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カテゴリ:東京 板橋区の石仏
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今日は中台の延命寺の石仏、最終回です。 延命寺 板橋区中台3-22 墓地へ向かう道の左側、奥のほうには三基の庚申塔が並んでいる。庚申塔に続く四基の石塔はいずれも個人の墓塔だった。 左から丸彫りの地蔵菩薩立像。下の台の正面に宝暦10(1760)から明和6(1769)の命日と戒名が刻まれていて、講中などのものではないが立派な立ち姿が印象的だ。 三基の庚申塔の内、左 庚申塔 貞享5(1688)唐破風笠付の角柱型。正面彫り窪めた外に日月雲。中に青面金剛立像 合掌型六臂。 右脇「奉造立青面金剛二世安樂諸願成就所」左脇には造立年月日。その下に武州豊嶋郡中臺村と刻まれていた。 足下に邪鬼が情けなくうずくまる。その下に二鶏、三猿。三猿の脇、枠の所に庚申講施主とあり、三猿の下の部分に十名の名前が刻まれている。 中央 庚申塔 享保20(1735)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。青面金剛は蛇を頭にいただき、厳しい顔で立っている。光背右下、これより左へ、ねりまへ十八丁と比較的大きく刻まれていた。光背にこういう形で道案内を入れるのはあまり見ない。光背左下に造立年月日。台の正面には中臺村 かふ中 十五人と刻まれている。 邪鬼は仰向けになって踏み敷かれていた。その下には三猿を彫る。二鶏は見当たらない。 右 庚申塔 宝暦3(1753)日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。 丸顔の青面金剛はなんだかふくれっ面をしているように見える。両脇に中臺村 講中と刻む。足もとには二鶏が彫られていた。 足下の邪鬼は正面向きで大きな顔。頭のてっぺんを踏まれている。青面金剛と同じく丸顔でこちらもふくれっ面だ。その下に三猿が彫られているが、小さいながらも三者三様に自由なポーズが面白い。 塔の右側面「奉建立青面金剛念願成就」その下に五名の名前が刻まれていた。 左側面には造立年月日。こちらも下部に七名の名前が刻まれている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.12.16 16:11:01
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