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以前から気になっていた作品。作者は2009年に34歳で亡くなっている。 世界で虐殺を引き起こしているジョン・ポールを追う米軍大尉クラヴィス。言葉や洗脳によって起こる大量殺戮、「虐殺の器官」をコントロールすることで、真の目的が果たされる。 近未来SFだが、この世界観がすぐそこまで迫っている感じがする。2007年6月に出版されて5年。作家の先見性で何かを語ろうとは思わないが、驚異の親和性を感じることは作品の質感を相当上げている。 軍事行動で、子供でさえ敵と見なした戦闘員には容赦ないシーンなどは、親和性ではない。むしろ前時代的な戦略行動。ハイテクを駆使しながら、戦闘員のスキル、経験と動員数などで局地戦を制圧していく。 一方、潜伏行動から情報収集、敵に拉致されながらも味方の援護により脱出、というスリリングな展開から「虐殺の器官」の謎が少しずつ語られていく。そのやりとりも面白いし、現代世界のどこかで起こりうる、隠された事実としての想像力も掻き立てられる。インヴィジブルな問題なのではあるが非常にうまく描かれていると思う。繊細でありながら感情的にもドライにもどちらにも傾かず、微妙なバランスがある。 ラストもシニカルでありつつ、言葉の脅威についての展開があり、想像力がまた働く。まさにSF。 もっとたくさんの作品を読みたかったと感想を書く人は多いだろう。『ミレニアム』のスティーグ・ラーソンと一緒。でも、残された作品を大きな愛で包み込めばよいのだ。惜しんでも新しい作品は生まれない。残された作品を何度も読み返したい。
ダービーがやってきた。飲み屋でもダービー予想で盛り上がっている。参加して渾身の予想を披露したかった。 一番人気は8ワールドエース。皐月賞馬6ゴールドシップを抑えて。10ディープブリランテを破った共同通信杯のレースが鮮明に記憶に残る。 夢で見たワールドエースの3着シーンも記憶に残る。本当は菊花賞辺りだと思うが・・・。 他に興味が引かれるのが、レコード決着の京都新聞杯を制した14トーセンホマレボシ、青葉賞快勝で府中3戦3勝の11フェノーメノ。さらにきさらぎ賞を上がり32秒8で、毎日賞を勝った2ヒストリカル、2歳王者でNHKマイル2着の18アルフレード。 【予想】 ◎6ゴールドシップ 〇8ワールドエース ▲14トーセンホマレボシ △11フェノーメノ △2ヒストリカル △18アルフレード 【買い目】 三連単 6・8-6・8-2・11・14・18 6-2・11・14・18-8
何度も登っている山だが、今回は別ルートで。 川井駅からバスに乗って、大丹波川沿いから、獅子口、踊平を経て川苔山へ登るルート。奥多摩町の人から教わった、楽しみなルートでした。 5月末のこの時期にしか咲かない「シロヤシオツツジ」がとてもきれいですよ、ととても魅力的な情報を頂いて、今回のルートもその方からきっちりとレクチャーされて万全のはずでしたが・・・。 順調に林道を歩いて登山口分岐にたどり着きましたが、ここで問題が発生。林道から下って川沿いに出て、川に架けられた橋を渡ったところで道がなくなります。わさび田には立入禁止の文字が。橋を戻りましたが、よくわからず。とりあえずわさび田脇の道を行ってみると、何とか道が現れました。東京電力の黄色い看板と朽ち果ててほんの少ししか見えない登山道の名残だけが頼りでした。 後から地図で確認すると、この時点で確実に間違っており、大丹波川沿いに歩かねばならないのに、鉄塔方面に登ってしまいました。 道がないことの緊張感と踏み跡を探すことに精一杯であまりキツさを感じないまま、道なき道を進んでいきます。こうなったら、とにかく山頂までは行ってみなければ、という一心で現在地もよくわからないままでした。 それでも、何とか登り切って稜線を淡々と歩くルートになってちょっと安心。鉄塔経由で川苔山から古里に降りる途中の道に出ました。迷った時は下らずに登れと言われますが、知らない道から知っている道に出ると安心感がまったく違います。 今回の目的は、シロヤシオツツジを見ることでした。道に迷ったことでスケジュール変更。踊平へ行く前に川苔山頂でランチに。途中、ピンク色のトウゴクミツバツツジが咲いていました。 今回のランチはとんこつラーメン。前回は鍋でしたが、簡素にするとどうなるかというお試し。カップラーメンではなく、チキンラーメンでもない、素麺のようにまっすぐにまとまった乾麺で、持ち運びもしやすく次回も使えると確信。何よりも余ったスープでおにぎりと煮込むのがうまい。生卵もトロトロ仕上げで、ゆで卵よりも確実に上がります。 踊平へ向かうルートも今回が初めてのコース。知らないルートへの高揚感と、なだらかで整備された道だったので、やはり前半のコース間違いをさらに後悔。お目当てのシロヤシオツツジの群生はまったく見られず。蕾でもなかったので、すでに咲いてしまった後ではないかと。ただし、下の林道では若干単発で咲いている樹もありました。 踊平付近も非常に歩きやすく、リベンジで獅子口から大丹波川に下りる、本来の登りたかったルートの逆コースを行こうかとも考えました。しかし、上日向からのバスが少ないのと、また知らないルートを歩くよりは鳩ノ巣駅方面に下りてバスの時間も気にせずに行くことに。 舟井戸までの巻き道を通って位置関係も何となく把握できました。舟井戸から大根ノ山神まではかなり歩きやすくて、いつもよりありがたい気持ちで下山。大根ノ山神で、コーヒーを沸かす余裕もありつつ、いつもの大福と胡桃饅頭を食べました。 近々に今回間違ったコースをリベンジしたいと思います。いろいろなブログを参考にしているのですが、迷うような箇所でもなさそうで、いったい何が起こったのやら。山での経験不足が露呈した結果ではありましたが、こういう事件もあってまたモチベーションが上がるというのも悪くないかもと思っております。 0835 上日向バス停 0849 清東橋 0906 発 0914 棒の折登山口 0940 ヘリポート 0950 獅子口方面登山口分岐 1046 鉄塔(46号) 1151 分岐 1239 川苔山頂 発 1330 踊平 1404 分岐 1410 舟井戸 1517 大根ノ山神 1545 発 1615 鳩ノ巣駅
テレビドラマになっていたが、原作はまるで違うストーリー。ドラマがアレンジしたので、逆か。 エーアイ(AI;死後画像診断)センター設立に、高階院長からセンター長に任命される田口。戸惑いながら定例会議を開催するが、死因究明における司法と医療の対立が会議内で露呈し、またしても田口は貧乏くじ的。 エーアイセンターの主機器となる、コロンブスエッグと呼ばれる縦型MRIで死んでいたのは、設立会議メンバーであり元警察庁刑事局長の北山。その傍らに意識なく倒れている高階院長。彼の手には拳銃が握られていた。 東城大の大ピンチを救うのは、例によって厚生省の火喰い鳥・白鳥。 ドラマでは田口の同期であり、放射線科准教授の島津が倒れていた。宇佐美警視も若かった。何よりも犯人が冤罪事件との関連で違った結末に。 先にドラマを観るのもどうかと思うが、原作が死因解明についての現代医療批判だったり、司法と医療、警察と病院の主導権争い、若き技術者の死や彼の好きだったショスタコーヴィチなど、まったく違った要素が満載で楽しめた。いつものごとく、他の作品の登場人物が絡んできて、わかる人だけわかるニヤリの展開。 これまで以上にミステリー要素が強い。トリックは衝撃ではないけれど、絶体絶命からの大逆転なので勢いとスピード感がある。白鳥の手法がずるいけれど。田口があまりにふがいない。うたた寝ばかりだし。それも含めて鮮やかな展開だった。
図書館シリーズ別冊。この別冊は戦闘モードではなく恋愛モードとの触れ込みだったので、どうしたものかと思ったが、やはりベタな内容でも見届けなければなるまいという親心にも似た感情を抑えられない。 ハナから全開な印象で、読んでるこちらが恥ずかしい。それでも物語内の同僚同様に、微笑ましくも突っ込みや茶々を入れたり。ほのぼのとした展開でも、かなりニンマリとしてしまう流れなので、通勤通学で電車内で読む場合は気をつけて。 郁がメロメロでかわいらしく、堂上が同じメロメロながら情けなく感じるのは嫉妬であろう。
「Blackbird」という曲があるのは知っていたが「Bye Bye Blackbird」があるのは知らなかった。 主人公が、巨漢の女を案内人として「あのバス」に連れ去られる前に、付き合っている女に挨拶をしに行くという不思議な物語。付き合っている女は何人もいて、その出会いのエピソードの後で必ず「あの話も嘘だったわけね」で始まる。 大食いラーメンを食べたら別れると挑戦するが隣の客の残りを食べてあげる、当て逃げ犯を捕まえて子供ではなく母親のためのクリスマスプレゼントを渡す、ロープを担いで泥棒の真似をする女を助ける、数字に強い女の検査結果を聞くために病院に行くが語呂合わせの数字で明るい未来を予見する、女優の撮影現場でエキストラ出演して幼き日の思い出が明らかになる。 まったくバラバラのストーリーが最終話で一挙に絡み合っていくものの・・・。 いつもながらの伊坂作品ではなく、肩透かしのような、でもとても味わい深い余韻があるような、何とも形容しがたい。けれど、人間の運命はある程度は逆らえないかもしれない、敵だか組織の論理を遂行すると思われた人物が思わぬ行動に出る、この先の結末は読者の想像に委ねるとか、定型に嵌らないで生きて行きたいわけではないけれど、ちょっとだけくらいはハミ出したい、と思えるのだ。 もう残りページがわずかなのに、案内人が「助かる方法を考えてやる」と言い出したのにはゾクゾクとしてしまった。
海外組が参加して、いよいよW杯最終予選の前哨戦。 休むまもなく召集されて、現代のサッカー選手はタフでなければならない。怪我をしないフィジカルと運を持っていなければならない。 本田はキレていたようだが、遠藤不在で彼がコントロールすることになった。フリーキックは見事だったが、意識もしくはプライドが高いので惜しいシュートにも感情は出さず。心の中の「いいね!ボタン」を押した。岡崎はまあまあ元気だったか。彼は本田と一緒だと活き活きするように見えるが、学生ノリのパシリに見えなくもない。2点目も岡崎はまたごっつぁん気味だった。 他はちょっと厳しかったかも。香川は点を取ったけれど、あまり目立っていなかった。細貝がいい感じで献身的な動きだったと思う。高橋が出ると下がってリスク管理していた。爆発的な飛び道具はないかもしれないが、局面で変化に適応できる余裕を感じた。残れるな。 高橋秀人がまったく褒められていなかったが、たぶん昨年J2の余波でプレイを見たことがなかったんじゃないかと思う。かなり積極的にポジショニングしていた。コーナーキックでの彼の高さが試されればもっとよかったと思う。セルジオも放送ではあまり触れなかったが、日刊スポーツの談話では褒めていた。 酒井もフレッシュでよかったが、もっとキラーなクロスが出せたはず。CWCでかなり成長した印象。 宮市はボールが渡るとどよめきが起こっていた。スターの素質十分にあり。ただ、ちょっと孤立していたか。長友が遠慮していたのか、スペースを空けていたが、サポートも含めて押し上げたら宮市のマークも緩くなったはず。 残念だったのは、監督インタビューを後回しにして宮市、本田、香川のインタビューでテレビ中継が終わったこと。確かにイタリア人監督では視聴率が上がらないのかもしれないが、最終予選前の大事なゲームで監督を待たせてまで人気選手を優先していたら、さすがのザックも怒ると思う。せめて放送時間に入れればいいのに。スポンサーの表彰はワイプ画面で済ませられないのか。もしくはインタビューを小さい映像で音声を生かしてくれればファンはそれで満足する。 ピッチサイドで背広に待たされているザックを一瞬見てしまったから、かわいそうになってまたメディア批判。
連作のような短編集。毒が強くなっている。「毒」の上は「黒」なのか?タイトルから推察。 編集者と作家の話が多い。賞の発表待ちとか、選考委員の話など。前作に引き続き、特定業界では抱腹絶倒であろう。直木賞受賞前にこういうシニカルなものを書いているのがかっこよい。 ただ、この作品の中でもっと面白かったのは、キャラクター商品を買い与える抵抗感と商魂を描いた「臨界家族」だった。果てしなき消費行動。買っても買っても生まれる新製品とのイタチゴッコが面白い。
NHK『プロフェッショナル』を観た。岡田監督が中国のサッカーチームの監督になって奮闘しているという内容。キャンプで日本国内のチームと練習試合をしているニュースは見ていた。まぁ、中国での奮闘は予想できて、岡田氏も覚悟の上だったと思う。3試合目に初勝利を挙げた、くらいでは彼の覚悟の大きさは描いていないと思う。 面白かったのは結果の出ないチームに対して、我慢を重ねたが遂に具体的に動き方や考え方を指導してした後に、「また教えてしまった」と嘆く岡田氏の言葉。 結果を求めなければならないことと、自分たちで気が付くまで教えすぎないことのジレンマがあった。 教えることはとても簡単。でも、そのことが実践されるまでにはとても難しい場合がある。 簡単なことなら、教えてすぐに結果が出る。出来るようにすぐになる。幼稚園レベル。 ちょっと難解だったり人間の気持ちが関わっていたりするとマニュアル通りには進めずに、教え方も複雑になり矛盾が生じることがある。小学生レベル。 「理解のための困難さ」を回避するには型通りの取扱説明書ではなくて、対応策を発想できる思考法が必要になる。それは「このケースなら」という前提条件付きならば指示できるが、基本的には「ケースバイケース」として逃げを打つことが多い。もしくは自分の型に無理矢理合わせて、「結果オーライ」だけを記憶する。中学生レベル。 自分の座標軸だけではなく、相手のことを考慮して、「もしも相手の立場だったら」とシミュレーション。結果的に自分の犠牲も厭わず、「個人の満足」ではなく「複数もしくは集団の成果」に重きを置ける。高校生レベル。 相手のことだけではなく、社会性、正義、主義主張、信心、環境問題、平和など、ほぼ世界を覆う諸問題と向き合いつつ、似たような頭脳レベルで共通理解を求める行動をそれぞれの規範によって遵守する。大学生レベル。 社会の中で組織の論理で利潤追求を求められ、相手のことやライバル会社に対して慮るのではなく選ばれることを目的にした時に、「何をすべきか」を明確にしながら優先順位をつけて複数の事象に対峙する。社会人レベル? こうして自分の経験則を基に「教える」「考える」ことについて列挙してみると、教えてもらえることと自分で見つけなければならないことが同じようにたくさんあると思う。先人の知恵を借りるのもいい、革命児の発想を真似するのもいい。でも、決めるのは自分、という突き放され方。教わったことよりも、感じたことや気が付いたことを自分たちの能力にすることで、局面の困難に対処できる。 サッカーというスポーツでは特に如実に現れるから、「教えすぎ」に自戒を込めたのだろうと思っている。
事前の狂騒に加わることなく、偏光めがねなし、黒下敷きもなし。曇り空をいいことにサングラスで太陽を直視。ワイルドだろ? 確かに太陽の光は強烈で、じっとは見られなかった。でもわずかな時間だけだったが、ちゃんと欠けてるところは雲のおかげで見えた。日食は珍しいことではあるけれど、だから何?と言われれば、何も答えようがない。明らかにテレビの方がきれいに見えるが、それでは何となくありがたみが薄れる。 誰かのデマのように、直接金環日食の光を浴びると健康になるとか頭が良くなるとか若返るとか寿命が延びるとか、あくまでもデマなのだが不思議な効力があると信じているから、みんなはこぞって朝から歓喜の声を上げるのだろう。 朝のワイドショーでも各局の出演者がみんなでメガネをかけて観測。そりゃありがたいことかもしれないけれど、だからと言ってあなたたちの観測風景を見たいなんて誰も思っちゃいない。 ましてや、どこからの指示か知らないが、観測の注意点を連呼する。金環日食が終わった8時過ぎにも改めて伝えられたのは、特定業界へのホスピタリティ(思いやり)か、視聴者からの苦情を恐れた保身かもしれない。何度も連呼して注意喚起しましたよ、という言い訳のため。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |