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![]() ![]() ギンバカゲロウ(銀葉陽炎) ウイークデーの毎朝8時から民放ラジオで、「日本全国8時です」という15分番組があり、月曜から金曜まで担当者が決まっている。ほぼ毎日聞いているが特に木曜日の東大名誉教授の月尾嘉男さんのコーナーは聞き漏らさないようにしている。自然科学から経済、歴史、環境保護等さまざまな分野について話をしてくれるが先日は日本の人口の将来予測について話をしてくれた。 世界の人口は発展途上国を中心に増え続けているが、文明国では減っている。中でも日本の出生率は大きな減少カーブを描いており、この割合で行ったら1000年後には子供がゼロになってしまうと先般東北大教授が計算したが、月尾さんは人口ゼロになってしまうと言っていた。 30歳までの結婚率がどんどん減少している。50歳以上の生涯未婚率がどんどん増えている。子供が少ないのは一家庭の子供の数が減ったことよりも、結婚しない人が増えていることが大きな原因だと述べていた。先進国で結婚しない人が増えているのは世界共通だが、日本では結婚していない人たちの子供の認知が極めて少ない。他の国では結婚していない人たちの子供の方が多いところもあり、日本でも結婚にこだわらない子供の認知を政府も一般の人ももっと真剣に考えるべきではないかと述べていた。 結婚しない人が増えているのには様々な原因があると思うが、一つには昔はお見合い結婚があって年頃になると周りの人が放って置けない環境があった。今はお見合いは古くてみっともない、恋愛結婚でなくてはならないというような考えがあり、周りもお世話したら野暮ったいと思われないかしら、古いと思われるかしらといった遠慮が定着してしまった。 今少子化担当大臣がいるが何もしていない。結婚相談所などの開設に補助金を出しているとの話も聞かない。何の効果も上げていないで子供の数は減り続けている。子供が減れば潰れるお店も出てくるし学校も潰れてしまう。まず結婚促進に政府として介入すべきだと思う。結婚は個人の自由だから介入できないというのなら莫大な金を使っていて何もしていない少子化庁など無くしてしまえばいい。 結婚したくない人たちを無理やり結婚させることはできなくても、昔の見合い制度を復活させるとか結婚しやすい環境を造ることがまず第一にしなければならないことだと考える。その次に結婚しなくて生まれてくる子供たちの認知をもっと簡単にして、世間からそれが奇異に見られないような社会にしていく必要もあると考える。人口がどんどん増えていく世界の中にあって優秀な日本人がいなくならないように政治の舵を切ってもらいたいと思う。消費税がどうのこうのという問題より遥かに重要な問題と考える。
![]() ホタルブクロ 「梅ちゃん先生」の先日の一場面である。女子医専に通う梅子の同級生がたまたま入院していた小学校時代の同級生が不治の病で治ることなく死んでいくことにショックを受け、これから治すことの出来ない患者さんの死とずっと向き合っていかなければならない医師になる自信がないと学校を休んでいた。その友達のことが心配で梅子は医師であり大学教授である父親に相談した。 父親は「それは仕方ない。死に耐えられないような学生は医師には向いていない。淘汰されて強い人が医師になれるのでそれに耐えられないとするならその子は学校を辞めるのも仕方ないのではないか」「学校を卒業して医師になってからでも脱落者は出るものだ」と話す。 実際私も若い研修医が入院患者を受け持った途端落ち込んでしまい、出勤しなくなったケースや教授回診で厳しく質問されて以後休んでしまったケースなども知っている。梅ちゃん先生では人の死に左右されない強い心の持ち主が医師になれると描出していた。 私は医師になって43年、相当の古狸である。それでも入院患者を受け持っている。手を尽くしても病気が中々よくならなくて死んでしまうこともある。かなり心が苦しい。歳も歳だし入院受け持ち業務から外してもらえないかと思うこともある。でも若い医師でも辛いのは同じである。ベストを尽くしても患者さんは死ぬことがあることに耐える力ををこのような職業で働く人は年齢に関わりなく持っていなければだめだと思う。 医師の資質は様々に言われている。患者さんに同苦することが出来る人でなければならないとも言われているが、一緒に苦しんでいると自分も死んでしまうかもしれない。死ぬ死なぬに心を大きく動かされないで常にベストが尽くせる人間が医師の適性があるのではないかと思う。 92歳の死にそうだった肺炎の患者さんが今日は少しよくなった。心が少し晴れてきた。そうは言っても医師にとって命の底から救われることは患者さんが元気になってくれることには変わりない。
![]() セイヨウワスレナグサ 漫才の課長次長のお母さんが生活保護を貰っていたことが国会で問題になった。今わが国では200万人以上の人が生活保護を貰っている。市町村に生活保護を貰いたいと申請すると収入状況等を調査したあと扶養義務のある子供や兄弟等に文書で扶養する意思がありますかと質問して全ての扶養親族から扶養の意志がないと連絡がくれば生活保護がもらえることになると昨日の新聞に書いてあった。 病院受診している生活保護の方々は生活費が支給されるだけでなく医療費はいくらかかっても全てただである。皆さん聞いてみると殆ど子供がいる。しかしその子供は扶養義務はあるが扶養の意志がないと返答しているわけである。多くの場合同居しておらず、遠隔地に住んでいることもある。息子は医者で大阪に住んでいますという母親もいる。今度のケースは息子は売れっ子芸人だったが、自分に収入があっても親は国で生活保護で面倒見てもらえばいい。と簡単に考えていたようだが、国の借金が膨れ上がり財政がきっぱくしていることの認識があったのだろうか? しかしよく考えてみると申請してもらえるならもらう方が得だと考える人がいてもおかしくなく、親の生活保護を貰っている人達はそれほどの悪意はないのだと思う。問題は生活保護法の運用方法で、扶養義務がある親族がいてもどんどん生活保護切符を出していた政策が問題だと思う。 社会保障と税の一体改革で、生活保護や医療費等福祉費用が増大する一方なので消費税をあげなければ日本が潰れてしまうというのが言い分だが、社会福祉費の天井知らずの増大を見直し、改革する議論も絶対に必要と考える。
![]() 刺があるが花は綺麗なバラ アメリカ旅行から帰ってきたら短期間で体重が2.5Kg位増えてしまった。ぽっこりお腹が益々膨れてしまった。なんとかしなくてはと思っていた矢先、先日ラジオで美味しい料理を作ってくれるのは愛情があるからだとある人が話しているのを聞いた。 自分は腹八分目、粗食が健康にいいと思っている。ところが家内はお構いなしにご馳走を食べきれない位作る。いつも自分の主張を言うのだがまともに取り上げてくれないので言い合いになり不満を持っていた。 ところがそのラジオを聞いたので家内にその話をしたら、前にも増してゴージャスな食事を山ほど作ってくれる。ぽっこりお腹は益々大きくなってズボンがきつくなってしまった。 なにごとも他人のせいにしてはいけないと思った。自分の体は自己管理である。自分で食べないようにすればいいのだと思う。そして自分は、運動やジョギング、腹筋など殆ど何もしていないのだから身にしみて行はなくてはと思った。おなかぽっこりを他人のせいにしてはいけない。自分できちんと管理しようと決意している。
![]() 家のアマリリス 一般に外国語を学ぶのはその国の文化や技術を吸収したい気持ちから学ぶことが多い。最近ではビジネスがグローバル化して世界的ビジネス展開のために語学を学んでいるケースも多い。いずれにしても相手言語圏が自国より優れていると思えたり尊敬できると思えると学習意欲は増す。 私の場合は日本に無差別攻撃を加え原爆まで落としたアメリカはとても尊敬できない。そのような国の言語を学んで何を得ようとするのか?得るものは何もない。医学にしたって我が国の方が上である。ではなぜ学んでいるのか?国際協力で医療活動したり、低レベルのアメリカに本当の精神文化を教えてあげたいためというのが大義名分だった。その結果、語学力は少しも上達しなかった。 今度のアメリカ旅行で感じたことは、主に観光地の見学だったが時に買い物とか家の周りとかでアメリカ人に接して人柄の良さを感じた。大戦時の残虐さは到底許すことはできないが、一般庶民の人々から学ぶことは多いと思った。偉そうにアメリカに教えてやるために英語を学ぶのだの気持ちでは上達しなかったのは当たり前かもしれない。9日間の旅だったが相手国の文化にふれ相手国の良さを吸収したいという気持ちになった。 そのせいか帰国後格段に英語力が進歩したように感じられる。確かに歴史認識も大切だが、もし外国語を学ぼうとするならば、その国を好きになり素直にその国から学ぼうとする気持ちが持てないとかなり困難であるということを実感した。
![]() 庭に咲く芍薬 天皇陛下の心臓手術をした天野篤さんが月曜から金曜まで家に帰らないで病院に泊まり込んでいるのは、手術した患者さんが、夜中に急変したりした時の対応のためもあるが主目的は体力の温存のためとのことである。満員電車に揺られて何十分もかけて通勤すると疲れて集中力が欠けてしまうというわけだ。昼食が野菜ジュースとバナナなのは重い食事をすると午後眠くなって集中力が欠けて手術に影響するからだと思う。最高の手術をするために集中力を切らさないためにあらゆる方策を実践している天野さんは本当に凄いと思う。 翻って自分を含めて身の回りの人たちを見ると2日酔いで手術したり、難しい検査をしたりしている人達がいる。私は胃カメラや大腸カメラをするが、カメラもこちらの体調によってうまくいくかいかないかが決まってくる。 天野さんは患者第一である。患者さんのために全てを投げ出しているが、本当は最も大事にしているのは患者ではなくスタッフだと述べている。患者さんのために最高の手術をするにはスタッフの協力がなければできない。自分一人でできることはないので、手伝って下さる方々を最も大事にしているとのことだった。 先日高速バスの運転手が居眠りをして乗客7人が死亡した。陸運局や労働省が勤務時間体制の規制等に乗り出している。事故を起こさない環境整備は勿論大切だが、それ以上に重要なのは本人の職業意識だと思う。バスや電車の運転手は、パイロットもそうだが多くの人の命を預かっているのである。天野さんのように勤務につくときには万全の体調管理をするのが当然だと思う。事故が起きたら真っ先に会社が悪い、社長が悪いと言われることが多いが、実際には当事者の責任が最も重いと考える。 天野さんは仕事に当たる前には細心、最高の体調管理を行なっているが、世の仕事人も天野さんを見習って、常に体調管理に勤めて貰いたいと思う。
![]() 滋賀県に住む長男の嫁から母の日にすごい花が送られてきた。母の日というとカーネーションが定番だが、最近は色々な花が送られるようになったらしい。中でもこのダンスパーティーは一番人気とのことで花好きの家内は大変喜んでいた。 大きな綺麗な花に対して贈答用なので鉢が小さかったので私も手伝って大きな鉢に植え替えたら生気が増して一層美しくなった。M子さん ありがとう。
![]() 庭に咲いているアヤメ 今夜は外来部門の歓送迎会で石和の花火というところに行って今帰ってきた所である。飲み放題で八品オカズがついて3500円とのことで生ビールを2杯飲み、ウイスキーの水割りを飲み、ジンジャーエルのウイスキー割りなど自分で勝手に好きなものを入れて飲んできた。 久しぶりに好きな酒を思う存分飲んで色々な職種の人と話ができて楽しかった。それにしても日本酒、ワイン、焼酎、ウイスキー、ビールなんでも好きなものを飲み放題でヘルシーな野菜中心な料理が沢山出て3500円とは安いと思った。また機会があったら行きたいと思った。 帰りは代行で帰ってきたが久しぶりにハメを外して飲んで騒いで楽しかった。たまにはこういうこともいいなあと思った。でも私はいつも自分が楽しい思いをした時には酒も飲めない、住む家もないそういう人達がいることを思って自分だけこんな思いをして申し訳ないと思う。自分には昔からそういうところがあり、性分で仕方ないなと思った。
![]() 朝6時から家内が買ってくれた観察用のくもりガラスで少しかけて行くところから完全に金環になるまでの日食を観察することが出来た。記録に残しておこうと思って直接カメラを向けて撮影してみたが反射してよく写っていなかった。でもよくみると周りが赤く写っておりそれが金環なのだと思うことにした。 ![]() これは金環が終わって三日月になった頃思いついてボールに水を入れて写してみた。家内はここに映っているといっていたがボールの縁が光を通して写ったのかもしれずもう一つ自信がなかったが出来た写真を見るとそれらしく映っていたのでこれもアップさせていただく。
![]() アメリカのアーチーズ国立公園での姉弟 三つ子の魂百までもの言葉は三歳位までの性格は年取ってからもその基本的性格は続くので三歳までの子育てが大事だという意味で使われるが、その三つ子の魂は教育で形成することが出来るのか疑問に思っている。ある部分は教育で造ることができるかもしれないが基本性格は持って生まれたものでどうしようもできないのではないかとも思える。 上の写真の姉弟は5歳と3歳である。3歳の弟は甘えたで、抱っこするのも、ベビーカーを押すのも母親でないと泣いたりわめいたりするわからん人である。ところが次のようなことがあって驚いてしまった。アウトレットに買い物に行った時、親が姉に好きなものを買ってやるよと言った時その子はひらひらのついたかなり派手なスカートを選んできた。ところが親はそんなのはダメでこちらにしなさいと言う。その子は泣いてしまったが親はなぜ泣いたのか分からない。ところが弟は泣いてる理由を察知してそのひらひらを持ってきてしきりに「とわちゃんはこれがいいんだって」と言って何度も何度も親のところにそのひらひらを持ってきた。いつもはよく喧嘩してお互い泣かしあっている間柄だが、この時ばかりは姉を救おうと必死の姿が感じられ心をうたれた。 この写真にあるアーチーズ国立公園を歩いていた時強い風が吹いてきてあまりの強い風に姉がふらつき泣きそうになった。その時も弟がすかさず姉を抱きかかえ僕が守ってやるという。少し風がゆるくなったら手をつないで行こうねとエスコートしてやる。信じられなかった。 自分の3歳の頃の記憶はないが5歳6歳の頃はわずかに覚えているが、姉を守ろうとしたという記憶は全くない。周りをみても3歳、4歳の子が誰かを守ろうとしている行動はあまり見かけない。その姉は魅力的なところがあり、可愛い子は守るという本能がでたのかもしれない。大きくなってもきっと騎士道精神で綺麗な女性は守る人になるだろうなと思った。自分には全くそのような義侠心、思いやり、男気といった要素が感じられずその子を羨ましく思い尊敬してしまった。 この年になると3歳、5歳位の小さな子が将来どのような人間になるか興味がある。3歳までの教育で将来の人間性が決まるならそれに越したことはないが、実際には本来持ってるものがそのまま大人につなっがっているように思う。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |