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ivataxi
駅のツバメの巣は年々数が減るようだ。今年は一つ。しかも小さい。どんどん開発が進み、田舎町らしかった風景もコンクリートとガラスに変わる。駅から巣を作る土やワラなど近くにはない。かといって昨年の巣では気にいらないらしい。苦労して作った巣は小さすぎ夫婦?らしいツバメのオス?は巣に入らず金属の梁に止まり寝ていた。外から見ると土塊とワラなどのカタマリみたいだったが、やがて巣からくちばしが見えるようになった。その頃には夫婦とも、巣には入らず横を守るみたいに梁に止まって眠る。両親が疲れきって眠っているのに、黄色いくちばしたちは「今日ねこんなことがあったんだよ」とかいってるみたいに、それぞれに何か話しかけている。だんだん大きくなると、子供たちだけでもその巣は小さく感じる。羽根や大きさでは大人と変わらないがまだ飛べないみたいなのだ。一羽の子供が、巣から少し離れた梁に止まっているのを見た。わずかだが自分の羽で飛び移ったのだろう。相変わらず親達は巣の横に寝ていて、共働き世代の現実の人間の親子を見る思いでもある。まだ子供たちは自分でエサを取れないが、やがて飛べるようになりどこか他の世界に飛び立つのだろう。そして、ここに戻るツバメも来年いるのだろうか?
10円玉が何年の製造かはたまた周囲がギザギザかということには興味がなく持っていても欲しい人に上げてしまうから持っていない。5円は穴が空いていて黄色い・50円はやはり穴あきで銀色。100円と500円は大きさは違えど、穴無しの丸く銀色のコインだ。だが10円は丸い上に茶色である。日本のコインの中ではとても特殊な色形である。黄色人種・白人の多い国の茶色い民族という立ち位置だ。5円は随分前からあの姿だが、今偉そうにしている50円・100円・500円などは10円のはるか後輩なのである。500円に至ってはコイン周囲のギザギザや円盤表面に特殊加工を施された改訂版である。お隣の通過とほぼ同じ大きさ重さで改造硬貨で自販機による犯罪が増加した為らしい。自販機嵐は他国のコインでなくとも、単なるコイン型の同じ重さ・形状でもできた時代があった。今では自販機作りもお金がかかる。自宅に固定電話は生まれた頃にはなくて、途中から電電公社の黒いコード付きの電話機がお目見えした。町には電話ボックスという縦型の個室ができそこで着替えることもできた。アメリカのスーパーマンという人(クラークケントさん)はいつも電話ボックスで着替えていた。外で一般の人々が10円玉を入れて3分程市内に通話できるという公衆電話もいつのまにかできてちょっと持ち歩くには重い感じで、赤・ピンクなどがあった。100円でも使える黄色は更にあとで、カードが使える緑は随分後に出て来た。今はグレーのコインでもカードでも使えるIC電話というのもあるが良く違いがわからない。電話ボックスはほぼ透明な箱に変わったから、スーパーマンはスーパー・コンビニ・駅・ホテルなどのトイレで着替えるしかなくなった。10円でかけれる時間は当時からあまり変わっていないらしく、10円の価値は随分変わっているからそれはどういうことなのか?それにつけても誰しも携帯・スマホを持つ時代が来て、公衆電話・電話ボックスは激減した。カード電話のカードをギフトに使う時代でもない。そうそう10円玉から話がそれてしまった。
明け方のしっかりしたリアルな夢だが、あとで考えるとどうも変だ。学生時代は四畳半に住んでいたが、携帯どころか電話もなかった。この夢では自分は中学位の肉体で四畳半を借り携帯をなくしたことに落胆しているのだった。どこかの学校に通っているが学校にいきたくない。学校か公園のベンチのような所で携帯がすり替わってしまい、自分のではない携帯で自分の携帯にかけてみた。相手は北海道の女性で何だかすごく怒っている。「その携帯とこの携帯を郵送で送って交換したい」という話をしているが聞いてくれない。四畳半はいくつも同じ部屋のある集合体で、廊下や食事する場所は古いが広い。その通路で別な四畳半に引っ越して来た学生が「同じ所に引っ越して来た」と話しかける。学生時代お金持ちだった人で、こんな汚い部屋を借りる人ではないから不思議に思う。学校で同じ四畳半の噂をされると思うと何だか気が重い。パンツ一枚で走って隣の家の中年女性が車で戻ったので塀に飛びつき「携帯が入れ替わった」話をしようとするが、パンツばかりその女性が見るのできまりが悪い。振り返ると下宿の叔母さんもパンツを見ていて走って部屋に向かう。
・・という夢。
学生時代部屋に電話さえないのだから携帯を持っているのもおかしな話だ。学校に行きたくないとか、学生でも貧富の差があることや、女性たちがぼくの思いとは逆に下着姿に興味を持っているなどは、ある意味深層心理なのだろうか?
昨日は金環日食を見ることができた。それは結果論だ。事前に何度も天気予報で曇りと聞いていた。朝、やはり厚い雲がすっかり空を被っていた。でも、だいたいそんな時間に外に出る。多くの人が虚しくくもり空を諦めきれずに見ている。「曇ってますね」と知らない人と話す。「運動場で子供たちは集まってますから」と、先生らしい人に話しかけられた。雲が少し薄くなった気がした。一部が割れた。そこから天使が降りてきそうな「ベルベットイースター」的な神々しい光のベールがカーテンみたいになびいて見えた。「あれれ」見間違いかと思った。段々太陽が顔を出し同時に雲がどんどん消えて行く。「天照大神が雨の岩戸から顔をお出しになった」という風で、古事記の人々もこれを見たのかも知れない。歩いて行くと「これは見えるかも?」という期待に表情が輝いた人々が増える。雲半ばで太陽をうまく遮ってくれている。やがてすっかり天候は晴天に近くなり太陽の周りには雲がない。知っている人が「貸してあげるから見て行きな」と、専用の眼鏡を貸してくれた。直接も少し見てしまい、残像がリングの形をしている。iphoneの内側カメラにして後ろ向きで撮影した。専用の眼鏡を持つ人に、面識はないが「見えました?」と聞くと微笑み返し(キャンディーズの曲)てくれた。あとで老人に「見ました?」と聞くと「そんなヒマない」と不快な顔をされたが・・また300年後に見れるというから望みはつながったのかも知れない。前回は1080年頃だったようで、日本の人々は天体観測の知識も今と違ったから、恐ろしい現象だったのかも知れない。好きなアメリカのテレビシリーズ「ヒーローズ」(超能力者の話)の最初と毎回のタイトルが金環日食で、ヒロという日本人の男の人がビル屋上でラジオ体操をしている時に上空で金環日食を目撃し、そこから彼のタイムリープ能力が開花する・・という展開だった。この時を設定していたのだろうか?また、本当に人類が金環日食を目撃して遺伝子や超能力の変化に目覚めたとしたら・・。朝からスプーンを曲げることにしよう。
次の金環日食はきっと見られそうもない。この前は1080年ということで、まだ生まれていなかった。天体ショーは気が長い。いつもの散?なのだが、やたらと人に声をかけられる・・知らない人だ。「曇ってますね」「生徒は運動場に集まっています」「メガネ貸してあげる」「見れました?」などなどだ。同じ道を歩いていてこんなに知らない人に話しかけられたこたはなかった。メガネは持っていなかったのだが、貸してもらえたので見ることができた。自分的にはしし座流星群以来の驚きだったのかも知れない。
ささやかな食にまつわる都市伝説である。一人暮らしは美しい思い出に彩られた記憶に塗り替えられているだけで、タイムマシンでもう一度同じ体験ができるとしてもお断りするかもしれない。ともかく19歳から21歳までの参宮橋の怪しい四畳半(隣の開かずの部屋から夜な夜なすすり泣く女の声がしたのは実話)生活はまさにそんな時期である。中学の友人の部屋を家具ごとオークションみたいに購入して住み始めたので、いきなり見慣れない家具・家電との生活となる。家電といってもコタツ・白黒テレビそれに電気湯沸しポット位だった。冷蔵庫や電子レンジは未来人の新兵器なので、良く締め切った日のあたる角部屋に置いたままの食材は虚しく腐らせてしまうのだ。特に、卵の腐った臭いは筆舌に尽くし難い。インスタントラーメンや缶詰・パンの買い置きは許されるがそれ以外は常にすぐ食べる。小さな電気湯沸しポットは現在の上の部分を押すと「グエッ グエッ」と鼻の形の注ぎ口からお湯が出るタイプの出現以前の物で工芸品に近い形だ。温度調整もないからコンセントを入れて沸騰させるという簡単な作りで、後に空焚きしたかどうかで壊してしまうのだが・・。ともかくお湯があればインスタントラーメン・インスタントコーヒーには便利なのだ。テレビCMで「強い子のミロ」というのを見て衝動買いをした。お徳用である。コーヒーよりも少し甘くココアよりも少し苦い健康が売りのインスタント飲料で本来は冷えた牛乳で飲むらしいのだが冷蔵庫なしの人は例外である。お湯でも飲めるようなのでそうすることにした。当時、バイト・予備校・夜間デッサンと徹夜の色面構成(パネル張りしてポスターカラーで塗る)の宿題(本来、デザインの予備校に行くべきだがデッサンの先生が課題を出してくれそれを翌日までに仕上げる)などで常に寝不足だった。新品のミロの真空パックのビンのアルミ箔のフタをはがしコップにミロをスプーンで出した。そしてお湯を注いだ。「・・何かおかしいな?」と思った。どうやらコップではなく、買ったばかりのビンの中にお湯を注いでいたようなのだ。気付いたのだがお湯をさす手は諦めてそのまま一杯までそそぐ。保存のきかない環境なのでそのミロを一気に飲んだ。「せめて徳用を買わなければ良かった」と・・そこかよ?的自虐観の一人暮らしのヒトコマなのである。
もちろん堤真一さんは柱なのだが、江守徹さんが数日前のリーガルハイで国会議員の役でそれらしく出ていたと思ったら、今回のプリンセストヨトミでは髭面の学者になって出ているという所に注目した。どちらもイソウな感じ・・さすが役者さんだと感心した。確か体を悪くされてからの復帰だったと思った。頑張るのだ。堤真一さんは父親との確執を持ち続けるエリートの役。「地下鉄に乗って」「クライマーズハイ」でも父親との確執を持つ複雑が感情の演技があり、妙にオーバーラップした。
堺雅人さんの早くて長いセリフだが、地デジで二倍速再生で見るので頭の中で理解がついてこない。他の人のセリフはたいていちょうどいいのだが・・。国会議員の脅されて笑ったままでカップをガチャガチャ揺らし熱い紅茶をこぼすシーン面白かった。ともかくいつも笑ったままだが。地デジの再生に3倍速と半分のスローのボタンもあるとイイと思うんだが。
高校を卒業して最初に通ったのは溝の口の専門学校「多摩芸術学園」。住む場所がなかったので、中学の同じバレー部から目黒高校のラグビー部に行くことになった友人の紹介で「俺の今いる部屋に住めるように監督に相談する」という話に乗った。合宿所には20人位生徒が住んでいて「朝の飯炊きそするという条件で無料で泊まる」早い話、住み込みの飯炊き男である。四畳半一間に一人で住むのは、破格で、他の生徒はきっと数人で一部屋だったろう。朝の飯と味噌汁は大量に作る。そこからぼくの昼飯と夕飯は簡単に調達できる。土曜に一人家庭教師のバイトも世話していただいたから贅沢はできないがなんとかなった。合宿所は先生(監督)の持ち物で自宅敷地内にあった。監督のお供で渋谷の焼肉屋さんに連れて行ってもらったことがある。監督は背は高くないが筋肉質でいわゆる肉食。古いが高そうな店で名前は思い出せない。主だった学校関係の人も同席で支払いは誰かが済ませていた。「お前は金のことは考えるな。いいか、今日は肉がノドから見える位に食え。わかったか」という。監督は機嫌がイイ時はイイが、機嫌を損なうと難しいことになりそうだ。ノドから肉が見えるというのはどういうことかわからないが、そんなつもりで食べた。焼肉は名前がわからないから、ともかくやたらに口に入れて半分位咀嚼して飲み込むのである。胃の形はわかるが、食堂まで肉が来ているかはわからなかった。「どれ口を開けてみろ、なんだまだ肉は見えないじゃないか」などといわれたらどうしようとヒヤヒヤしたが、考えすぎだった。あれは表現の一つだったらしい。
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