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一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第276話 「呉桃か胡桃か」 クルミ(クルミ科の落葉樹で雌雄同株、Walnut)に関して、漢字表記は”呉桃”と”胡桃”の2通りが知られているのですが、ソモソモ論で言うと、クルミ属の総称としてのクルミなのか?オニグルミだけを対称とした”クルミ”なのかでも話が違ってきます。 原産地は欧羅巴南西部から亜細亜西部という説に人気があり、北半球の温帯地域に広く分布するクルミ属は約15種類あり、日本でさえオニグルミとヒメグルミが自生していて、オニグルミは日本のほぼ全域と言っても過言では無い北海道から九州の山野の流れに沿って多く自生していて、古くから木材としては家具や銃床などに利用されています。 食用としては、核内の種子を食べたり油を絞ったりして利用するのですが、古くは下剤や駆虫剤として薬用に使われたこともあり、”今昔物語”に収録されているクルミ酒とサナダ虫の話は比較的知られて ・・・ いるんじゃないかな~と(笑)。 オニグルミはハンマーや専用の破砕器具を使わないとまず人力では割れないのに対してヒメグルミは果実が小さいものの殻が薄いため要領をマスターすれば比較的簡単に握りつぶして割ることが出来るのですが、いずれにしても日本に自生しているクルミとしてはオニクルミとヒメクルミを覚えておけば十分だと(私は)思います。 念のために書いておくと、やはり日本全土の山地で自生している”サワグルミ”はクルミ属ではありません。 栽培種としてのクルミは、長野県など寒冷地に多く植栽されていて信濃クルミとして知られるカシグルミ(テウチクルミないしテウチクルミの交雑種)は中国原産の外来種ということになるのですが、”延喜式”などによればクルミは”呉桃”で、”呉の実”から”くれみ”→”くるみ”となったようです。 人類が食用としたのは、おそらく猿と大差の無い時代からだったと考えられていますが、日本で確認されている範囲では、縄文時代の遺跡や遺構から種実の出土事例が複数あり、オニグルミを中心に食料として古代から利用されていたと考えられているのですが、テウチクルミに関しては8世紀頃の平城京の跡地から出土していますから、それ以前に渡来して栽培も始まっていた可能性があります。 となると、やはり2~3世紀に呉(ご)が滅びたときに難民とともに海を渡って来たと考えるのが妥当な気がしますが、その場合、揚子江(長江)下流域で栽培されていた種が運ばれたと考えて良さそうですが、中国でクルミは胡桃で、西域からの伝来を意味する”胡(こ)”が付いているあたりで、西域の桃ということになります。 以前、4-275”胡麻を擂り擂り”の回で前漢の武帝(前156~前87)の命令で前139年から張騫が西域を巡り、その情報を元に武帝が西方へ侵攻して入植を行い、西域の文化や食物などが中国に伝来し、”胡風趣味”として定着した話を少し書いたのですが、胡桃の伝来もその頃の話になるようです。 その頃というか、西域との交易が本格化した初期に伝来した植物といえば石榴(ざくろ)も有名ですが、こちらは更に西のペルシャ(現在のイラン)の界隈が原産と考えられていて、食用の他には農薬として葉虫の駆除に使ったり、金属製の鏡の研磨に使ったりもしているのですが、日本に渡来するのは平安時代初期の9世紀頃の話になります。 そう考えていくと、前漢の時に西域の文化や動植物が中国に渡来し、呉が滅んだときにそれらを携えて日本まで大量の難民がやってきた後に、大和朝廷が成立していったことになるのですが、となると、大和朝廷の成立は呉からの難民の大量渡来が大前提になるのではなかろうか? ここで視点を変えると、中国で犬が家畜化されたと考えられているのは、遺跡から出土している犬の骨などから推測して遅くとも紀元前4千~5千年頃の話になるのですが、日本でも縄文時代の遺構から犬の骨が出土していますから縄文時代に犬の家畜化が始まっていたと考えられています ・・・ 従来ならばここで話が終わっていたのですが、遺伝子の研究が進むといらないことも分かってきたのでした。 つまり、ミトコンドリア・イブ仮説のように、犬もまたどこで誕生してどこで枝分かれしたのか?がある程度ですが遺伝子を研究することで分かってきたということで、縄文時代に日本に日本原産の犬がいて、後に海外から犬を連れて異民族が移動してきて交雑が進んで和犬という種になっていったとすれば、和犬の遺伝子にもそのあたりの記録が刻まれているということです。 和犬としては、北海道犬(アイヌ犬)、秋田犬、柴犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬が知られていますが、DNAで区分すると東南亜細亜系の遺伝子を多く持つのが北海道犬で、他の5種の犬は中国大陸系の遺伝子が多く、そのことから、まず北海道犬が和犬として登場し、北海道犬を飼育していた種族が次第に北へ追われていき、其の後に残りの5種類の犬と飼育していた海外からの移住者が定住していったと推測されます。 ある意味、国津神の土地を侵略していく天津神の構図がそこにもあるわけですが、興味深いのは8世紀初めに成立した”日本書紀”に中国の犬といった記述があることで、中国の犬とわざわざ書いているのは、その時点の和犬とは別の種であると考えていたということで、中国大陸系の遺伝子が多い5種の和犬にしても、一斉にやってきたのではなく、何度か異なる民族の大量渡来があったと考えた方が筋が通ります。 もちろん、日本といえども南北に広いというか長いですから、海を渡ってきてどこに最初に辿り着いて定住したか?も問題ですし、古代の日本が2つ以上の国に別れていたのは中国の史書などの記載を見る限り確かな話ですから、縄文と弥生という区分けにしても、異なる時期に渡来しただけではないのか?という説があり、縄文人が弥生人に進化したのではないというもっともな話へ繋がっていきます。 考えてみれば当たり前ですが、TVやラジオどころか、新聞や本さえ無く、文字といえば一部の地域で神代文字が使われていた程度の時代の情報伝達や情報の記録というのはかなり効率が悪かったでしょうし、道路や鉄道が整備されているわけでも照明や大規模な建造物も無かったでしょうから、そうそう簡単に食糧を自給自足しなければならない海外からやってきたばかりの集団が大規模な侵略戦争を原住民に対して仕掛けることが出来たとも思えません。 従って、日本の縄文時代以前に東南亜細亜方面から大量の移民がやってきたか、逆に、大規模な火山噴火などの異常気象で食糧が激減したことで追われた日本の縄文人が南下して東南亜細亜から南亜米利加まで広がり、縄文人の人口密度が低下したことで、半島や大陸からの移民が増加しても受け入れる余地が生じ、大陸でも北方系の民族が半島を経由して北九州に入植しはじめ、それに伴い、縄文後期の遺跡が要塞化していったのではなかろうか? 決定打となったのは、揚子江(長江)下流域から稲作の技術を持った一団が大量に移動してきたことで食糧事情が劇的に変わったことで、いわゆる弥生人というのは、稲作技術を持って渡来してきた渡来人の集団が、それを受け入れた地元集団と交雑しながら広がっていったのではなかろうか? それ故に、北九州から近畿のあたりまでは未だに北方系の弥生顔が多く、その南北にあたる、関東から北海道にかけてと南九州から沖縄にかけては縄文顔が多いのではなかろうか? 近代くらいまで中国の文化の発達は周辺諸国というか周辺地域を圧倒していますから、大陸で大規模な戦争などが生じて国が滅び大量の難民が生じて周辺に離散すると、その受け入れ先となる周辺諸国にとっては最先端の新しい技術や物産が伝播することに直結したわけですが、日本で渡来人や帰化人が”東征”しなくても厚遇されるようになっていったのも、それ以前に渡来していた集団が一定の勢力を持つようになって受け入れ態勢が整備されていったからではなかろうか? ところで、日本人の一つの特徴として、日本語が世界的にも特殊な言語であることが指摘されることがあるのですが、日本の先住民とされるアイヌ人の言語と文が似ていたり幾つかの単語には共通点があるものの、言語学的には別系統に区分されていますし、日本語が母音で終わるのに対して半島の朝鮮語は子音で終わりますからこれまた別系統の言語に区分され、もちろんというか、中国語とは文法が大きく違っています。 では、どこの地域の言語と共通性が高いのか?というと、意外なことにインドネシアのポリネシア語で、その辺りからも縄文人が南下したか、ポリネシア人が黒潮に乗って北上したのではないか?という話に繋がっていきます。 後の朱印船貿易のように、季節風などを利用して日本とポリネシアの間を行き来していたとしてもさほど驚きませんし、北海道犬の遺伝子が台湾の高砂族が飼育している順血腫の犬の遺伝子と酷似しているあたりでも、かなりダイナミックな海洋移動が恒常的に行われていた時代があったと考えて良いのでは無かろうか? そして丸木船や筏くらいの船で移動するとしてもそういった(島づたいの)長距離移動が可能な条件としては、平均海水面が現在よりも低く、海岸線が現在よりもかなり沖にあり、洋上に浮かぶ島が現在よりもかなり大きかった時代が該当するのですが、海水面が上昇したことと、台湾から沖縄列島の辺りで大規模な地殻変動が生じて幾つかの島が水没というか陥没したことで、当時の船や技術では島伝いの長距離移動が難しくなったのかもしれません。 いわゆるニライカナの伝承や浦島太郎の竜宮城伝説に見られるように、かっては行けた(そして戻ってきた)南方の楽園の話があるあたりからも、現在の地図だけで考えるには無理がある気がしているのですが、信じるか信じないか、あるいはもっと妄想を膨らませるか、学校の先生を信じて”常識”に安住するか、それはあなた次第であることは言うまでもありません(大笑)。 初出:一夢庵 怪しい話 第4シリーズ 第276話:(2011/11/24) │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |