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八月下旬、今日も快晴の暑い日だ 八月下旬、今日も快晴の暑い日だというのに、屋上に上がったおれはガタガタ震えていた。 確かに風は吹いてはいるが、この真夏に寒いはずはない。これは寒いのではなく、恐いのだろう。 そう、おれはこれから柵を乗り越えて、地上に飛び降りるつもりなのだ。もちろんバンジージャンプでもなければパラシュートもつけていない。もう何度も考えた上での、覚悟の自殺なのである。 三十五歳。人生の半ばにして自ら命を絶つ愚かさは承知しているが、おれが死んだところで泣く身内もいなければ、職場だって何ら痛痒は感じないだろう。両親はすでに亡く、兄弟もいないし、養い親である伯父伯母とも没交渉だ。 やがて、おれは柵まで歩いて下を見下ろした。 会社のビルは十階建てで、高層ビルに比べれば低い方だが、人間が飛び降りて死ぬには充分な高さだった。 よく、飛び降り自殺する者は靴を揃えて脱ぐというが、おれは脱ぐ気はしなかった。あれは本来、遺書などが風に飛ばないように重しがわりにしたり、靴の中へ遺書を差し込んでおくために必要なのだろう。 おれは遺書はない。恨みツラミの手紙は、直接彼女へ郵送しておいた。まあ、人の心を踏みにじることなど平気な彼女は、読まずに捨ててしまい、別におれが死んだからといって傷つくような女じゃないかもしれないが、それでも書かずにはいられなかったのだ。 周囲を見回してから、おれは柵を乗り越えた。午後の勤務時間で、もちろん誰も見ている者はいない。 長く考えていると、またためらいが出てきそうだ。もう何も考えることはない。 あの世が素晴らしい花畑で、美人の天女の舞いでも見られることを祈りつつ、おれは潔く、思いきって宙へ躍り出た。 「うわあっ……!!」 おれは真っ逆さまに落下しながら、そのあまりの恐ろしさに声をあげた。 死ぬ前に、幼い頃からの情景がパノラマのように浮かぶなんてのは嘘だ。それに、飛び降り自殺は、すぐに気を失ってしまうから楽だなんていうのも嘘だった。 加速度を増しながらも、おれの意識ははっきりし、グングン近づいてくる石畳の歩道もはっきり見えていた。 夢なら覚めてほしいが、落下しながら頬をつねると、やはり現実だった。 このまま激突したら非常に痛いだろう。しかも会社の前を汚したりすると、また部長が嫌味を言いそうだ。 しかし、どう転んでもおれの命はあと数秒だろう。神妙に観念するまでもなく、おれは居直ったように目を開け続けていた。 するとその時、下を歩いている少年が見えた。夏休み中なので、塾の帰りなのだろうか、小学生らしい子がたった一人で、おれの落下地点へと近づいている。 「バカ、どけっ……!!」 おれは声を張りあげた。 しかし少年は気づかず、おれも泳いで移動するわけにもいかず、彼の頭が急速にズームアップしてきた。 瞬間、スイッチが切れたようにおれの視界も意識も真っ暗になってしまった……。
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Last updated
2013年11月15日 03時43分48秒
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