ませておきたかった。
しかし、今朝は「830回」の回数に抵抗して、

“ちょっとその前に、坐禅瞑想でも”といって、2時間も寝てしまった。

 この抵抗から決めたことは、明日から「朝起きたら腕立て伏せをする」
だ・・・

 私の抵抗がなくなるまで、それをやり続ける。
そこに、私から逃げるような意識が働かなくなるまで・・・

 私の中にある抵抗を感じて、片っ端から逆に意識として、それを朝の先頭に
持ってくる~

 皆さん、いかがでしょうか? 
私が今朝抵抗した腕立て伏せは、私が600回以降に腕が震えて苦しむ私を
数分間の時間へのささやかな抵抗だったのです・・・

 

■ 今朝の気づきは、「私に時間を与えないこと」


 想像上の精神的時間を取除くことだ!
 先週末に、ある方とお話しをしたことを今、思い出した・・・

『どうして、成功する人と失敗する人があるのか?』

 それは、「時間には物理的な24時間以外に、心理的な時間があり、心に
ゆとりがある状態でイメージできたことは、無制限だから、結果的に結論から
スタートできるのではないのか?」と・・・


 夢や目標・・・

 いくらそんなものを描いても、最後は「私」という制限が登場し、その道を
遮断してしまう。

 いつも、計画や目標をだめにするのは。私なのだ。

 だから、「私」を知らないと、いつまでたってもかけ引きが続き、エンド
レスのゲームが続くのだ。

 「本当の私」は母から産まれた瞬間の状態。
もう正確には記憶は無いが、恐らく無限界、無制限の状態であったはずだ・・・

 私にも、あなたにも大切な事は、大きな目標や夢を描くことではなく、
「私」と「本当の私」の違いに気づき、毎日を「私」に付けられた「名札」を
外すことにコダワリを持つことである。

 「気づき」が、本当のあなたなのだ・・・



■ 「無抵抗の状態」こそが、あなたの目標や夢を叶える泉なのだ。


 私事であるが、私が今向っているのは、「時間」である。

 もしかすると、この「時間」こそが、私をむしばむ最大の名札ではなかっ
たのか?

 今、私の前には「PLEO」(プレオ)という癒し系恐竜が50cm四方の
透明なカプセルに入れられている。

 大人は誰も見向きをしない・・・しかし、特に幼児は興味をしめし、本当の
恐竜だと思っている。幼児には良い意味での制限がない。

 これぐらいの幼稚さで、どんなことでも取り組めたら、それを“できない“
というイメージをすることが難しいのだ。

 「無抵抗な私に成る」 それが、今の私の目標なのである。
(8月30日 午後1時執筆)

Last updated  2009.08.31 05:03:26
コメント(30) | コメントを書く


2009.08.25

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 076号 090825
[ 小説 ]    


□ 第七十六話 「映画『ノッティングヒルの恋人』からの気づき?」


 昨日のメルマガの挨拶にも書いたけど、日曜日夜7時から、豊田ICから
ちょっと中央道よりにあるサービスエリアで、『ノッティングヒルの恋人』
というジュリアロバーツ主演の映画を観ました。
 
 皆さんも、こんなことってありますよね・・・

 人から薦められて、またネットからの噂で、DVD(映画)を借りてきた
けど、時間に追われて観ないで返したこと・・・

 私は今までも、何回にありました。・・・
って言うか、半分ぐらいそうなんですよ!(汗)


 高山の友人が、ミクシィーのノッティングヒルのコミュニティーに入ってい
るのをみたので、『あの○○さんが入るぐらいだから、相当面白いんだろうな
・・・よし、明日借りてこよう・・・』

 そんなノリで、6日前に借りてきて、ズットカバンの外側のポケットから
顔を出していました。

 トイレ休憩に入ったときの私の正直な心境は、

『明日の朝までの企業研修資料の提出期限がギリギリなので、映画に2時間
は無理だなぁ~』と時間に追われていました。

 しかし、私は最近の企業研修で、
『物事に優先順位をつけて、一つづつ実行しなさい。
できないものは、切り捨て、高いものから行動すんだぞ!』と偉そうに言って
いたのです。

 

■ 話しが飛びますが、私はこの数日前、親しくしていたお客様先に、約束の
時間を30分も遅刻していったんです。“親しい方だし、連絡は事前にしたし、
問題ないよね!”とたかをくくって、事務所へ行きました。


 すると、○○さんが、感情的にならないで、こう言ったんです。

『三宅さんの今朝のメルマガに、“有言実行”とありましたが、今朝は違いま
すね・・・』

 私は、『本当に申し訳ありません。以後、気をつけます・・・』とても恥ず
かしくなりました。
 
 その日も、メルマガ執筆までは決めた時間通りだったのですが、Yシャツの
アイロンができていなかった・・・

 そのアイロンで15分遅れた・・・

 そんなバカな言い訳はできまませんから、恥ずかしさで一杯でした。
しかし、○○さんだって、私に対して勇気を出して言ってくださったのです。

 

■ そして、私はそれから数日考えたんです・・・


 『朝の時間にやっていることで、お客様にご迷惑がかかるなら、それは私の
優先順位がそもそも間違っているんじゃないのか・・・』

 私は、私が正しいと思ってやり続けてきた「メルマガ執筆」や、そのための
「読書」そして最近始めた「日記」執筆自体が、実は既に優先順位が低いこと
に気づいていないのではないのか?、と・・・

 私がメルマガでお金を頂き、生計をたてているならまだしも・・・

 そもそも、私がこだわっている「朝のメルマガ執筆」って、前日の夜でも
いいんじゃないのか?

 それに、「平日毎日(日刊)」なんて、
「私がこだわっているだけ」じゃないかって・・・

 そんな淡い反省のような、疑問符を一杯つけながら、数日を過ごしており
ました。

 そして、日曜日にも、○○さんと午後から仕事の打ち合わせをして、夕食を
ご馳走になって、家路を急いでいました。



■ 「時間」


 私は、「時間が大切」だと、朝は4時から仕事へ出るまでの4時間前後の
時間の中で、お決りの作業を、過去4年間続けてきました。

 自分で選んでいたのですが、「優先順位」というより、「私のお決まり」
というか、「習慣」となっていました。

 しかし、お客様にご迷惑を掛けるようなことや、またそもそも「朝のお決ま
り事」が、平成21年9月を目前にして、果たして優先順位が一番高い
のか?と・・・

 そんなことを思いつつ、またしても、「時間」を意識しながら、
『ノッティングヒルの恋人』を観始めました。

 しかし、しばらくすると私は、この映画の一部になり、ノートPCの画面の
中に入っていきました。

 すると、「時間」という意識がなくなり、私は男優のヒューグラントになり
きっていました。

 

■ ヒューグラントふんする「ウィリアム」が、ジュリアロバーツふんする
「アナ」と一夜を共にして、それがメディアにスクープされたとき、こんな
言葉を言ったんです。


 『今この場が良ければ、それでいいじゃないか・・・
何も気にしなければ、問題ないよ・・・』

 しかし、大女優のアナは気が動転して怒って帰ってしまったのです。
そして、紆余曲折があり、最後はハッピーエンド・・・
私は映画を見終わって、車内で「時間」について感じていました。


「時間に追われるのではなく、時間と一体になり、溶け込む。時間の浪に乗る」

 すると、私は浮き上がり、とても良い気分になる。
私のエネルギーが最高になり、その意識が私の今を変える。


『一番大切なものを、今、優先するんだ!

 過去の延長じゃなく、習慣じゃなく、今、一番大切なものに、朝一番のも
ぎたてのフレッシュな時間を注ぎ込む。

何をやるのがイイ点数なんて無い・・・今の気分が最高なものを選ぶんだ!』

 

■ その瞬間、私は車内で決めました。


「明日からの朝の時間は、一番やりたいことや、私を待っていてくれる人の
ために使う!」ってね!

 そしたら、一日最高の気分でした。

 人に良く思われるとか、そんなことではなく、今、三宅勇が最奥だと思える
ことに、優先順位を決めて、一機に集中する。24日の夜、ワクワクして一機
に書き上げました。


『ノッティングヒルの恋人』

 ~キーちゃん・・・最高でしたわぁ~(チュ!) 

(8月24日 夜10時半執筆)


Last updated  2009.08.25 06:06:36
コメント(1) | コメントを書く

2009.08.21

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 075号 090821
[ 小説 ]    


□ 第七十五話「一つを極めるとは?」


 昨夜、名古屋で『論語』の巻第一に関する勉強会を実施し、論語512の
章(詩)の内、40の詩を学んできました。
 
 今朝は、その名から現代に活用できるエッセンスをご紹介してゆきます。


 孔子は明確に、「学ぶ」と「考える」を規定しています。

 まず「学ぶ」は、周王の道を師から教えを請う。
また、書籍を通じて研究することです。

「考える」は、自分の頭で、自発的に思索することです。

 そして、“「学ぶ」と「考える」を上手く組み合わせながら、積み重ねて
ゆくんだよ“と教えています。


 
■ 孔子の代七十五代末裔である「孔健」という方の書籍で、現在の中国経
済界のリーダーの勉強熱心は尋常ではない、と紹介をしていました。


 日本人の「学ぶ」は、大学入試、また大学・専門学校の卒業までです。

 しかし、私も含めてですが、本当に学んだ知識を活かすのは、社会に出て
からです。

 本番は社会に出てからですから、本気で社会に出ていたら、更に疑問や壁
に出くわすわけです。

 すると、更に考えて、悩む。

 だからこそ、社会人になればそれ以上に現場からの危機感が伝わり、それ
を超える道を自ら考えるようになる訳です。

 


■ 私も例外ではないのですが、現在の私たち日本人は、毎日の忙しい勤め
に圧倒され、それを紛らすための他愛ない娯楽以外には何も考えなくなって
しまっているのではないでしょうか?


 「会社を良くするには?」、「社会を良くするには?」などを、真剣に考
えなくなってきました。


 もう10年も前のことですが、私は資格試験の学びを一生懸命、行った時
期がありました。

 現在も一部には熱心に学んでいる人もいるのは事実ですが、その学びが
「知識」の学びで止まっています。

 これは、学校進学の知識となんら変わりがありません。

 大切なことは「資格を取る」ことだけではなく、その知識を社会に活かし、
活用してゆくことです。


■ 「論語読みの、論語知らず」

 孔子は、人間の本質や人格の見分け方を教えています。

 それは、「相手の行動をみて、その行動の原因を知って、その行動を支え
る信念が分かれば、人の本質は見分けられる」、と教えています。
 
 孔子は74歳で他界するまで、「実践の人」でした。

 コンサルタントにありがちな、言葉だけで有能さを示す「弁舌の徒」では
なく、率先垂範、有言実行の人であったのです。
 
 そして、やったことを言葉にしたのです。

 私たちが孔子のような聖人になることはできませんが、それに近づくこと
はできるはずです。
 
 

■ それには、「一つに通じること」=一つを極めることです。
 
 孔子は、周の国の忠義と礼楽を学び続けたのです。
 
 是非、皆さんにおいても、“やること“は何でもイイですから、何か一つ
を極めて下さい。
 
 孔子は30歳のとき、「礼」に関する知識が無いことと、それが活かされ
ていないことに気づき、10年間一日も欠かさず、「礼」の一点を学び、
自己を建設してきました。

 すると40歳でようやく迷わなくなったのです。

 そして10年が過ぎると、天命というものを知っていることに気づきまし
た。そして、魯の国の政治に携わり、指導を続けてきました。

 しかし、魯の天子は人の目ばかりを気にしてとうとう変らなかった。


 
■ 孔子は魯の国を去り、諸国遍歴の旅に出ました。そこで、あることに気づ
いたのです。

 それは、自分が信念と思っていたのは、実は信念ではなかったという事実で
あった。

 自分で、“信念、信念”などと言ってたのは、信念をまだ自らの外側で意識
している証拠だったのです。

 真の信念とは、それを口に出さず、それと一体となったときの状態であると
分かったのです。

 すると、一切がありのままに自らの心に映り、孔子はこれを「耳に順
(したがう)うの境地」と呼びました。

 孔子は60歳にして、天地人、過去現在未来を誤りなく捉えうる境地に達
したのです。

 しかし、まだまだ無駄があり、一歩一歩に自我が宿っていることが分かり
ました。

 それから10年、意識をして自然に振舞い続けました。
すると、もう無駄も誤りもなくなった状態になりました。

 

■ それは70歳を超えた時点だったのです。


 これが「矩(のり)をこえず」という状態なのです。

「こえず」とは、もう考えずに、のびのびした心の自由と一体になる状態を指
します。

 孔子は天才ではなかった。努力の人でありました。

 不遇の幼年期を過ごし、15歳から自ら進んで学びだし、実践の後に言葉を
創る生き方を一日も欠かさず貫いた人であったのです。


 「一つを貫くこと」


 何でもイイから、今日からまず一歩を踏み出すことです。
そして、それに集中し、その習慣と一体になるのです。

 それには、一日、1回づつの積み重ねをおいて他には答えは無いのです。

 いつ来るか分からない~一生涯のゴールを、今日の悔いない実践で燃やし尽
くしてゆきたいのです。



■ 「一つを極めるとは?」


 それは、今を感じ、今、目の前の事柄に全力投球することです。

 過去を顧みず、未来を憂えず、ただ今に集中する・・・

 それが、私が極められた状態・・・
「今、ここにある」なのです。

(8月21日 執筆)


Last updated  2009.08.21 07:53:19
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.20

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 074号 090820
[ 小説 ]    


□ 第七十四話 「“気づき”に、気づくには?」


 今朝は、久しぶりに書く内容が浮ばなかった。
そんな時は、15分を計って横になり、チョイ寝をするといつもなら浮ん
でくる。しかし、今朝は浮ばない・・・

 デスクにある詩やメッセージ集をペラペラとめくって、きっかけの言葉を
捜すが、一向に浮んでこない。


『こんな時に、ちょっと成長できるんだよ!』

 そんな言葉を口にすると、そこにスペースができた。


『アッ!俺の名札だ!しまった、ひっかかった~』

 急いでデスクに座り、キーをたたき出す。
するとどうであろう・・・やっぱり浮び出てくる。

「浮んでくる」のを待つのではなく、自分から浮ぶのだ。
最初はダメでもいいから、浮んだ気になる。
考えてみても浮ばないものが、動き出すと浮んでくる。

 
■ これが、私がいつも口(文字)にしている、「考える」と「感じる」の
違いである。


 「考える」と浮ばない。
「感じて、動く」と、その動きが浮びであることが分かる。

「自分の弱さを認められない人は、人の優しさには気づけません」

 今朝読んだ本に、こんな言葉があった。“私は弱い“と認めると、あなた
が”私だ”と思い込んでいる「あなた」に、ホンの小さなスペースができる。

 人はいつも強くない。
その弱さに向き合い、“私は弱い”と認める。

 すると、本当の私の回りにオブラートのような膜があることが分かる。
それが、スペースである。

 そのスペースの救いは、オブラートをオブラートだと分かることである。
「オブラートが私だ」と考えたり、悩んだりしだすと、悪い意味での
「私と感情」の一体化となる。

 本当の私と感情が同一化して、はがれないような気になってしまう。

 

■ 私の本当はいつも一定だ。
 

 勝手に動くことなく、浮き沈むこともない。
沈んでいるのは、オブラートで、それが感情である。

「感情」は、小さなことに反応し、浮き沈みを繰り返す。
でも感情は、私の核心ではなく、単なる包みなのだ。

 今朝、改めて分かったことは、「浮ばないと感じたら、即書き出せ!」
だ!


 これが、「私が気づきいた」という状態である。

 私、そしてあなたが、これからの人生で大切な事は、この「気づき」
を、生かされている中で、何度となく経験してゆくことだ。


 今朝の私のように、“浮ばない”と悩んで、横になっていても、浮んで
こないのである。

 浮んでこない時が、チャンスの時なのだ。
苦しい時、逃げ出したいとき、病気にかかったとき・・・

 そんな時に、どう想うかで目の前の景色が一変する。



■ もし私が難病にかかって、それに絶望し、人生から逃げ出すことを選
択することもできる。


 しかし、それは本当の私の核に、「難病」という事実が横に、チョンと
置かれただけだ。

 病気と同一化してしまうこともできるし、悩んでおかしくなることも
できる。こんな時に、「私は試される」
 
 私という核と、私に降りかかる状態という事実は、別物なのだ。

 今朝の私は試され、気づき、そしてこの時に感謝する。
いつか私も病気になり、動けなくなるときがくる。

 だからこそ今、この瞬間から目をそらさず、私という核と私の包みとし
ての感情に正面から向き合う。


 すると、ピンチこそが私磨きのチャンスで、更なる神秘る世界を見るこ
とができる入り口に立てたことが分かる。そんな悩みの包みを剥ぎ取ること
ができるのは、当然、今の私しかいない。

 過去の私ではなく、未来の私でもない。
今、この瞬間の私が、この今をどう感じるかだ!

 

■ だから、私は同じ動きを毎日繰り返す。

 
 朝4時に起き、淡々と繰り返す。繰り返す力が、私なのだ。

 そして、今朝のようなときに、明日からこうつぶやくことが出来ることに
気づいた!


『今朝は、私の成長のチャンスだ!
今日、生かされて、ありがとう。
そして、いつまでも素直でいくぜ!』


 だからこそ、全ての感情と正面から向き合うことである。

 そして、それがオブラートという「包み」であることを感じること。
すると、私という核と包みの間にスペースがあることに気づくことができる。


「気づき」

 それが、本当の私(あなた)。
気づきは、たった一つ。


 一つの気づきが、一点となり、無窮の可能性を開く。
気づきは、私しか感じられない。だから、私は今朝も経験する。
留まらず、今を歩き続ける。
(8月20日 執筆)


Last updated  2009.08.20 08:07:20
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.19

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 073号 090819
[ 小説 ]    



□ 第七十三話 「どうしたら、気分がよくなるのか?」


 最近、自分の目標が現実に叶いだしてきました。
『何故だろうか?』
少ない脳みそで考えてみました・・・

 すると、数日前、友だちから届いた携帯メルマガを思い出しました。

『新しい習慣、新しい意識が継続するように受け取り続けて、古い意識が
元にもどそうとしても、新しい方向や変化を受け入れ続けること』

 自分でも納得しました。

 最近の私は午前4時の起床が板についてきました。
3月末までぐらいは、午前3時起きでしたが、これは無理があったよう
です。

 最近は例外なく、週末でもいつでも~目覚ましが鳴る午前4時前に目が
覚めるのです。

 っていうか・・・いつも早く寝ているだけなのですが・・・
本当に小さなことで、言葉で説明はできないのですが、一言でいうと
“気分がイイ“(できるじゃん)

 

■ 昨日も瑞浪市という2つ隣の街の方(Fさん)と夜にあって、二人で以前
身に付けたテクニック(勉強)のおさらい会をやってきました。


 Fさんは女性で、私と同年代です。

Fさんが、開口一発こう言うのです、
『あのねぇ~今朝5時に起きて、掃除したら、とても気分がいいのよ!』


 また、先日ある経営者(Sさん)の方とお話しをしました。

『ちょっと不安なんです・・・
今週も時間がなくて、新規の営業ができなくて・・・』

 私は言いました! 

『簡単ですよ!目標を紙に書いて、“大丈夫”って言って下さい。
大丈夫ですから!』

 するとSさんが、

『でも、どうにも不安が消えないんですよ。目標の件数、訪問できない気
がしてきました』

『それって、取り越し苦労ですよね・・まだ来ても無い事実を勝手に決め
ている・・・大丈夫ですよ!』と、私。

『正直、そんなに簡単に信じられないんですよね・・・
紙に書いたくらいじゃ!』と、Sさん。

 

■ 話しを戻しますが、Fさんは私が午前4時に起きていることをずっと
前に知って、“私も早起きします!”って言ってはいたものの、中々それ
ができなかったのです。
 

 しかし、それが1週間前からようやくできるようになった・・・
だから、Fさんはただ、気分がイイのです。

 Sさんは、心配事が頭から離れず、心配症に掛かっているのです。
両者の差は何か? それが、答え!

 簡単、

「やっているから、ワクワクしている。やっていないと、ザワザワして
いる」

 ワクワクは、新しい習慣を身に付けた私から出る呼吸音です。
ザワザワは、古い習慣のままの私が出す呼吸音です。

 以前も書きましたが、「私」は昨日まで私だと思っている価値観の塊
です。

 その塊である「私」は、危険を冒したり、冒険したりはしません。
「繰り返す」 これが、「私」の専売特許です。


 

■ また、「私」は特に朝一番に登場し、新しいことを阻止します。


『もっと寝てよ! あと5分、あと10分、大丈夫! 大丈夫だから・・・
会社は無くならないしさぁ~』

 皆さんも経験ありませんか?(笑い)
 

 そして、「私」のお決まりは、「挑戦」のときにやってきます。

『やめとけって・・・無理、無理だからさぁ~
だいたい意味は何? メリットは何? もっと考えてさぁ~。
ゆっくりやりなよ! まず考えよう!』

古い習慣のままの私と、新しい習慣の私を一発で見分ける方法・・・
もう皆さんならお分かりですね!?
「気分がイイか否か」

 気分が良くなるためには、何が必要ですか?
私に届いた携帯メールですよ!

「古い意識が元にもどそうとしても、新しい方向や変化を受け入れ続
けること」


 

■ いつもの繰返しですが、私たちの目の前の成果は、例外はあるにせよ、
「私の習慣の産物」以外にありません。


「絶対できる」と思い続けて行動を継続したら、1日目には気づかなかっ
た手段や方法が、4日目には浮んできます。

 正確には、何日目かは分かりませんが、そういうものなのです。


 それは、「宇宙の仕組み」です。

 いつも言いますが、高額なセミナーに長期に渡って出席し、難しい計画
書を作り出す必要もなければ、困難な古典をひも解き、理解会得する必要
もないのです。

 ただ、“大丈夫、全ては上手く行くに決まっているから”と何の疑いも
なく思えたとき、私たちの「叶う」という軸が、宇宙の軸に一体となるの
です。
 
 宇宙はただ一定の速度で、何の不安を思うことなく、いつもの回転を繰
り返しているだけなのです。

 

■ 昨日も書きましたが、最後は“一体となり”、意識も無意識も無く
なります。


 こだわりも、固守もなくなり、小川のせせらぎや、小鳥たちのさえずり
のように、主張がなくなるのです。

 森が主張しますか? 空が主張しますか? 

 私がただ、こだわっているだけです。

 何に?  

 過去の私という「古い習慣」に気づかない間に、捉われているだけなのです。

 だったら、今朝からはもう古い私は捨てて、新しい意識としての私になって、
こう言いましょう!


 “大丈夫、全ては上手く行っているから!” 

 そして、その状態と一体となるまで、過去という名札を「私」からはがして
ゆくのです。

 すると、ワクワクして軽くなり、気分が良くなってしまうのです!
(8月19日 執筆)

Last updated  2009.08.19 07:04:56
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.18

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 072号 090818
[ 小説 ]    


□ 第七十二話 「何によって、私を磨くのか?」


 夏休みの一日、朝から図書館が閉まるまでの間、『論語』に関する書籍三冊
をまとめました。

 一冊目は、『論語物語』(下村湖人・著)、二冊目は、『論語に学ぶ』
(安岡正篤・著)、三冊目は、『何のために論語を読むのか』(孔健・著)
でした。

 特にお薦めなのが、『論語物語』です。東大の文学部を卒業した下村湖人
は、一生涯を論語研究に捧げ、孔子の教えを愚直に実践した人でありました。

 他の「論語」に関する解説書にもない、創造力豊かな物語は、読むものを
魅了し離すことが無ありません。昭和13年の出版から、既に71年の歳月
が流れています。



■ 「論語」は、合計512の章(詩)から構成されています。


『論語物語』は、この中から20の章を、湖人がその章(詩)の背景を想像
し、物語にしたてています。

 今回私がまとめたのは、第一章からの40の章でした。

『論語物語』には、第一章からは3つの物語が紹介しています。

 その中で、今の私に通じる・・・もしかすると読者の皆さんにも通じる、
大変意味深い物語がありましたので、今朝は、その紹介を通じてメッセージ
としてゆきます。


 その章は、「論語」の最初の篇「学而」の十五番目にあります。

「子貢曰。貧而無諂。富而無驕。何如。子曰。可也。未若貧時樂。富而好
禮者也」(子貢(しこう)曰く、貧にして諂(へつら)うなく、富みて驕
(おご)るなきはいかん。

 子(し)曰(のたまわ)く、可なり。いまだ貧にして楽しみ、富みて礼を
好む者にしかざるなり)

 日本語訳をすると、『子貢がいった、「貧乏であってもへつらわず、金持
ちであってもいばらないというのは、いかがでしょうか。」

 先生は答えた、「よろしい。だが、貧乏であっても道義を楽しみ、金持ち
であって礼儀を好むというのには及ばない』となります。



■ ただ、『論語物語』以外の解説を読んでも、その漢字の意味であったり、
通り一辺な語訳でしかなく、全然イメージが湧いてこないのです。


 しかし、湖人はこんな物語に仕立てているのです・・・

「子貢は、相当にお金儲けには自信があった。孔子先生の第一の門人である
顔回や、ナンバー2の子路にも、お金儲けなら負けない自信があった。

 子貢は、“今日こそ先生に自分の存在を意見として認めてもらおう“と
勢いづいて、先生の自宅へ向っていた。

 貧乏な家に生まれた子貢は、人一倍努力し、誰にへつらうこと無しに、
今の位置に上り詰めたのだ。

 今日の先生の話は短く終った。子貢は、ここぞとばかりに先生に質問した、


『私は、このごろ貧富に処する道について、多少考えもし、経験も積んで
きたつもりでありますが、貧にしてへつらわず、富んでおごらないという
のが、その極致で、それが実践できれば、その方面にかけては、まず人とし
て完全に近いものではないかと存じます』

 

■ すると先生は言った。


『お前が、ここまで誰にもへつらわず、お金を手にしてもおごることがなかっ
たのは、私が一番知っているよ。でも、お前が、へつらうとかおごるというこ
とに意識を向けているのは、まだお前の中に、へつらう心や、おごる心が残っ
ているからではあるまいか?』

 子貢は、もう孔子をまともに見ることができなかった。

『最高の状態は、結局は「貧富」を超越することなんじゃよ・・・
貧富を超越するのは、貧富を天に任せて、ただ一途に道を楽しみ、礼を好む
ということなのだよ・・・

 顔回(がんかい)にはそれができる。彼はさすがに賢者だなぁ。
そこまで行くと、貧にしてへつらわないとか、富んでおごらないとかいうこと
は問題ではなくなるんだよ』」

 孔子が2500年も前に、子貢を前にした言葉にできない情景が、ありあり
と浮んできませんか?

 

■ 私がまだ「お金」に執着を持つことや、「正しさ」に固守するのは、私の
中に考え方としての「貧しさ」があり、行動において間違いがあるのだと、
感じました。


「私、私、私・・・」、「正しい、正しい、正しい」、「お金、お金、お金」
・・・

 私や正しさやお金が悪いのではありません。
あることに、私が気づいていないことが問題なのです。

「あること」とは何か?

 それは、“私の意識がそこに固定されて、心から今を楽しんでいない“とい
う事実です。

 それに気づきさえすれば、それが「気づき」であり、その気づきこそが、
「本当の私」なのです。

 すると、私とそれまでの私の間に、小さなスペースができるのです。

 これが「意識する」です。
私が「私」と呼んでいたもの、また私が「正しい」と思ってきたこと、そして
私が「お金儲け」に固守していたことの間に、溝ができるのです。

 

■ この瞬間、私のそれまでの価値観が一枚だけはがれて、私は身軽になる
のです。


 “身軽になろう“と思っても駄目なのです。今の私と向き合い、「私は正し
にこだわっている」とか、「私はお金にこだわっている」と認めることから始
めなくてはいけないのです。

 「私」という核の上に、意識という思考が重なり、私が勝手にそれと一つに
なっているだけなのです。

 子貢であれば、「私は誰よりも勝っている」という意識は、核である「私」
に乗った思考であるから、それを意識できれば、それ以降は固守せず、今を
楽しみ、自らを磨いてゆこう!、と身軽になることができるのです。

 私がこれからの勉強を『論語』にしたのは、偶然かもしれませんが、とても
良かったと想いました。

 まだまだ私の中には、固守する私があるし、それを指導してくれる師が居
ないからです。また、今日から『論語』を師として、実践をしてゆきます。

 「論語読みの、論語知らず」とは、学問として「論語」を身に付けて、
人の為に使わない愚か者を指します。

 そんな愚か者にならないように、今日を一所懸命、楽しみながら、一歩づつ
前進をしてゆきます!


 「何によって、私を磨くのか?」。

 それは、今日の実践です。
実践が、私にとっての~生きる教科書なのです。

(8月18日 執筆)

Last updated  2009.08.18 07:02:11
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.17

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 071号 090817
[ 小説 ]    


□ 第七十一話 「どうしたら、成功できるのか?」



 7月26日、アメリカ女子PGAツアーの「エビアン・マスターズ」で
宮里藍さんが、アメリカに単身乗り込み、3年半を掛けて初めて栄冠を勝
ち取りました。

 私は、同じ日本人として誇らしかったし、とても嬉しかったです。

 その時、7月はじめに藍さんが日本で出版した
『I am here(アイアムヒア)』という本を出版していることを
知った。

 ネットの「アマゾン」での評価では、最高5点に対して「3」点と厳し
い評価であったが、私の勘で、行きつけの本屋に注文し、夏休みに読んで
みました。


 
■ 結果は・・・


 私の直観通り~私が今、求めている答えに通じる素晴らしい内容でした。
彼女は、アメリカ2年目~たった一球のティーショットがトラウマとなり、
大スランプに陥りました。

 練習もできない、ツアーにでても全て予選落ち、最後にはクラブが持て
なくなり棄権してしまいました。

 それまでの彼女を支えていたのは、「ゴルフの技術(メカニック)」
でした、

 正しい技術を追い求めれば、必ず成果はついてくる・・・

 彼女は高校生で日本女子プロの大会で優勝し、プロ第一戦では初優勝
した、プロの中でも希な「天才」的なセンスの持ち主でした。
 
 その彼女が、アメリカ2年目で大スランプ・・・

 

■ 彼女は、アメリカでピンとリンというメンタルトレーナーに出会いま
した。


 二人の女性が創った哲学がありました。それが、「ゴルフ54ビジョン」

「全てのホールでバーディーを取ることができる。そしたら、スコアーは
54になる」という理論なのです。


 通常私たちは、『そんな事は不可能だ!』とあきらめてしまいますが、
それは今までの言葉を借りれば、「私が名札をつけたから」となります。

 藍さんは、昨年3週間、運よくピンとリンのトレーニングを受けること
ができました。

 彼女たちの教えは、ゴルフの小難しい理論を教えることではなく、自分
の中にすでにある最高の部分を引き出す指導だったのです。
 
 そして、藍さんは分かりました・・・

『技術ではなく、自分のフィーリングを優先したい』

 どう打つかではなく、どれが一番自分にとって気持ちがいいのか?を、
リズムで感じたのです。

 そうです!「心地良いテンポ」が大切だと気づいたのです。

 

■ 藍さんは言っています、


 『54ビジョンからの気づきは、自分がいかに固定観念や先入観に
縛られていたのかを知って、目からウロコが落ちる思いでした』

 皆さん、いかがですか?

 私が常に言っていた、「イイ気分」でしょ!(笑い)
また、ピンとリンの哲学は、私自身にも大きな気づきを与えてくれまし
た。

 それは、選手がコーチに依存するのではなく、自分で考え、自分で
行動するプレーヤーになることを支援することが、私には必要であること
でした。
 
 また、私が再確認したのは、私の自己目標の最初に書いてあるもの
です・・・


「私は、わたしに携わる人たちの隠れた能力に気づきを与えて、心に灯を
ともすことを支援することができる」

 私は毎日、午前4時に目を覚ますと、真っ先にデスクに座り、現在13
ある「自己目標」をいつものメモ帳に全て書き出し、その情景と一体にな
っていました。

 

■ さて、話を藍さんに戻します。
 

 彼女は自分の性格をこう分析しています。「不安症」
「不安」とは、未来に対する漠然とした心配ごとです。

 彼女は「54理論」に出会い、それまでの自分の大切な心が、過去や
未来にばかり分散し、今に無いことに気づいたのです。
 
 『過去でも未来でもない、「今」に自分を置くこと。これがナイスシ
ョットを紡ぎだす大きな鍵です』

 また彼女は、「一打一打のフィーリングを大切にすること」が要因と
なり、良いスコアーという結果に結びつくこと、感じることができたの
です。


 「I am here」=私は、今、ここにいるんだ!



■ 本書は、藍さんが今年のオフに日本で話した内容を、ライターの方
が編集をして、その半年後の7月に出版をしました。


 優勝した7月26日の、7ヶ月前です。

 7ヶ月前~藍さんは、最後のページで、こう述べています。


『スランプになって泣きながら試合を棄権し、その後もずっと辛くて辛
くて・・・でもあのとき、やめていなくてよかった・・・・

 いずれアメリカで必ず優勝します!』


 私はこの瞬間、安岡正篤先生の言葉を思い出しました・・・

「天才とは、要は努力の天才なり」

 陰があるから、日向がある。今朝の夏空は、長い梅雨があったからこそ、
光輝くのです。



■ 「どうしたら、成功できるのか?」


 もう語る必要はありませんね・・・

「石の上にも三年」

「私は、今、ここにいる」
目の前の人に、目の前の事柄に、一体となる。

 その今こそが、既にあなたの成功の一部なのです。
(8月17日 執筆)

Last updated  2009.08.17 07:55:30
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.13

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 070号 090814


□ 第七十話「まず、歩き出すとは?」


 昨日夕食後、『まず歩きだそう』という本を読みました。

 著者は、女性で始めて「日本物理学会・会長」になった、米沢富美子氏
です。

 あまりの迫力に、時間を忘れて読みきってしまいました。

 昭和32年、京大の物理学科へ入学。その後、イギリスのキール大学へ
留学。その直前に結婚・・・

 その後も、大好きな物理学を学び続け、憧れの湯川秀樹師を師事しま
した。

 平成17年、ロレアル・ユネスコ女性科学章を受賞されました。

 
 
■ バイタリティーの塊である米沢氏をささえる、「人生モットー」が、
5つありました。少々ご紹介します。

 1、「自分の能力に限界を引かない」


 米沢氏は、大学在学中にイギリスの30の大学の学長宛に、自分を売り
込む手紙を送りました。

 その結果、2つの大学から「学費・生活費免除、少々の奨学金を出す」
という条件を引き出し、留学を果たしました。当時は私が生まれる更に前
ですから、女性が海外へ結婚後に留学するなどとは、考えも付かないはず
です。

 しかし、米沢氏はそんなことお構い無しに、実行したのです。

 もし自分で、『女性だし、お金が無いし、無理だよね・・・』と名札を
付けていたら、それは出来なかったのです。

 「自分の能力に限界を引かない」。

 それは、正に「自分で“ダメ“という名札を付けないこと」です。


■ 2、「めげない」


 結婚後、留学、帰国後、3児を出産・・・昭和40年初めですよ・・・
米沢氏の座右の銘は、「若いときは、借金してでも勉強せよ」です。

 どんな苦難に出会っても、絶対に愚痴を言わず、それを肯定する癖を身
に付けたのです。

 そして、“こんなことで、私がめげるか!”といつでも、自分を鼓舞
しました。

「前向き思考」の極致ということが出来ます。



■ 3、「優先順位をつける」、4、「集中力で勝負する」
 

 三人の子どもを育てながらのさなか、米沢氏は研究員の安い給料で
「時間」を買いました。

 今で言うベビーシッターを雇い、家政婦さんを雇い、研究のために時間
を捻出してきました。

 米沢氏が述べていることを、今から書きますよ!
それは、私が最近述べたことと、同じことを言っているのです・・・


 『本当に成し遂げたいことを紙に書きだし、順位を付ける。
そして、順位が高いものから達成にむけて動き出す。
高い目標に絞り込み集中する。低いものはあきらめる』 


 私は正直、ここが言いたかったのです。(自慢~)

 私のようなマイナー選手が言うと、真実味が低いのですが、これほどの
権威ある方が言っていることですから、相当の確からしさがあります
よね!(笑い)

 

■ さて、ここからが大切ですよ・・・

 最後の一つ・・・


 6、「まず、歩き出す」、です。


 米沢氏はいつも、「出口から問題を考える」そうです。
入り口で、やろうか?やるまいか?をウダウダと悩むのではなく、まず
行動することです。

 そして、こんな信条を述べています、


「何も考えないで、歩き出してしまい、歩いた後でも何も考えない」


 世界に通用する人の発想に私は、笑顔がこぼれてきました。(笑み)

『よし、俺も行こうか!』

 今日からの私に、一段と拍車が掛かってきた。


■ 「まず、歩き出す!」


 私は、今日という一日にこう宣言しました。

 この一言で、私は勇気づけられ、新しい発想がたくさん浮んできま
した。

 今からの私に、もう待ちきれないほどです。
さて、今日は何処へ歩きだそうかな・・・

「何をするか」ではなく、
「どんな気分で、今を生きているか」だ!

 私は、まぶたの奥の美しい景色を見て感じる。

 あなたは、今日から何処へ歩きだしますか?
東ですか?西ですか?

 それとも、あなたが創った世界ですか?



■ 「まず、歩き出す」とは、プカプカ浮んで、自由になって、今、
感じた方向に一歩を踏み出す勇気です。


 繰り返しますが、「何を」ではなく、「今のあなたの状態」だ・・・


「今、ここに在る」

 心地良い今。
何にも影響されない、森の中の泉。


「まず、歩き出す」

 あなたが一番力を得るのは、今、現在。

 だから、あなたの前への一歩に、限りあるエネルギーを使うのだ!
(8月14日 執筆)
 


Last updated  2009.08.14 04:54:18
コメント(0) | コメントを書く

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 069号 090813
[ 小説 ]    


□ 第六十九話 「名札付けをどう活かしたらイイのか?」


『なんで、私は日記を書くのかなぁ?』
そんなことを、昨夜フゥと想いました。

 それは、私の目標の一番にある、「私に携わる人たちの隠れた能力に気づ
きを与えること」のためです。

 今日は通常「お盆休み」ですが、人の役に立つために私を磨くことに休み
はありません。

 また、私が努めているのは、こんな時に“本当に楽しいなぁ~”と感じら
れる私になることです。

 しかし、「努めている」のですから、正直まだまだなんですね・・・


 
■ さて、今朝は最近よく使う「名札付け」についてキーをたたいてみます。


 この言葉を知っているのと、知らないのとでは人生に相当の開きが出てき
ます。大変に「気づき」を伴うキーワードです。

 
 私の住む多治見市は夏に気温が上がることで有名な街です。
地形が盆地なので、いつもの時期ですと、クーラー無しで寝ることは少々困難
です。しかし、今年は本当に助かっています。

 昨日の多治見は結構好天でしたから、私が寝る時間、二階にある寝室は結構
温まっていました。

 私は二階へ上がってゆきながら、
『今日はクーラー無しでは、寝れないかなぁ・・』と口づさみました。

 これが、「名札付け」です。

 

■ 昨日も朝食前に、腕立て伏せをしました。


 回数が結構多くなってきたので、以前のような勢いというか、スピードを上
げてやり切ることができなくなってきました。

 ですから、最初からそれほど腕を折り曲げたりせず、スピードはゆっくり
進めてゆきます。

 スピードが遅いですから、それだけ体力の消耗が早く、100回を越えた
時点で、こんな弱音が聞こえてきます。
『今日ははじめて、途中リタイヤかなぁ~』 

 これは、私の過去の習慣からくる「名札付け」です。

 

■ 最近、私は自分が口にする言葉や行動に、


 『それって、名札?』と質問をします。
すると、そのほとんどが私のつけた「名札」であることが分かりました。

 能力も体力も、その限界を決めているのは、私です。
いつもの繰返しですが、あなたがいう「私」は、名札をぺたぺた付けたあなた
なのことです。

 私は、今の状態である私を良い意味で疑うのです。

 腕立て伏せが残り200回、両腕がガタガタ震えて、“もうダメ・・・“
と思いかけても、それを疑います。

『いやぁ~その震えは、あなたの弱気という意識が震わせているんですよ!』
 正確にはそんな冷静に分析できませんが、私は最近~徹底的に“ドM”に
なりきっています。

 私が「一日42万円の企業研修の内容を、2009年8月末までに創り上
げる」というのも、実は私のお金に対する「名札付け」への挑戦なのです。

『そんなの無理でしょう・・・マイナーなあなたが、どうして42万円も
もらえるの?』

 

■ 私たちの一番の敵は、私自身なのです。


 ライバルでも、お客様でも、市場でもありません。
私が決めた「名札付け」という行為が、私をその場に止めているのです。

 「生きることは、昨日までの私を一つ越えることである」

 以前、『リトルブッダ』というブータンの生まれ変わりをテーマとした、
ベルトルッチ監督の映画をDVDで繰返し見ていたシーンを思い出しました。

 高僧であるラマノルブ師が、主人公の子ども達にこんなことを言う光景
です・・・

 『目に見える全ては、消えてなくなるのです。
このお寺も、そして私たちも・・・
これを、「無常」と呼びます・・・』



■ 「無常」


 私たちは本来、留まることの無い存在です。
生から死へと、今日もまた明日も、進み続けています。

 しかし、私たちは留まっています。
それは、「意識」が「私」を創り、「不安」の対極にある「安定」を目指し
て、一点に留まらせているのです。

「不安」とは、何か?

 未来が見えないこと、病気、リストラ、いじめ、天災、もめごと、老い、
競走、挫折・・・

 では、それらを誰がそれとして決定をするのでしょうか?

 それは、「私」・・・「私」しかいない。

 

■ いつも、「私」が名札を付ける。


 感情がマイナスになることは、全てに~“不安だ“と名札を付けてきま
した。私、三宅勇は、今、決めました・・・

『何を?』

 私の肉体もどうせ私もあの世へ行くのだから、今日は今日しかいできな
い挑戦を、今日の内にやってゆこう! そう決めました。

『私が抵抗することには、徹底抗戦だ!』


 なんだが、「一人戦争」の様を呈してきました。
「本当の私」が、「私」をぶっ潰す、誰にも迷惑をかけない平和戦争・・・

 抵抗にであったら、ラッキー。結果はどうであれ、ハッピー。

 だって、今日も一つ昨日を越えることができたのだから! 

 さて、今日お盆・・・私は何を越えてゆこうか・・・ 
(8月13日 執筆)

Last updated  2009.08.13 07:51:28
コメント(0) | コメントを書く

2009.08.12

スマイル三宅の~『見えない力への質問~実は、自分が答えてる~』 068号 090812
[ 小説 ]    


□ 第六十八話「どうしたら、時間とお金から解放されるのか?」


 先日同年代のFさんとお話をしました。Fさんはこんなことをしきりに
言っていました。

 『自由になるお金と時間が欲しいのです。それがあったら、いろんなこと
ができるのですが・・・』

 皆さん、どうですか? Fさんの言葉に、何を感じますか?

 Fさんの言葉は、実は私もズット~想っていましたら、同感しました。

 しかし、私はFさんの言葉を聞きながら、その場にいることがとても温
かく、こんな感覚に包まれていました。

「今、ここに在ること。それだけで十分・・・」



■ 「自由になるお金と時間」


 それが何処にあるから、私たちはそれを望む訳です。
では、それらはいったい何処にあるのでしょうか?

 以前の私はこう考えていました、

『まず仕事が忙しくなって、収益があがって、そして余暇ができて、自由
が手に入る・・・』

 皆さんは、どうお感じでしょうか?

 私はFさんに、私が今、感じている感覚をこう述べました。

『私は、今、あなたとお話をしていてとても心というか、腹の中が温かい
のです。

 以前の私はあなたのように、努力をしていれば、“いつかお金と時間が
やってくる“と考えていました。

 しかし今、感じるのは、“今、ここで、十分”なのです。

 誰とも比較しない、競走しない、今、ここであなたとこうやってお話し
ている、今が、嬉しいし、温かいのです。

 これが、「気づく」という状態ではないでしょうか・・・

 私が感じることですが、あなたが欲するものは、“いつか“という未来
にはなく、今、ここで居ることが、豊かな時間であり、お金を越えた豊か
さである、と感じられることから湧き起こる”何か”という、あなたの
心の状態にあるのではないでしょうか?

 

■ 今、ここで“豊かさ“を感じられない人は、以前の私がそうであった
ように、未来には豊かさは無いはずです。


 あなたが、“今、ココに在ることが、なんとも言えず、心地良いのです“
という状態になることができて、初めて、今が豊かであり、自由であると
いう新しいあなたが始まるのではないでしょうか?』

 皆さん、感じていただけますか?

「分かる」とは難しいことです。「分かる」ためには、経験するしかない
のです。せいぜい、感じられるまでです。

「言葉」とは、制約です。

 正に限定です。しかし、言葉や文字で表現をし始めたら、それはコダワリ
になります。

 ですから、本当は、何も無い、空に浮ぶ雲みたいな感じだと想うのです。

 

■ Fさんのようなことを想っている方は他にも多く居るはずです。


 だって、ちょっと前の私がそうだったのですから・・・
では、どうしたら、それらが手に入るのでしょうか?

 それは、“今、ここに私は居る“その状態を感じていることです。

 皆さん、覚えてみえますか?

 私が先週名駅でフリーハグをしたとき、「時間」という意識が無くなった
瞬間のことを・・・

 私が、『7名とハグするまで、絶対帰らない!』と決めたとたん、「時間」
という意識が無くなり、私は声となり、その場の空間となり、その場にいた
のです。

『エッ?!誰がいたの?』か、ですか・・・


「本当の私」がいたのです。

 時間という価値観が剥がれ落ちた私です。私は身軽になり、プカプカ浮き
あがっていました。

 恐れも無い、比較も無い、時間も、何の制約もない、無限定の意識・・・

 

■ 私は、「意識」という気体になって、浮んでいたのです。


 さて、そろそろ残り半ページです。
今朝の結論です。

「どうしたら、時間とお金から解放されるのか?」

 それは、あなたが「今、ここで、あなたが望む意識の状態になること」
です。だから、「今、ここに私は居こと」

 苦しかったら、苦しさの中にすっぽりと入る。
そして、「私」が解けるのをじっと待つ。

 『もう、解けたなぁ~?』

『エッ!まだ残ってる・・・芯みたいなものが・・・』
 
 それが、あなたです。
プカプカ浮ぶ、あなたに問います・・・



■ 『自由になる金と時間は、何処にありますか?』


『それは、今、ココです。今と未来はつながっています。
 
 だから、今、私はプカプカ浮き上がって、とても楽しい気分になれば、
そこに全てはあるのです』と、あなた・・・

 私たちは、未来の私ではなく、「今、ここに在る私」を感じなくてはいけ
ないのです。

 それを感じるには、あなたが「私」と呼ぶあなたの意識を静かにして、
内なる力を観ていることです。

 その力とは何でしょうか?

 それは恐らく、「無」だと想うのです。

 私たちは、この無から生み出され、この無制限の状態から、今と未来を創造
できるのです。

 夏休み・・・あなたの「無」に向き合ってみたいですね! 
(8月12日 執筆)


Last updated  2009.08.12 07:47:28
コメント(0) | コメントを書く


<< 前のページへ一覧一番上に戻る


Powered By 楽天ブログは国内最大級の無料ブログサービスです。楽天・Infoseekと連動した豊富なコンテンツや簡単アフィリエイト機能、フォトアルバムも使えます。デザインも豊富・簡単カスタマイズが可能!

Copyright (c) 1997-2012 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.