カテゴリ:短編小説
『琥珀』。それがボクの名前。
――メインシステム「ウォード」、機動確認…… (……けど、たいした指示もないみたいだし、またセイラのとこにいってこ。) ボクは魔導甲冑・ウォードの端末ユニットのひとつだ。 端末ユニットは全部で4体。それぞれ独立した意思をもっている。 通常はボールのような形態をしていて、必要によってはぬいぐるみ人形形態もとれるけど、個体識別用の名称やコードは特別、設定されていなかった。 「ウォード」が直接指令をだせばそれでことたりていたから。 でもただのシステムオプションにしかすぎなかったボクは、 ある『事件』をきっかけに、「名前」をもらった。 『琥珀』。それがボクの「名前」。 その『事件』があったのは、最近ウォードのところに良くいりびたっている、セイラって女の子が、夕ご飯近くなって姿を見せた日。 セイラは、いままで会ったどの人とも違うところがあった。 彼女、ボクたちや、他の機械たちにもまるで、人間とつきあうのと全く変わらないしゃべり方をするんだ。 そのセイラの友だちだっていう翠子さんが、ウォードをディナーに招待するんだって連れて行ってから……ずっとウォードは帰ってこなかった。何日も。 「…もう…ウォードってば…いったい…どこにいったのよ…」 休眠モードだったボクは、だれか女の子のすすり泣くような声で目がさめた。エレナだ。彼女は、ウォードの旅の仲間…ぐらいにしか、ボクのデータのなかにはない。 どうやら起動したのはボクだけのようだ。 他の三人は…まだ休眠モードのまま。 「…エレナ?どうかしたの?」 「…いないの…ウォードが。どこをさがしても。いくらさがしても。もう、どうしたらいいのかあたしわかんないよ…」 ほとんど半泣きの顔のエレナ。目のしたにはクマができている。徹夜でさがしまわったんだろうな… 『ウォード?この通信が届いたら返答して?ウォード?』 ためしにボクの方から通信してみた。 …ほんとだ、いくらやってもウンともスンとも応答がない。 (危険・危険・危険・警戒セヨ・警戒セヨ・警戒セヨ) さっきから、ボクのなかで危険信号がうるさくコールしつづけている。要するに、悪い予感、ってやつだ。 ボクはその信号の命ずるまま、噴水広場に急行した。 かなり収縮しちゃってるけど、あそこで前にセイラが通ってきたっていう、『穴』が閉じずに残っているのを見つけたんだ。普通の人には小さくて通らないけど、ボール形態のボクなら余裕。 機械にたいしてやけに敏感なアンテナを有する彼女なら、もしかして…!! 『穴』を抜け、リミット限界に近いスピードで全力飛行。 目指すはセイラの店、「シトロン・ドロップ」。 公園から大通りを抜け、角を曲がり、赤いレンガの三角屋根の…あった!! 「―――セイラ!!大変なんだよっ、ウォードがっっ!!」 店に入るなり人形形態に変化してセイラに飛びつく。 彼女は最初の瞬間こそちょっと驚いた様子だったがそれよりも、ボクの話した内容の方にもっとびっくりしていた。 「うぉっ?!ウォードたんがーーーーーーっ?!とかここで叫んでてもしょうがないわっ、いくよっ。ぷちウーたんっ!!」 「…ど…どこいくの?」 「スノーマンズ・カフェ!!とりあえずあそこにいけば、何とかなるのこの場合っっ!!」 有無をいわさずボクはセイラにひっつかまれて、救援要請だけのはずが、ボクも彼女とともに同行することになってしまったのだった。 その後のスノーマンズカフェで、ウォードの居場所が確定。 ウォードは、まだディナーに招待された翠子さんの家にいるという。 のりこんだ翠子さん…一乗寺家では。 ウォードは完全に記憶を上書きされ、怪しい仮面までかぶってた。 …これじゃいくら通信しても拒否されるはずだよ… 記憶が上書きされてるせいで、ボクたちのことを認識できないウォード。通常の彼からは考えられない、粗野な口調。 翠子さんに命令され、魔導甲冑へ形態をを戻すとためらいもなくボクたちにレーザーライフルを向けてきた。 …やばい!!ボクはともかく、セイラが…っ!! ほぼ自動的にリフレクトシステムが作動し、なんとか全てのレーザーを防ぎきった。 「…あ…あれ…?そか…うーたんが…」 「大丈夫?セイラ、ケガとかない?」 「…うん、平気…ありがとね、うーたん」 短い会話のそのあとに。 「そこまでよ、翠子!!」 闇を切り裂く月光のような鋭い声。 さっきカフェで会った、リタって子が姿を見せていた。 彼女がセイラに渡した卵みたいなものをウォードになげつけると蒼い粉が空気中に散布された。 同時にウォードの機体に蒼い火花が散り、そのまま全ての機能が強制停止した―― 結局原因は、ウォード欲しさに翠子さんがもらってきた怪しげアイテムのせいだったらしい。 リタがセイラに投げつけさせた、あの蒼い粉のおかげでウォードに上書きされた記憶のほとんどは消去されたみたいだけど… 完全じゃないっぽかった。 再起動したウォードが翠子さんと話してるときに、上書き状態時のあのワイルドな口調がぽろりと。 一言だけだったけど、一言で十分証拠に事足りる。 …たぶんあのモードが発現したらやっぱりまたボクたちの通信は届かないんだろうか… あのあと。 ウォードをつれてかえった向こうでも、セイラとリタが二人して要領をえないものだから、エレナがぷちきれ寸前でちょっと大変だった。 なんとかウォードとボクでごきげんをなおしてもらったものの。…まだ『あっちの』ウォードのことは話してないもんなあ…どうしよう。 うー…しょうがない、とりあえずこの問題は棚上げだ。 セイラの店は、なんとなく落ち着く。 ひっくり返したおもちゃ箱みたいな、あのごちゃっとした感じがいい感じ。 なのでボクは、あれ以来セイラの店ばっかりにいりびたっている。ひまさえあれば。 「…ありがとね、うーたん」 「え?何で?」 またどっかから仕入れてきたらしい、珍しいんだか怪しいんだか微妙なアイテムを仕分けしている途中、セイラが唐突に感謝の言葉を口にした。 ボクはちょっととまどう。 「あのときあたしを助けてくれて」 「ああ…とっさのことでびっくりしたけど。ほとんど半自動的にシステムが作動したから…よかった」 「うふふ。うーたんてかーわいい♪」 「?!」 また突然ぎゅうっと抱きしめられる。 ボクが目を白黒させていると(できないけど気分的に)、 セイラがなにやら考え込んでいる。 「…うーたん」 「なに?セイラ…」 「うーたんて、四人、いるんだよね?」 「うん。ウォードの手足一つづつの端末だからね」 「だよねー。じゃあ、全部うーたん、て呼ぶわけにもいかないしー…」 考え込みながらも、セイラはボクの顔をじいっとのぞきこんでくる。 わわ、そんなに見つめられるといくらなんでも恥ずかしいよ… 「…うーたんの瞳、アンバーカラーで綺麗だね」 「あっああえっとこれはボクが球体になったときの色がそのまま瞳の色になるから」 「へえ、そうなんだ?うん、決めたっ!君の名前はいまから『琥珀』だよっ♪」 「…ボクの、名前?」 「うん。他の誰でもない、君が君でいるあかし♪たとえロボだって、その端末だっていっても、ちゃんと生きてるからには、名前がなくちゃ。…それとも、気に入らない?」 急に心配そうな顔になったセイラに、ボクはぶんぶんと思いっきり首を横にふった。…気に入らないなんて、とんでもない。 「ううん、すごいいい『名前』だよ、ありがとうセイラ!」 「よかったあ♪じゃあ琥珀、ほかの三人にも『名前』、つけてあげなきゃ。いこっ」 「了解っ!」 カウンターに座っているボクを、セイラがひょいと抱き上げた。 『琥珀』。それが、ボクの、名前―――――― お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 16, 2005 10:53:51 PM
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