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絶対そんなやついねーよ、って感じだけど。一応断り書きを入れたほうがよいらしいので。 このHPの写真や文章の所有権は作成者である私にあるので、勝手に転載しないように。 isemariの日記 [全238件]
あまりに久しぶりなので、ログインのIDとPWを覚えていた自分にちょっと驚きました。 今年の始めに仕事を辞めて(海外関連の制作会社でディレクターをしていました)、6月初めに日本で結婚&挙式、7月に渡英して8月に英国でも式(Blessing)を挙げ、2週間イタリアに新婚旅行に行って、現在は英国中部に住んでいます。 仕事も楽しんでいましたし、さして結婚をしたいという気持ちもなかったので、結婚には色々ためらいもあったのですが、あれやこれやで7年(8年かも?)も相手とつきあってしまったことだし、now or neverというか、重い腰を上げて英国へ来ました。 正直ホント、マリッジブルーとは違うんですけど色々悩みましたです(相手がこの人でいいのか。という悩みは全然なかったんですが、「えー、あたしマジで結婚するの?...面倒くさい。今更他人と暮らせないよー。(←これって婚活ブームの最中にけしからん、と思われそうですが、私はリアルにこんな感じで苦しみました。当時の生活を諦めたくなくて。だって、普段つるんでる友達の半分はまだ結婚してないし、しそうにもないし、東京で好きな仕事があってお給料そこそこ貰ってて、他にも色々楽しいこともあるし、実家住まいで自分の思うようにすることに慣れきってたらホント何を今更結婚など。アイラブ日本。)」という感じ)、まあ、どれだけ葛藤があったかというと、結婚&渡英前後にすっごい歯が痛くなって歯医者に行ったら、歯に亀裂が!ストレスで寝てる間に歯を食いしばっていたんです。) まあ、それはともかく、そりゃ好きで結婚したのは確かなので、結婚したらしたでまあ、それなりに楽しくやってはいます(でも未だに現実感が全くない。)。 ![]() ↑日本の式 ![]() ↑同上 ![]() ↑英国の式 英国のお式は当初(私の)予定になかったのですが(私も彼も教会式にはちょっと抵抗が...神前式は別に気にならなかったのに)、あっちの両親の希望でやりました。 ちなみに、日本から荷物を送ったときにスーツケースはウェディングドレスとレセプションのお色直し用の着物でいっぱいになったので、洋服などは別送にしました。郵送だとえらい高くつくので荷物を厳選しなければならなかった上に、私の英国のロイヤルメイルへの猜疑心から(小包を二回程なくされた)大事なものも送れず、本に至ってはこっちに持って来られたのは貴重(=絶版)ではない文庫本数冊という状態です。 今後ちょこちょこ帰るたびに日本から持ってこようと思っていますが、現在は 島崎藤村歌集 鏡花短編集 北村薫 詩歌の待ち伏せ1、2 三好達治 諷詠十二月 枕草子(岩波の原文のやつ。好きなんだもん。) 王朝秀歌選(同上) 西条八十詩集 ゲバラ日記/モーターサイクルダイアリーズ 中村真一郎 文章読本 ドゥルーズ 野上弥生子 ギリシアローマ神話(これも好き。) 折口信夫 身毒丸 デリダ 知の教科書 竹久夢二詩集 ラシーヌの悲劇を数編(フェードル、アンドロマック他) ピーター ウィムジィ卿(幾つになっても好き)の長編を数冊 という渋く、また懐かしく、尚かつ、よくコンセプトがわからないセレクションしか手元にない状態でございます。過去の経験から、昔によく読んだ本程また読みたくなるものなので。 ちなみにこの機にブログを開始しようかなー、とか今日思って、更にこれを機に引っ越しなんてしちゃおうかなー、と思って色々探したのですが、しばらく書いていないせいか、私のローテンションとネガティブな姿勢が他のブログから浮いてそうな気がしてちょっと考え中です。 FC2かアメブロが良い気がしたのですが、アメブロ、テンションが高いなー。ついていけなそう...。しょんぼり。
今電話で「フランダースの犬」の話を(聞いたことはあるが)知らないという驚天動地なことを聞かされて一生懸命説明してたら、なんだかベソベソ泣けてきてドン引きされてしまった。この年になって。 誓ってもいい(誰に?)、別にそこまでの思い入れ(平均的日本人程度であると思われ)はなく、さして熱く話してたわけでもないのですが、「それでね、お財布拾ってね雪の中を届けに行ったら」とか言ってたらムッサ悲しくなってしまいました。 恐るべし、フランダースの犬。 えっと先週末に親関係のツテで県内の自然保護観察区域のイベントに参加しまして。イベントといっても、そこの研究者氏をガイドに夜うろうろまわろう、というだけのものなのですが。 いかんせん、その前の週まで三週間くらいずっと(土日含めて)睡眠3時間くらいで働いてたほど忙しく(半分は引き受けてしまった自分が悪いのですが、さりとて断るには美味しすぎたのです)、普通の生活してて睡眠3時間はいいけれど、3時間睡眠以外は仕事という中での3時間は苦しく、頭の中をくるくると「少女パレアナ」(本来は「ポリアンナ」が正しいが、子供のとき初めて読んだのが角川版でそれは何故か「パレアナ」であったので、なんとなく頑なにパレアナと読んでいる。)のパレアナのせりふ、「それじゃあおばさま、生きるための時間がないわ!」というせりふが廻っておりました。...って、話が逸れてしまったですが、えっと、そうそう。それで、かなーり私はその企画に乗り気薄だったのです。 だって、 1.いくら自然保護区だからって夜に何が入るのさ 2.うちから車で一時間半近くかかるのに、一緒にいくメンツからしてどう考えても私が車を運転するらしい。 3.どう考えても夏休みの子供のための企画じゃ...。 からだったんですよね。 でも約束した手前、しょうがなくモソモソ行ったら、それが。 すっごい楽しかったですよう。 ワタクシ、自慢ではないが普段ぶってるくせに、思わぬことに子供のようにはしゃぐひとなのですが、夜って色んな生き物がいるんですね。 って主に虫ですが。 いやあ、メジャーなカブトムシとかは勿論、「ぼくらは~」の歌で有名なオケラとか、かまどうまとか、えーっと、原生のゴキ(いや、家にいるのと違ってそんなきもくなかったんです。)に、そうそう!忘れてはならない、蛍!! 最後はこーた君というがきんちょと素で場所を取り合って、こーた協力の元写真も取りました。(私が撮ってる間、彼がトーチ持ってた。) ![]() 途中からですね、「蛍とかもいるし懐中電灯は消していきましょう。大丈夫すぐに目が慣れますから。」というその研究者のおにーさん(おじさん?)の指示に従い消していったんですが、最初はもう手探り状態。本当に真っ暗で歩けないほどだったんですが、確かに目が慣れるもんですね。 最後のほうは意外にさっさと(完全に「さっさ」には結局なりませんでしたが。さすがこーた君は順応が早かった...。)歩けて、そんな経験すら楽しかったです。 こういうときにふっと子供がいたらいいな、と思うことがあります。(いや、将来的にですけど)。 図鑑に載ってるような虫だけじゃなくて、夜だってもそもそ色んな生き物がうごめいてる面白さ。真っ暗な空に、草の匂い。夜の歓声。暗闇の中で足を忍ばせて虫の音に耳を澄ます、あの素敵な秘密を共有する感じ。 夏休みっていう非日常な時間とあいまって、宝物のように思えるような気がする。 レイチェルカーソンのセンスオブワンダーではないけれど。そういう時間を共有する相手は、やっぱり子供が楽しい。 辻邦生の「円形劇場にて」という短編に、あ、あんまり子供は関係ないのですが。色んな時間を振り返った時に、夏休みはそこだけぽっかり切り取った青空みたいに、非日常的な時間だ。みたいな(現物が目の前の本棚にあるのですが、立ち上がって取るのが億劫)一節があって。 ああ。と思う。子供は大人が思ってる100倍も大変なんですが(これって後になると忘れちゃうんですかね。)、それでも子供の夏休みのあの空気は、じりじり肌を焼く日差しとか。水遊びとか。すごーいノスタルジー。あのDS(だっけ?)のゲームが売れる理由が分かる気がするわ。
えっと、今年の風邪は吐き風邪らしい。 気をつけて下さいね(にっこり)。 え?私? 速攻風邪キャッチして、 転職したての職場のトイレでゲロゲロ吐きましたが、それが何か? というわけで、本当にマジで頼むよ。 この前に引き続いて最近子供がえりしているような気がすること。=やたら虚弱になった。 小さい頃は虚弱で鳴らした私ですが、高校生くらいからやたら頑強になったような気がしていたのですが、ここ一年くらいやたらめったら虚弱になった...。うーん。生活習慣を改めろって感じだけど。 話は変わりますが、ここんとこ再読を繰り返してるサルトル(生誕100周年の故。今日は「ある指導者の幼年時代」読んでました。)以外では、ここ一ヶ月ほどの私の大ブームは森博嗣でございます。 今更、って感じなんですけれどね。如何せん、コンテンポラリーというのは時間の審判を経てない分(←ノルウェイの森の永沢さん曰く。)世間的に多少名が売れてる本でも、私にとっては「はずれ」が余りにも余りにも多くて、その分の時間が勿体無いと思う分、特にライトノベル系にはどうしてもよっぽど気が向かないと手が伸びなくなるのですが。森博嗣は気が利いていていいっす(非常にクレバーで、でも全然鼻につかない)。人生変わるほどではないですけれど、でもかなり愉しんで読んで、「全てがFになる」読んで以来、久しぶりに一シリーズにはまりこんで連チャンで20冊やっつけました(一日1~2冊。(笑)。) 推理小説なんだけど、事件の謎解き、という意味でのミステリ、とはちょっとチガウ気がする。既成観念の破壊というか、「真実」とか「社会通念」「概念」みたいのを、くるっとひっくり返して弄んで知的に愉しんでいる感じが、でもぶってなくて、すごく思考の道筋が面白い。 しかも、シリーズを通して読むと壮大なビルドゥングスロマンにもなっていて、そこも面白いんだなあ。 あー。犀川先生ダイスキだー。
スゴク子供がえりしているような気がする。 人って変わっていくようで、実はある程度のスパンで同じフェーズを何回も何回も繰り返しているんじゃないだろうか。あれだ、「永劫回帰」。洞穴から出て「もう一度!」って叫ぶやつ。 まあ。それはともかく。 この一年ほどは取り巻く環境の変化や仕事のストレスとか、そういう外的プレッシャーが非常に多くて、それに晒されて激しく揺れ動いたものの、内的な要素から揺れ動くことはあまり無く。内面は比較的、静的だったと思う。 そういう時は自分にコントロールがよくきく。もう諦念を漂わせた修行僧並に。 それがここ2,3ヶ月ずっと感じているのだけれど(転職する前からなので、その影響ではない。)、すごく学生の頃、それも学部生の頃のメンタリティにどこか似てきている気がする。ずっと胸の奥で蝶々がばたばたしているような、落ち着かない気持ち。当然のように不眠症が真っ先に戻ってくるし、やたらすごく考え出して、Cheekyというか、Pretentiousになってる気がする。そういう時は基本的にHyper-Sensitive(ハイパーにセンシティブ)になるので疲れやすい。その代わり読書がすごい勢いで進む。 お年頃だ。 ちなみに、最近気がついたのだけれど、日記をコンスタントに書く秘訣って一回を短くすることじゃなかろうか。そうすると書きたいことは書けないけど、でもそうしたら<続く>とかにしてしまえばいいのか。如何せん、長く書きがちな私。ココをアプしない間も思いついたまま「書く」ことは一度もやめなかったのだけれど(いやむしろIntensifyしたのだけれど)、オンラインで書くとなると自分にルールを課した方がいい気がする。一日30分以内とか。 ふむ。
うご。 しまった。 と思うこと。 1.どんだけ寒いか忘れてた。 東京も寒いよー、と思いながらいつも出かけると、「ひゅるるるる~~~。」もう歩きながら「サムイ。」とうわ言のように呟くことしか出来ない。 2.歩き用の靴で行くのを忘れてた。 石畳は大抵デコボコ。あちこちに無意味に穴。 東京用の靴で行くと大抵ひっきりなしに踵を引っこ抜きながら歩く羽目になる。そして、イギリス人は歩くのが大好きだ。なので、その靴で延々歩く羽目になる。 帰国。で。 もう師走。 今年はすごかった。 年明け早々彼が事故で意識不明という連絡を受けて仕事の合間にイギリスに二回も飛んだり、諸々の仕事/人生の岐路を通ったりとか、転職(転社か。仕事内容は変わらないので。方向性、というか分野が変わる。)とか。 ちょっとのチョイス、ちょっとの浮気心を潜り抜けて、相も変わらず。 ぐるっと一年回って何か激しく変わったような、何も変わっていないような。
ぐおー。 本当にお礼が遅くなってしまいました。 maoさん、本当にアリガトウ。<お誕生日。 本当に温かい、素敵なメッセージを貰ってちょっと涙目。 maoさんのことは一生忘れません(感涙)!! いやー、本当に言い訳っぽくなりますが、先月、先々月は本当にキツイものがありました。忙しい中、突然同僚がやめちゃったり(どうしようもない事情の下なので、全く彼の責任ではないのですが)、その人と私の仕事が被ってたこともあって、身内の不幸も重なり、しんどい日々を過ごしました。一ヶ月近く週休一日位で(それで十分だろうって??私には十分じゃないんです(笑))、なんか立ち止まる間もなく走り続けてた感じ。 なんか今年は年明けそうそう色々ありまして、たはー。 まあ、愚痴になるのでやめます。今は状況も著しく改善して呑気な顔してますが。 本はね、それでも読み続けてるんですよ。 いろいろなことの反動のように、なんかですねえ、すごい勢いで読んでます(笑) 今年に入って最初の数ヶ月は、以前書いたようにIris Murdoch(アイリス・マードック)にはまって、その合間にオースターの新作、アラン・ホリングハースト二作、デリダの遺作、クンデラの新作って洋書一点張りだったんです。 したらその反動か、その後はすっごい勢いで日本文学ブームが再来しまして。 私ですねえ。長らく鏡花ってそんなに好きじゃなかったんですね。文体が綺麗過ぎて中身が置いていかれてる気がして。なので、結構有名な作品しか読んだことなかったんですが、ふとしたことから短編の全集を手にしたら、すごい夢中になって全部読んでしまいました。 尋常じゃないです、泉鏡花の文体の美しさは。 文章を追ってる目が喜んでるのが分かる感じ(笑) 花の色、空の色、空気の匂い、葉の作り出す影、光の中の翳。 どうしてあんなふうに表現できるんだろう。 あの文体があってこその、中身だったんだ。と今更ながらに目から鱗です。 で、そこから始まってまさに一人「日本文学フェア」。 本当はですね、少しづつでも読んだ本について感想など残していければいいナーとは思ってるんです。 でも正直、仕事に時間がとられ、趣味の習い事もしたい、友達にも会いたい、電話もしたい、勉強もしなくちゃ、等々、時間に限りが出てくると、本について書くよりは時間を惜しんで、むしろ一冊でも本を読んでいたい。って気持ちが強くて。 じゃあ、全く感想を書きたくないかというと、でもやっぱり感想はカタチに残しておくのがいいデスよねえ。とも思う。このブログもやっぱり読み返すと頑張って書いた本の感想なんかは、懐かしくも愛しいですし。 揺れる乙女心(笑 もう乙女とも言えない年が見えてきたワ。でもいいんです、キモチは乙女だから。) いずれにしても。 どんなに忙しくても本は大事です。 学生の時に時間があってうわーっと思うまま読んでいたときも大事でしたし、今社会人になって電車の中なんかで用事の合間を縫って読んでる時間も本当に大事。 何が大事大事だ。なんてチープな言い方しか出来ないんだろう。 一因は、今、本当に眠いからですが(笑)。 でもね。 本を読んでるから、これができるとか、こういう人になれるとかじゃあないんです。 別に仕事に役立つか、とかそういうことでもない。 知性がどう、とか教養がどうとか、頭がよくなるとか、そんなことでもなくて。 ただ大切です。 仕事での頭を休めたいからでも、一時現実を忘れられるからでもない。 そういう読書も私にも勿論ありますし、それはそれでいいんですが。 そうじゃなくて、仕事とか私の一部分とかでどうのではなく、もっと根本的な、全体としての私を今までもこれからも貫き通すものとして必要なんだと思うのデスよ。 哲学は「自己から世界を見るための地図をくれるもの」だと以前読んだ本にありましたが、私はそれは本を読むことにもいえると思うのです。勿論、純粋に楽しい、というのもありますが。 「本を読むということは、人生が一度きりであることへの抗議なのかもしれません」(by北村薫 円紫師匠のシリーズのどっか。) それは暇つぶしでもなく、好奇心でも、日常からの逃避でもなく。 自分の中に誰かを住まわすことだと思うのデス。それで自分のカタチが日々変わっていく。 ってか、文体が著しく口語体で、メールみたいだ。 いいたいこともわかりゃあしねえ!! でもすいません、力尽きました。寝ます(笑)
今改装なんてものをしてみたら、力尽きました。 て言うか親切心で置いてくれてるらしいー様々な機能がかえって使いにくい罠。(いっそのこと全部editさせてくれい) しかもよく考えるとこんな桜模様にしたら、来月にはまた改装しなきゃなんじゃ!!?? ショボーン。 大体熱が下がってないんだから早く寝ましょう。 と思いながら、さみしいいんだようううう。 この二日母親以外の人間の顔見てないんだよー。 しかも母親ですら、「ちょっとアナタ、アタシ今忙しい時期なんだから伝染さないでよ、風邪」とかいうんだよう。 鼻もかみすぎて真っ赤になってるし、乙女も形無しです。 |一覧| |