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テーマ:本のある暮らし(3187)
カテゴリ:Book
『口笛小曲集』 山川直人 エンターブレイン 昨日紹介したのと同じ作者で,こちらは連載でなく未発表作品集です。1990年から2004年までをカバーし,途中ブランクもあり,同人誌から商業誌まで様々な媒体に出した作品の集まりなのに,ほぼ絵柄はずーっと同じ。でも物語のバリエーションが豊富で,とってもお得な本です。オススメです。 連想した作品を挙げると,『菫画報』小原慎司,『長い道』こうの史代,そして高野文子のいくつかの作品。また,探偵の話がでてくるので『ああ探偵事務所』を思い出しました。 日常の中に愛おしむべきものがたくさんあるということが,その絵柄からも伝わってきます。でも,それを失う怖さや悲しみが,そこここにぽっかりと口をあけているのではないかという不安や恐怖も常にある。だからといって,それを苦心して説明したり,辻褄合わせをするのでなく,その不安の脈絡のなさをそのまますうっと物語の途中から導入しはじめるあたりがすごいです。 * 「眠る女」:あるあさ,妻が寝たまま起きなくなった。不安になったけど,寝息をたてているので医者をよぶのを躊躇しているうちに,何日も経ってしまった。妻のお腹が鳴るので,トーストを口元へもっていくと,寝たままむしゃむしゃ食べた。体を拭いたり,使い捨ておむつをはかせたり始末しなくてはいけない。 ある日男は何を思ったか,眠る妻によそいきの服を着せ化粧をしてしまう。その姿を見ているうちに,俺がいないと妻は生きてはいけないのだと強く意識しだし,なんだか急に無力な相手への憐憫の気持ちがつのって,心配な気持ちよりも勝ってしまいそうになる。 それは危険な感情の転換だ。でも,子供を育てる親や,傷ついた動物を世話する人は,かなりの確率でこんな気分になるような気もする。でも,この作者は,そういう寓意を発展させることなく,すとん,と話を変え,そっけなく終わりにしてしまう。グリム童話か日本昔話みたく。 作者が披露した物語を,読者に「ハイ」と手渡すような,読者が作者に対して問いかけるきっかけを与えたくないとでも言うような,そんな印象すら持ちました。「このお話はもうきみのものなんだから,ぼくに問い返さない方がいいと思うよ」。そんなふうに聞こえた気もします。タイトル「眠る女」はもしかしてピカソの代表作からかもしれません。 * 漫画家の失恋を描いた半自伝的な「ひとりあるき」は隅から隅まで抱きしめたいほど大好きな話です。 大雨のあとに恋人の住む部屋まで泳いでいく途中,妙な人びとと遭遇するおとぎばなし「バスタオル」は,筒井康隆の短編みたいでした。 人間が脱皮する世界のことを淡々と細かく描いた「脱皮」は子供向けのカフカみたい。 映画好きな人が「写真屋さん」を読んだら,きっと私の思いつかないような魅力を教えてくれる気がします。今気付いたけど,この写真屋さんはほとんどスナフキンと同一人物だ。 只のサラリーマンが帰宅してから寝るまでの,何の変哲もない,ほんとのほんとに何の変哲もない情景を描いた,ラストの「金曜日」を読むと,高野文子やこうの史代との類似をつよく感じます。なぜ,これがまっとうな作品と思えてしまうのかが不思議なのだけれど,たぶん,日常というのは,もともとそういう素敵な魅力を持ちうる,すべての凡人のための尽きせぬ泉なのだ,と思いたいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.04.29 01:29:48
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