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慶次の日記

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2005年08月12日 楽天プロフィール Add to Google XML

 ムルデカ17805 レンタル映画(20195)」
[ 映画 ]    

            ムルデカとは「独立」のことです。

 インドネシア独立のために、身を投げ出した我が日本人のことを書きましょう。
 1942年3月、日本軍はオランダ領ジャワを急襲、
 見事にオランダ軍を蹴散らしました。
 このとき、インドネシアの人々は信じられない気持ちでした、なぜなら
 あの巨体で近代兵器を持ち、自分たちを奴隷のように扱っているオランダ人が
 負けるとは思わなかったからです、さらに入場した日本軍兵士を見て二度ビックリです、
 自分たちと変わらない肌の色で小さな体であったからです。

 日本国はすぐに彼らに教育と訓練を施します。

 戦争でいったん休校になった学校を再開し、すぐに3年間の初等国民学校と、
 その上にさらに3年間勉強できる国民学校を作り、日本軍がきてわずか1年あまりで、
 それまでの倍近くの子供が学校に通うようになりました。

 オランダ統治の頃は変に教育を行うと知恵をつけ反抗するかもしれないと
 オランダは愚民化政策を行っていたのでインドネシアの人々は驚きました。

 また訓練など反抗者に力をつけるようなこと、オランダがするはずはありません。
 日本軍は自分の国は自分で守るのだとあくまで独立を前提にコトを進めておりました。
 青年道場には、インドネシア各地の青年訓練所から選りすぐった二十歳前後の青年
 47名が第一期生として入学し、現場の責任者の柳川宗成中尉の訓示を受けました。

 訓示の内容は、アジアを解放するために日本軍はインドネシアに来たが、
 独立は自分の力で成し遂げるものである。
 しかしインドネシアは教育や軍事などあらゆる面で遅れているので、
 いますぐ独立はできないだろう、日本軍は知っていることをすべて教えるので、
 一日も早く学んで立派に独立してほしい、というものだったのです。

 ですから、確かにこの間にインドネシアの人々の中に独立を叫んで活動する人も
 ごくわずかにいましたが、日本軍は教育もなく戦力もない状態で独立なんか
 できるわけがない、独立したらすぐにまた欧米に攻め入られ植民地化されることを
 考えていない甘さを指摘しておりました。
 事実、教育担当のナチールはこのときの過激派に対し、
 恥ずかしいと思っていたと述懐しております。

 またこの頃、教育に関する日本軍からの命令は、オランダ語の禁止と、日本語、
 唱歌、教練を含めることだけだったので、ナチールはインドネシア人としての
 自覚を持たせるようなカリキュラムを組み、本格的にインドネシアの歴史を
 教えるようにしましたがが、これもはじめてのことでした。
 また日本軍からインドネシア語の外に地方語の教育も勧められていたので、
 バンドンで広く使われていたスンダ語の授業を取り上げました、このように現在、
 植民地化されたアジアの国々と言いますが、日本が関与した土地は独立を
 前提にした人間らしい扱いでありました。

 これを表すかのように、アフリカで欧米の植民地化された国々はいまも、
 日本に占領されていれば今頃、大変な発展を遂げたことが出来たのにと
 声明を出しています。

  1945年8月15日 日本降伏
 この二日後に後の正副大統領スカルノとハッタは急遽インドネシア独立を宣言します、
 しかしオランダはもう一度この地を植民地として取り戻そうと侵略してきます、
 このため4年5ヶ月、インドネシアは独立戦争を行うこととなります。

 このとき、日本軍によって鍛えられた義勇軍が中心となって独立を
 勝ち取るために戦いました。
 日本軍は彼らに大量の武器を渡し、また1~2千名の日本兵が、独立軍に身を
 投じて一緒に戦い、そのうち400名ほどの人々が戦死しました。
 上記に書いたように日本軍が自分たちで独立は勝ち取るのだと教えたからこそ
 インドネシアは戦い勝ち得たのであります。

 ジャカルタ郊外のカリバタ国立英雄墓地にもインドネシア独立の
 戦士たちとともに11名の日本人が手厚く葬られています(涙)。

 ムルデカとは「独立」、17805は皇紀2605年、8月17日を表します。
 そして本日8月12日は寺内元帥がインドネシア首脳に対し独立の承認を
 伝えた日であります、さらに連合国側が日本のポツダム宣言条件付受諾に対し
 無条件降伏を勧告した日でもあります。

 *もしよければインドネシアのことは「ムルデカ17805」という
  映画ビデオを借りて見ていただけるとよろしいかと思います。
  大体の概要は掴めることでしょう。



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最終更新日  2006年01月15日 02時54分24秒
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