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平和問題、歴史認識、環境問題など、様々な社会問題についてわたしの考えを発言する場です。最近は音楽(フォルクローレやフルート)、山歩きの話も書いています。 ホームページもご覧ください。2008年8月2日開設 inti-solのページ RYOのフォルクローレと山と歴史 inti-solの日記 [全390件]
先日、新しいパソコンを作ったことを書いたときに触れましたが、どうもハードディスクの音がガリガリとうるさい。他の音が非常に静かになった分、どうもハードディスクの音が気になる、それでとうとうSSDを導入してしまいました。 SSDもいろいろな種類がありますが、どれがいいのかよく分からなかったので、とりあえず無難にintel製の80GBを購入。お値段は2万3000円ほど。ハードディスクは1TBで7000円だったから、それに比べると非常に高価です。つい2週間前にパソコンを作って、OSをインストールしたばかりで、また全面再インストールはあまりに面倒なので、手抜き大作戦、ファイル引っ越しソフトも買ってきて、起動ドライブの中身を丸ごとコピーすることにしました。(それが、意外に手間だったのですが) その引っ越しソフトが5000円ほど。 で、起動ドライブをSSDにして、今までのハードディスクはデータ専用ドライブにしました。 いやー、感動的に静かになりました。もちろん、無音ではないです。今日は暖かいので、今は暖房を入れていませんから、パソコンの音がします。でも、暖房が入っているときは、パソコンはほぼ無音に聞こえます。(CPUがフル稼働するときはファンの音がうるさいですが、滅多にフル稼働なんてしませんから) 騒々しかったハードディスクも、Windowsが動くのでうるさかったらしく、データが入っているだけだと、ほとんど音を発しません。 それに、SSDはさすがに高速です。ベンチマークテストはやっていないので正確なデータは確認していませんが、Windowsの起動が今までより15秒か20秒くらい早くなり、動作も全般にきびきびしています。インターネットでも、画面の表示がわずかに早くなったように感じます。 今思えば、このパソコンを作ったとき、最初からSSDにしておけば、手間もかからず引っ越しソフトもいらず、安上がりに済んだのですが。 まあ非常に快適なパソコンになりました。 ただ、一つだけ問題がある。それは、USBコントローラーがあまりよくないらしい、ということです。USB接続の外付けハードディスクにデータのバックアップをとろうとすると、途中でデータの転送がストップしてしまうのです。数ギガバイト転送したところで止まってしまうこともあるし、ひどいと、10メガバイトかそこらで無反応になってしまうこともある。そのたびに外付けハードディスクの電源を切って入れ直さないと動きません。 試しに、以前使っていた古いUSB2.0ボードを引っ張り出してきて取り付けてみたところ、100GBのデータ転送も問題なかったので、当面はこれを使おうかと思います。
亀井静香はもともとタカ派ですけれど、賛同できる部分も結構あるんです。ただ、外国人参政権の問題と夫婦別姓の問題についての言い分は、どうにも・・・・・・。 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100207-OYT1T00496.htm 亀井金融相、外国人選挙権・夫婦別姓に反対 国民新党代表の亀井金融相は7日、広島県尾道市で講演し、永住外国人に地方選挙権を付与する法案と選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする民法改正案について、「国民新党は2つとも反対だ。2つとも(今国会では)絶対に成立しない。私が『ノー』と言ったら、法案として国会に提出できないからだ」と強調した。 亀井氏は、選択的夫婦別姓制度について、「夫婦が名前を別にして、子供も違えば、(同じ)家の表札がアパートみたいに違う。これがあるべき姿なのか」と批判した。 亀井氏は講演後、野党が民主党の小沢幹事長に国会の政治倫理審査会での説明を要求していることについて、「国会が探偵ごっこみたいな司法のまねをすることがいいことなのか」と記者団に語り、必要はないとの認識を示した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−− 反対の理屈が、正直言って分かりません。同じ家の表札がアパートみたいに違う、それが「あるべき姿」なのかどうかは、私にも分かりませんけれど、別に悪いことでもないと思うのです。現実に、法的にはともかく、実生活では夫婦別姓にしていて、家の表札も別姓にしている人など、いくらでもいるはずですが(私の周囲にもいますから)、それで家族に何か問題がある、などということはあり得ませんし、「道徳的に問題がある」とも思いません。確かに夫婦別姓は家族の形として「典型的」ではないかもしれませんが、夫婦の姓という個人の選択に属する分野でまで、典型的でないもの、政治家の価値観に合致しないものはみんな排除という理論を振りかざすのは、不可解なことです。 とはいえ、現実問題として、連立政権の一角である国民新党が反対となると、夫婦別姓も外国人地方参政権も、成立に暗雲が立ちこめたと考えざるを得ません。議員立法で提案すれば、亀井がノーと言っても提案できるでしょうし、提案さえされれば国民新党(と民主党内の一部保守派)が反対してもその分野党の一部(共産党と、おそらく公明党も)が賛成する可能性が高いので、成立する可能性が高いとは思います。ただ、民主党が揺れている現状で、小沢応援団の有力者である亀井(と国民新党)と、この問題で事を構える覚悟が民主党にあるかというと、あまり期待できそうにないなあというのが正直なところです。亀井にも、そのあたりを見計らって、自らの存在感を誇示しようという狙いもあるのでしょうが。
私は、18歳の時からずっとケーナを吹いていて、3年前にフルートを始めたのですが、この二つの楽器を比べると、なかなかおもしろいなあと思います。 吹き方はものすごく似ている アンデスのフォルクローレの世界では、ケーナとともにサンポーニャ(パンパイプ)もよく使われます。「ケーナ奏者」と言われる人で、ケーナしか吹けないという人はまずいません。ほとんどの場合フォルクローレの管楽器奏者はこの二つの楽器を掛け持ちして演奏するものだからです。けれども、ケーナとサンポーニャというのはかなり吹き方の違う楽器です。ケーナが吹ければサンポーニャも吹ける、というわけには、なかなかいきません。 それに比べると、ケーナとフルートは、びっくりするくらい吹き方の似た楽器です。ケーナを吹ける人でフルートの音が出ない、ということはまずあり得ないし、逆にフルートが吹ければケーナも間違いなく吹けます。(フルートらしい音、ケーナらしい音が出るかどうかは別にして、ですが) 私の場合も、「フルートがほしい!」と、突然思って、お茶の水の下倉楽器に行って、とりあえずヤマハの中古のフルートを試奏させてもらったら、その場で音は出ました。もちろん、そのときは運指も分からなかったのですが、買って帰って、家で運指表を見ながらああでもないこうでもないと1時間か2時間吹いていたら、3オクタープの最高のドまで出ました。(もっとも、それから3年経った今でも、3オクターブのシとドだけは、運指表を見ないと吹けません。未だに運指が頭に入っていないのです。全然練習しないからです・・・・・・・・。) ただし、私のフルートの音を誰に聞いてもらっても、「ケーナの音に聞こえる」と言われてしまいます。というか、自分でもそう思います。吹き方がケーナのまんまだからですね。 音域は、フルートの方がやや広い フルートの音域は、基本的にはまるまる3オクターブ、ドから3つ上のドまでです。前述の通り、私自身はラまでしか使っていませんけれど。4オクターブまで使う人もいるようですね。 一方ケーナの方は、実は最高音域がどこまでなのか、私にはよく分かりません。最低音はソ、私自身の最高音はミですが、音を出せると言うだけで、実際に演奏で使ったことがある音はドまで。3オクターブに2音足りません。 しかし私の演奏仲間はケーナで3オクターブのソまで音を出せます。さらに、4オクターブまで出せる奏者も知っています。 だから、見かけだけで言えばフルートとケーナの音域の広さは同じくらい、とも言えるのですが、実際に吹いてみると分かりますが、3オクターブ目の音の出しやすさは、フルートの方が上です。ケーナの3オクターブは、かなり強く吹かないと音が出ません。逆に言うと3オクターブで弱い音は、ほとんど出せないということです(3オクターブどころか、2オクターブの上の方でも同様)。それに比べると、フルートは3オクターブでも、音にもよりますが、びっくりするくらい弱い音を出すことが可能です。このあたりは、楽器の性能はフルートの方が上かな、と思います。 もう一つ、ケーナの場合、3オクターブのレくらいまでは大筋あまり運指が違わないのですが、それより上は、ケーナ1本1本運指が違う。1本1本、いろんな運指を試して、探していくしかありません。フルートも、4オクターブは似たような傾向があるようですが、3オクターブでは一応、運指が定まっています。 指の押さえやすさは一長一短 フルートには、キーに穴が開いているリングキーと、開いていないカバードキーがあります。私は、最初に買ったフルート(ヤマハの中古)がカバードキー、次に買ったムラマツのフルートはリングキーでした。リングキーといったって、ケーナの指穴よりは遙かに小さいので、たいして難しくないと思っていたのですが、実際吹いてみると、そうでもありませんでした。 ケーナは縦笛ですが、フルートは横笛です。あくまでも私の感覚ですが、横笛より縦笛の方が、構える両手や関節が自然なのです。自然であるということは動かしやすいということです。 加えて、ケーナの方がフルートより高音ですから、その分楽器が小さい、つまり指穴の間隔が狭いのです。だから、リングキーのフルートの難易度は、普通のケーナの難易度より上と感じました。もっともケナーチョ(低音用大型ケーナ)に比べれば、リングキーのフルートの方が易しいと思いますが。 ま、リングキーのフルートがそんなに難しいというわけではないのです。私はすぐ慣れました。でも、最低音のドの周辺だけは、最初はちょっと苦労しました。 メンテナンスはケーナの方が楽 そりゃそうです。ただの竹筒に穴を開けただけのものですから、水分を拭き取る、汚れを落とす以外にメンテナンスなんて必要ありません。私なんざ、水分を拭き取ることすらしていません。それでも前に使っていたケーナは15年以上使いました。汚れて傷だらけでぼろぼろでしたが。 フルートの方は、半年に1回は調整が必要だし、10年も使ったらオーバーホールも、ということになります。フルートのオーバーホールは何万円もかかるようですね。 値段は圧倒的大差 今私が使っているケーナは、7500円です。本当は1万円なのですが値引きしてもらいました。その前に15年以上使っていたケーナは8000円でした。私はずっと竹のケーナを使っているのですが、平均的には竹のケーナより木のケーナ、木のケーナより、骨を使ったケーナの方が高価ですが、最高級のケーナでも5万円はしないと思います。 一方フルートは、5万円というと、まともな演奏に耐える楽器としては最低限のクラスです。私が最初に中古で買ったフルートは、5万数千円でした。2本目のムラマツEXは約20万、総銀製50万くらいから、ゴールドフルート百数十万・・・・・・。 私はムラマツの24Kのゴールドフルートを試奏したことがありますが、そのお値段は、確か700万って値札が付いていました。試しに吹いてみた、というだけで話の種になります。 音色は・・・・・・・ それぞれ好み次第でしょう。フルートでもケーナでも、それぞれに個体差がありますし。同じ笛でも音域で違ったりしますし。私自身は、どちらの音色も好きです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100204-00000053-jij-soci 横浜事件、実質無罪=刑事補償交付を決定−裁判打ち切りの元被告に・地裁 戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」で、治安維持法違反の有罪が確定し再審で裁判を打ち切る免訴判決を受けた元被告5人の遺族による刑事補償請求に対し、横浜地裁(大島隆明裁判長)は4日、請求通り計約4700万円を交付する決定を出した。決定は「再審公判で実体判断できたら、無罪判決を受けたことは明らか」と述べ、5人を実質的に無罪と判断した。 免訴とされた元被告への刑事補償は初とみられる。横浜事件の司法手続きは、有罪確定から64年余で終結する。 決定で大島裁判長は事件の経緯を詳細に検討。特高警察による拷問を認定し、元被告が同法違反に問われた共産党再建準備をしたとされる会合について「証拠は存在せず事実と認定できない」とした。 その上で、確定有罪判決について「特高警察による思い込みや暴力的捜査から始まり、司法関係者による事件の追認によって完結した」と指摘。「警察、検察、裁判所の故意、過失は重大」と結論付け、5人に法定上限の刑事補償を認めた。(以下略) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 横浜事件といえば、戦中最大の言論弾圧事件として知られています。何より恐ろしいのは、この事件で死刑判決を受けた被告は1人もいないにもかかわらず、4人が獄死している。どれだけひどい拷問にリンチを繰り返したのか、ということです。横浜事件だけに限りません。治安維持法の最高刑は死刑ですが、日本本土では実際に治安維持法で死刑の判決が出たことはありません(朝鮮では多くの死刑がでていますが)。でも、死刑判決はなくても、拷問によって数多くの獄死者がでています。有名どころでは、横浜事件の他に小林多喜二、野呂栄太郎、三木清などでしょうか。他にも数多くいます。そして、それら拷問で幾人も殺している特高警察関係者は、戦後一時公職追放された者はいましたが、すぐに追放解除となり、その後も警察の中枢に居座り続けてきたのです。 どう見ても完全なるでっち上げであることが明らかなこの事件で、被害者が初めて再審請求を行ったのは1986年のことです。再審請求は2回棄却されて、1998年、3度目の再審請求が2003年にやっと横浜地裁で認められたのですが、検察はそれに対して抗告。検察は、この明白なえん罪(というより言論弾圧事件)の被害者の名誉回復を是としなかった、という事実は記憶しておくべきでしょう。 高裁も再審請求を認めると、さすがの検察も最高裁までは抗告せず、再審が始まったのですが、結局は免訴という判決。つまり、彼らが逮捕された容疑はもうないのだから、判決の言い渡しはしないよ、ということです。再審請求は名誉回復を求めて、つまり「無罪」の判決を求めてのことですから、免訴では名誉回復になりません。しかし結局免訴という判決は最高裁まで覆らず、そこで刑事訴訟法の補償手続きでの名誉回復が、今回やっと認められたわけです。 最初の再審請求から、実に24年が経過し、もはや横浜事件の被害者は全員他界しました。誰も、生きている間に名誉回復が図られることはできなかったのです。これほどまでに明白な冤罪、言論弾圧事件にもかかわらず、名誉回復が実現するまでに、なぜこんなに長い時間がかからなければならなかったのか、検察や裁判所の対応に問題がなかったのか、ということを考えてしまいます。
父に膀胱ガンが発見されたのは、今から2年と少し前、2008年の12月のことでした。実は、そのさらに7年ほど前、2001年に父は前立腺肥大の手術を受けたことがあります。どうも、この前立腺肥大の手術がその後のできごとの発端になってしまったようです。 前立腺肥大の手術は1泊2日の、ごく手軽なものでした。手術を受けたのは、都立某病院です。ただ、前立腺肥大の手術の後は前立腺ガンが発生しやすいのだそうで、そのため父はその手術の後ずっとその病院で、半年に一度定期検査を受けていました。 定期検査では、ずっと「異常なし」ということだったのですが、最後の頃はどうも体の不調があったようです。それで、ガンが発見される半年前の定期検査で、「じゃあ精密検査をしましょうか」ということになったのですが、何かうやむやのうちに「精密検査はしなくても大丈夫でしょう」ということに、話が変わってしまったらしいのです。 で、その半年後、最後の定期検査でガンが発見されました。発見された場所は、以前に手術を受けた前立腺ではなく、膀胱でした。 父は、あるガンの専門病院に入院しました。そこで精密検査を受けて分かったのは、7年前の前立腺肥大の手術後の処置があまりよくなくて、大腸が癒合してしまっている、ということでした。手術の場所は前立腺で、ガンができたのは膀胱ですから、手術とガンの因果関係は明白ではありません。でもあの手術がガンの原因(あるいは遠因の一つ)になったような気がするのです。そしてもう一つ、膀胱ガンはかなり進行していました。半年前、もし精密検査を行っていれば確実に発見できたはずだったようです。まあ、それを今から言っても仕方のないことですが。 とにかく、父は入院し、一昨年の2月に最初の、検査のための手術を受けました。膀胱のガンを、内側から削っていくのです。しかし、どこまで削ってもガンではない組織に行き当たらなかったそうです。それ以上削ると、膀胱が破れてしまう、つまりガンは膀胱の表面にまで達している可能性が高いという結論を得て、この手術は終わりになりました。 そうなると、膀胱を摘出するしかありません。4月、膀胱摘出手術が行われました。父はストマー装着の身体障害者になったわけです。 ところで、膀胱摘出手術自体は成功だったのですが、ガンはやはり膀胱の表面に達しており、体内にガン細胞がばらまかれた可能性が高い、ということでした。その場では他に転移は発見できなかったものの、放置すれば転移の可能性が高い、ということでした。 そのため、父は、手術後、短期間の一時退院を挟んで、再び入院し、抗ガン剤治療に入りました。確か3クールだったと思います。父は72歳にして髪の毛はまだフサフサでしたが、抗ガン剤治療の結果、髪の毛が全部抜けました。 7月、抗ガン剤治療を終えて、父はやっと退院しました。その時点で、通算入院日数は100日にも達していました。 ところが、わずか1ヶ月後、8月に再び腰の痛みが起こります。「再発」と思った父は、さっそく手術を受けた病院に精密検査を受けに行ったのですが、「再発はしていない」との診断でした。その代わり、診断がありました。「脊柱狭窄症」です。背骨の内側に突起が生じて、これが神経を圧迫して腰の痛みを生じさせていたのです。 この病気のエキスパートとも言うべき病院を紹介されて、父は10月にその病院に入院し、手術を受けました。背骨の内側から突起を削り取る手術です。 入院期間は3週間くらいだったでしょうか。ところが、手術を受けても、退院の日が来ても、父の痛みはいっこうに治まりません。痛み止めの座薬が効いている間はいいのですが、これが1日に3回しか使えず、1回8時間効くはずが、次第に6時間くらいしか聞かなくなりました。そうすると、残りの2時間×3回=6時間は、大変な痛みに苦しむのです。手術を受けて脊柱狭窄は治ったはずなのに。 12月、定期検査で手術跡にガンの再発が発見されました。結果的に見ると、脊柱狭窄も確かにあったけれど、それだけではなくガンの再発もあったのに、そちらが見落とされていたのではないかと思います。 結局、抗ガン剤は全く効かなかったわけです。再発を告知されたときは、母が都合によりどうしても同席できず、私が病院に同行しました。再発を告げられて帰宅するときの父は、さすがにがっくりしていましたが、それでもその翌日12月23日は、ささやかなクリスマスパーティーをやりました。いつもなら母が料理を作るのですが、さすがにこのときはそれはできず、私の相棒がパエリアを作って持って行きました。最後の晩餐ではないですが、父にとっては最後の楽しい団らんだったかもしれません。 その後、しばらくは小康状態で、私も年末に八ヶ岳に登山に行ったりしていたのですが、私が山から帰ってきた12月27日から、父は突然状態が悪化し、「譫妄」と呼ばれるガン性の呆けが始まりました。年明け1月5日に再入院の予定だったのですが、状態があまりに悪く、母がすぐ入院しようと言っても、頑強に「入院は1月5日だ」と抵抗したようです。しかし、結局年が明けた1月1日に、ついに「もう入院する」と言い出しました。たぶん、年明けは、なんとしても自宅で迎えたかったのでしょう。 しかし、そのときにはもうタクシーにも乗れず、救急車の出動となってしまいました。我が家の去年の年明けは、救急車出動要請とともに始まってしまったのです。 入院後1月3日までは、痛み止めによってある程度落ち着いていたのですが、4日頃から譫妄が激しくなり、私が病院に行くと、「家に帰る」と言って着替え始めたり、荷物をまとめて出て行こうとしたり、はてはベットを運び出そうとしたり、まったく正常ではない状態になっていました。その後1月10日頃からいったん意識が比較的正常に戻り、しばらくは落ち着いていたのですが、病状は刻一刻と進んでいきます。再発が分かった12月中旬、1月6日、1月下旬とCTスキャンの映像を見せられましたが、ガンがすごい勢いで増殖していることは素人の私でも分かりました。肝臓がほとんどすべてガン化していましたし、内臓はほとんどガンで置き換わってしまいました。 最後は、もうほとんど意識もなく、言葉もほとんどなかったのですが、それでも、かわいい孫(私の子ども)が見舞いに来たときだけは、かすかにうれしそうな顔をしていました。 1月6日に医師の説明を受けたとき、余命は「1ヶ月くらいでは」と言っていたのですが、専門家はさすがに鋭い。亡くなったのが2月3日でしたから、ほぼ予測通りでした。 結局、闘病期間は1年2ヶ月、受けた手術は3回。通算入院期間は、多分150日くらいになったでしょう。仕方がないとはいえ、結果的に見ると最後の脊柱狭窄の手術だけは、受けないでも済んだのではないかという気がします。もっとも、仮にもしそこで直ちにガン再発と分かったとしても、やっぱり助かりはしなかっただろう、という気はします。抗ガン剤が全く効かないようなガンだったわけですから。 それにしても、ガンの末期というのは、人それぞれですね。新潟のフォルクローレ・ギタリスト、瀬賀倫夫さんは、ちょうど父の死の直前、2008年12月6日にガン(肝臓ガンだったらしい)で亡くなっているのですが、死の直前11月まで現役で演奏活動を行われています。最後のコンサートは11月26日、亡くなる10日前です。ブログの更新はその前に止まっていますが、ブログが更新できなくなってもギターは弾いたんですね。フォルクローレ魂ここにあり、という感じですが、父の場合は、10日前はほとんど意識がありませんでした。 |一覧| |