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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

pro1 陽気なこまどり

『陽気なこまどり』



ひかりがおちていく
ひとひらの、ふりそそぐせかいを
あなたは
どんなふうにさえずる?

ねえ、cheerful robin
おしえてほしい

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光が弾けて
巡る世界にその身を溶かしていく
ひととせの移り変わりに過ぎない
気温の高まりに触れるたびに
あの日に
何か忘れ物をしてきたのだという
おぼろげな欠落感がにじむ

何かを置き忘れたその日が
いつのことなのかもわからない
不変の真理のごとくに、世界は熱をひそめない

曖昧な過去に転がっている
僕の中にあったはずの何かは
いったいどんなものであるというのだろう

そもそも、それを
僕は本当に手に入れていただろうか

忘れたままに打ち捨てて
季節に身を任せても
何も失いはしないけれど

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 梅雨が終わろうというのに、暑熱に溶け込む心づもりがまるでないというのでは、いささか不作法が過ぎるだろう。自分の内側で完結するはずの写像はぼやけ、それが何であるか定義することさえ難しい。そのイメージがきみであることを願う僕をどこかで疎み、どこかで歓迎しながら、息をひとつ吐く。その間も世界は変革を続ける。こうも様変わりしてしまっては、銀杏の木を見上げていた日々からどれくらい遠くまで来たのか、その距離を数えるのも馬鹿らしくなる。流れゆく時の、どこに自分がいるのか、判然としなくなる。
 せせらぎのように軽やかに、確実に、思い出すべき標石の数はこれからいくらでも増えるだろう。ひとつふたつ距離を数えてみても、どうにもなるまい。どのみち、仮に僕が夏から零れ落ちてしまったとしても、それが死を招いたりはしない。秋になれば、きっと僕はそ知らぬふりでレールに乗っているはずだ。
 寝室への引き戸が遠慮がちに開けられ、寝間着姿のらゝが、お気に入りの羊のぬいぐるみを片手で抱きながら現れた。三十半ば過ぎの大人が、いつまでもぬいぐるみを大事にしているのは恥ずかしいようで、らゝはそのことを外で話さない。僕だけしか知らないとなれば、今こうして目の前にいるらゝへの愛しさも増す。僕の知らない頃を起点として、月日が過ぎるうちにぬいぐるみは三代目となったが、今までのいずれも羊であることは変わらない。それはらゝが、眠ることをいまだに怖れていることを意味する。
 暗い寝室から蛍光灯の下へ出てきて、大げさにまばたきをしたらゝは、「仕事でもしてたの?」と、聞いた。「仕事というほどではないかな」と、僕は答える。らゝが寝ている深夜に仕事をしていることはままあるが、さっきまで僕がしていたことは、仕事とも言い切れなかった。「名前を探していたんだ」と、僕が付け足すと、「ああ、名前」と、らゝは納得してくれた。この2Kのアパートにらゝと住み始めてから数年が経つ。僕が、作品で使えそうな人名をストックしていることも知っている。
 小さなあくびをひとつしてから、らゝは、「少し、起きてようかな」と、言った。「仕事は?」と、尋ねると、「明日は、いや、もう今日か。とにかく、ビルに清掃が入るからお休み」と、返ってきた。ついでのように、らゝは「夢を見たんだ」と呟いた。「姫路が出てきて、もう、怖がらなくていいよって言ってた」ぬいぐるみの名前は姫路と言う。
 夢の持つ意味も、それを語るらゝの真意もはかりかねた。夢で見たことに賛するのも文句をつけるのも、野暮に思えてならなかった。ふと思い立って「二十年前、何をしてたか覚えてる?」と、別な話を切り出した。「二十年前って、高校生?」らゝは特に驚いたふうでもなかった。「らゝは、そうだろうね」と言うと、らゝは、「その言い方は、年齢差を意識させて私を苛むやつだ」と拗ねる。大げさな言い方をするらゝを愛でたくなる。「言い方も何も、事実、その時オレは小学生だからね」つい余計なことを言ってしまう。「こんなやつとは別れる、と言いたいところだけど、この歳で独り身になったら崖っぷちすぎるからさっさと責任取れ」諸々の事情が落ち着いた今となっては、責任を取る腹づもりはあるのだが、それはもっと雰囲気のある時に話したい。
 二十年前の今日、僕は何をしていただろうか。「小説を書いてみたいと思ったんだ」二十年前の今日、らゝは何を思っていただろうか。「二十年前のオレとらゝが、出会って、恋に落ちる物語」僕が面倒な事情を抱えず、そして、らゝがもっと自然な気持ちでぬいぐるみを愛せるようになる、そんな未来を描くための物語。ありふれた夏に、あるがままに飛び込む、そんな景色がそこにはあって。

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きみという恩恵に浴しても
日々が拙く過ぎることには変わりなく
その中で見つけた情緒は拾いきれず
ほとんどが取りこぼされる
うころを
それを表すためだけに
百や千の文字が必要になる
壮大な長編を書きたいわけではないから
やぶれかぶれでまとめておくよ
きみのせいだ、と

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記憶の中で爆ぜた光が
真明かに描きあげるものが
もし、きみであれば

世界が降り注ぐ
きみへと

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 梅雨が終わるか終わらないかという頃なのに、酷暑と言わんばかりの暑さだった。昨日が雨だったせいか、歩くたびに空気が絡みついてくる。制服の布地がはりつく。思考が回転する。ぬいぐるみの淡河を、うっかり出窓のところに置いて出てきてしまった。家にいる淡河が直射日光を受ける必要はないのに。私は自分に苛立ち、淡河の肌が焼けることを憂い、家に引き返したくなるが、最寄り駅まで来ておいて目的地に立ち寄らないのはどうなのか。
 左右に茶畑が広がる狭い道を歩きながら、駅前の自販機で買った缶ジュースで喉を湿らせる。安っぽいオレンジの香気は、夏を手招く地面の匂いの中では、ひどく異質なものに感じる。連れがいないなら、ウォークマンでも持ってくればよかった。先週、友達からもらったカセットテープは、まだ全部聞いていない。
 裏門を抜けて部室棟の前まで来ると、二階にある文芸部の部室のドアがいっぱいまで開いているのが見えた。これだけの暑さだ。せめて風通しを良くしなければ、部室にはいられまい。ところどころ錆びた金属の階段を鳴らして二階に上がり、部室の中を覗き込むと、そこには見慣れた友人の姿と、見知らぬ少年の姿があった。
 茜はこちらを見て「ごめんね、変なの連れて来ちゃって」と、苦笑しながら言い、隅に座り込んでいる少年はそれを聞いて、「変なの、じゃない」とむくれた。説明を求めると、茜は、「弟なの。母さんは違うんだけどね」と当たり前のように言った。「親が離婚するって話はしたでしょ? 本当なら弟は、母さんに引き取られるはずだったんだけど、事情が変わって、私と一緒に暮らすことになったんだ」そう言う茜に、安易な同情はできず、弟と暮らすことが茜にとって喜ばしいかもわからず、私はただ、「へえ」と返した。
 茜はひとりで編集作業を進めていたらしい。広げられた原稿には、ワープロで作られたものがずいぶん増えた。「ねえ、子供は好き?」出し抜けに聞かれて、戸惑いながら、「まあ、わりと好きな傾向ではあるかもしれない」と、歯切れの悪い返事をした。「少し、弟の相手をしてあげてくれない? 家にひとりでいても退屈だから、って言ってついて来たんだけど、結局ここでこうしてても退屈みたい」時間はかかるかもしれないが、編集作業は茜ひとりで何とでもなるだろう。
 少しだけ、窓辺にいる淡河のことが頭をかすめた。
 部室の隅に座り込んでいた少年は、いつの間にか立ち上がっていて、「お姉ちゃん、名前は?」と尋ねてくる。積極的に相手をしたかったわけではないけれど、拒む理由もない。私は少年に向かって、「らゝだよ。湊谷らゝ。よろしくね」と、名乗った。

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それは夢であるし
匂やかな希望でもあり
小夜時雨を破ることでもある
雑音と安堵をない交ぜにして
甘受と諦念を編み込んで笑いながら
僕はなぜ情緒など求めてしまったのだろう
寝汗に澱む布団から這い出るために?
月夜の向こうにあるものを知りながら
私はなぜ詩情など求めてしまったのだろう
世界との接点を見つけたくて?

僕は願い、そして祈って
可惜夜のさなかに誓う
きみが嘆くのならば
きみとともに揺れ落ちよう
霖雨が注ぐ海に打ち寄せる波になろう
きみが幸せに打ち震えるなら
きみと一緒になって移ろいたい
もう一度始めるために
また、新しい物語に生きたい

それは恋なのかもしれないけれど
あるいは生命なのかもしれないけれど
私は息をひとつして
なかったことにする
違う答えを得るために
もう一度問いかけてみようか
一秒前とは違う自分になって
そして
きみとずっと一緒にいる

僕はなぜ情緒など求めてしまったのだろう
私はなぜ詩情など求めてしまったのだろう
きみと僕が重なるために?
きみと私が別の生き物でいるために?

息をひとつして
一秒前とは違う自分になって
いつか迎える幕引きの時まで
きみとずっと一緒にいる

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 「そろそろだね」何が?「茜の命日」ああ、オレとらゝが付き合い始めた日がね。「この際だから、結婚記念日にもしちゃおうか」これ以上その日に何か乗っけるのはさすがにどうなのか。「そうだね。私たちが出会った日でもあるし」まあ、そういうこと。
 「あの日、きみは大変だったよね。わんわん泣いてる私を、病院の外に引っぱっていって、それから長々と、思い出話を聞かされて」まあ、それが不幸中の幸いと言うか。「そうだね。会えてよかった」それもそうなんだけど、どっちかって言うと、悲しんでいるらゝを慰められたことが幸い。「これ以上惚れさせても何も出ないぞ。むしろ婚約指輪を出せ。結婚指輪ならなおいい」焦りすぎ。「今さらだけど、よかったのかな。その日初めて会った女のために、茜とはろくにお別れもしないで。弟としてはさ」結局、どう言い訳したところで、ずっと離れて暮らしていた姉に、何も思うところがないのは本当のことだから。
 「私、詩を書こうかな」どうしたの、いきなり。「私の詩、読んだことなかったよね?」姉さんの遺品の中に、文芸部の冊子もあったから、見たことあるよ。「そういう、彼女の過去を無理に暴くみたいなの、どうかと思う」どうもこうも、その時はまだ付き合ってなかったし。「何でそういうこと、言ってくれないかな」らゝの詩が、良すぎたから、かな。「良すぎるって?」すごくいい映画を見た後とか、何も言えなくなるでしょ。自分の拙い言葉で評したら、全て台無しになってしまう、そんな感じ。
 「それが最大級の賛辞であるなら、私はもう、きみの作品を読んでも何も言わない」それとこれとは別。「同じ。なんでわざわざ、大好きな作品にけちをつけなきゃならないのか」明日、婚約指輪を買ってくるから、それでどうにか。「結婚指輪なら応じる」じゃあ、そっちで。「安物にしてくれないと嫌だよ」普通、逆のことを言わないかな。「相手がきみだからこそ、私は安くもらわれるんだよ。その証になるほうがいい。本当はただでもいいってことなんだけど」宝飾店に行くより、駄菓子屋に行ったほうがいいかもな。
 「私、詩を書いてみるよ」それは楽しみだ。「きみか、茜か、あるいは私か、それとも出会いか、私が何によって突き動かされるのかはわからないけど、書いてみる。あの日に捧げる詩を、ね」ぜひ読みたいよ。読んでも何も言わないだろうけど。「今ちょっと、一瞬、愛を疑ったよ」どこをどう聞いても最大級の賛辞だと思うけど。「ねえ、婚姻届けを出すのはさ、やっぱりあの日にしようよ」あの日って。「そう。七月十三日。きみと私が、初めて出会った日」

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聞こえてる?
ねえ、cheerful robin
あなたのさえずりが
わたしに溶けて
いのちの在りかをすべて知らしめて
わたしの中にある、いくつものいのちが
すべての身をもって一斉に鳴きはじめる
こだまする、いたわりとも言えないささやかな音色が
ねえ、cheerful robin
あなたに届いてる?
おしえて、cheerful robin
あなたはどうして、まだゆるしを求めているの?
愛しくかわいい、陽気なこまどり
あなたの持ちうる罪なんて
その透きとおったさえずりだけだというのに
ねえ、cheerful robin
あなたのさえずりが
わたしに溶けていく

サテライトがおちていくから
願いをかけるのならはやく、と
ママがわたしの手をひいて急かす
見ひらかれたひかり
鮮烈におちていくサテライトの群れが
かんがえていた願いのことばと
わたしがわたしであることを
すっかり忘れさせる
わたしをおきざりにしながら
さまざまなひとの
いろとりどりの願いを
その身にかかえて
サテライトはおちる
ひとつひとつ順番におちていってくれたなら
わたしは願いを思いだすこともできただろう
ただひと夜だけ
そのひとときだけ
サテライトに染まる夜空を見あげて
わたしは呼吸すらおぼつかなくなって
願いのことばを忘れてしまったことさえ
わからなくなる

聞いてくれる?
ねえ、cheerful robin
あの日、あの時の、サテライトのひかりが
もし目の前にあったなら
今はもう本当に忘れてしまった
願いのことばのかわりに
あなたのことを願うわ
わたしの中にある、いくつものいのちで
あなたのことを祈るわ
少しずるをして
わたしのことも、ひそやかに
ねえ、cheerful robin
わたしは願っている
あなたが、ゆるしなど必要ないのだと
こころで知りそめる日が
どうかおとずれますように
そして、その時まで
わたしがあなたのそばにいられますように
愛しくかわいい、陽気なこまどり
あなたが持ちうる唯一の罪
そのさえずりを
わたしに聞かせて
つぐなったりしないで

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 裏門を抜けて部室棟の前まで来ると、二階にある文芸部の部室のドアが、少しだけ開かれたままになっているのが見えた。季節はまだ夏とは言いきれず、実際、今日はずいぶん涼しいし、不快な湿気も感じない。ドアをいっぱいまで開けはなつ必要はないのだろう。ウォークマンのイヤホンを外してから、ところどころ錆びた金属の階段を鳴らして二階に上がり、部室の中を覗き込むと、そこには見慣れた友人の姿があった。
 茜はこちらを見て、「来ないのかと思った」と、やや怒り混じりに言い、私は頭を下げて、「これで許して」と、ここに来る途中で買ったお菓子を差し出した。

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ねえ、cheerful robin
あなたとめぐりあったのが
もっと昔であったなら
たぶんわたしは
あなたを傷つけた
愛しくかわいい、陽気なこまどり
あなたがそれをゆるしても
きっとわたしは
あなたのさえずりを聞いては
心をしばりつける

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 Dear Lala

 最初にきちんと断っておくけれど、きみはこの手紙を読まない。だから、この便箋が入れられた、きみへの宛名が書かれている封筒には、切手を貼らなくていい。この手紙は、どこにも届かない。誤解しないでほしい。きみに言えないようなことを思うまま書き散らすために、この手紙を届けないのではない。もしこの手紙がきみの目に触れたとしても、僕は何ら恥じることはないだろう。きみがこの手紙を読み、たとえどんな反応をしたとしても、少なくとも僕の側から言えば、きみへの愛を深めることにしか繋がらないだろう。それなら、なぜきみが、この手紙を読まないのか。それは、きみがきみの世界を愛おしむように、僕は僕の世界を慈しみたかったからだ。難しいことなんて何もありはしない。そうして、僕が自分の世界を慈しめた時、今ここにあふれる気持ちが何なのか、はっきりとわかる気がするんだ。
 デジタルの目覚まし時計に目をやると、そこには「7/12」と表示されている。時刻は、ほどなく日付が変わるところだ。もしかしたら、今の僕が抱く世界は、この目覚まし時計だけなのかもしれないと、ふと思う。そしてそれが頭になじむほど、正しい認識なのだと思えてくる。そうであれば、僕が、さしてうまくもない字で綴っているこの手紙は、自分の世界を見つけ出すための手段に過ぎず、僕の世界の全てが、目の前で時を刻んでいる限りは、手元の手紙を書き進めたところで、全くの徒労なのではないだろうか。
 そう言えば、僕の知己である尾山が、ついに主任に昇進したそうだよ。彼は人づきあいを捌くのが非常に不得手だから、そういったことに縁がないのではないかと、僕はひそかに心配していた。昇進祝いに何かを贈ろうかと思うのだけれど、きみのために用意した指輪よりも高くついてしまうだろうから、なんとなくためらってしまう。彼の昇進は、ぜひ祝いたいものであるから、今、僕が書き進めている小説を、きみだけしか読めない、きみへのプレゼントとして、帳尻を合わせようと思っている。楽しみにしていてくれないか。主人公が出会う少年がどうにも生意気で、笑ってしまうから。
 こうやって手紙を書いていると、いつまでもこうしていたい衝動にかられるのだけれど、そういうわけにもいかない。僕の小さな世界は勤勉に時を刻み続け、もうすぐ、明日が今日になることを教えてくれている。明日という日に、またひとつ大事な意味が増える。これから僕は、その日をどう呼んだらいいのか、答えを出せないでいるよ。繰り返される一年のうち、もっとも大切な日になると確信しながらも、巡りゆく日々に紛れてしまうような、ささいな一日に過ぎない気もしている。
 僕にとっての世界を、この手紙を通して、すぐに見つけ出した一方で、僕は、これだけ書いてみても、持てあますほどの気持ちに、はっきりした答えを見出せないでいる。やはり徒労だったのだろうか。当てが外れてしまったみたいだ。どうにも、時間が来るまでに、それを見つけられそうにはないので、せめて最後に僕の瑣末な願いを記して、お茶を濁しておこうか。
 お互いの世界が、永遠に重ならないことを祝うなら、僕ときみが、別な生き物であるままに歩みを止めないことを、もし幸せと呼ぶなら、それなら僕は、お互いが裁かれることを望む。僕ときみが、相手にとっての、裁き手になれればいいと思うんだ。
 僕は、きみを糾弾する。「きみのせいだ」と。
 そしてきみは、僕を糾弾する。「きみのせいだ」と。
 お互いが、全く違う意味でそれを言う。

 From Your husband
 July 13 00:00

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どこにいるの?
ねえ、cheerful robin
泣きつづける雨からのがれて
どこにかくれてしまったの?
あなたのさえずりが響かない景色は
わたしの居場所ではないの
ひつじがとびこえるための柵に
ぬれた背をあずけて
雨だれを気にしてばかりいる
ねえ、cheerful robin
たとえば、もし
あなたとわたしが
すべてにおいてわかりあい
愛しあっているのだとしても
あなたが軽やかに飛ぶための羽を
ぬらすわけにはいかない
あなたを思いながら
わたしはひとりで泣きぬれる
たったそれだけのことが
どうしようもなくうれしい
たとえようもなくかなしい
ねえ、cheerful robin
たったそれだけのことが
くらべようもなくしあわせ
愛しくかわいい、陽気なこまどり
あなたは今、どこにいるの?
わたしはただひたすらに
遠くに見える
雨だれの音を聞こうとしている

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 わたしは茜を見すてた。
 彼女はもうこの世にはいないのだから、そうやって言いあらわすのは、まるでふさわしくないかもしれない。それは私のおごりでしかないのかもしれない。けれど、あたまを巡らせて、そこにどれだけのことばをあてはめてみても、それ以上にしっくりする言いかたは見つからない。
 あの日にささげるうたのなかに、茜はちっとも出てこなかった。そこにいたのは、かわいらしく、ほがらかなこまどりだけだった。わたしは、ことばを重ねはじめてすぐに、こまどりではないだれかを、そこにうつしだそうという気には、ちっともならなくなった。
 しばらくぶりに、うたをつむいだわたしは、いとしいこまどりのことだけを書いていたくて、そして、それだけで、それだけだからこそ、よろこびにうち震えることができた。
 茜がきえた日にささげる、茜のためのことばは、きっともう、わたしの中にはかげもかたちもないのだろう。そのためにわたしが感じる、つみの意識は、いとしいこまどりが持ちうるそれに、どこか似ている。

 わたしのこまどりが、くちばしでくわえてはこんできた、千円札を出せば、十や二十は買えてしまいそうな、安物の、いとしい指輪をなでる。
 これがわたしの、ましてやわたしたちの、答えにはならないことを知っている。
 けれど、それでも、いとおしむことをやめられない、わたしのこまどりからの贈りものは、どうしてなのか、うたのなかにいたこまどりが求めていた、ゆるしにちかい気がする。

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少しばかり言葉に身を預けて

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┃詩は翔け鳥
 四天を羽ばたき、ゆえに射られる┃

┃言選りを慰めにして死に損なう
 きみとともにいられる最後の一瞬まで
 描ききれない現し世の片隅で┃

┃僕は言選りを繰り返す
 詩人を気取って┃

┃情緒のためでも、詩情のためでもなく
 少しでも多く命を拾うために┃

┃詩を綾取る
 言選りを繰り返す┃

┃死に損なうために┃

┃雨気を振り切れない天が紅に
 そっと露命を預ける
 雨落ちに留まって天の命を弄び
 露の世を蔑む┃

┃永恋を捨てられずにいるから
 好音をください
 思いの通い路を逆に辿ってしまう前に
 僕たちの結い目が解けてしまう前に┃

┃寧日を欲しながらも
 心の内を哀哭の響きで満たしたくなる
 黙約を反故にして行き散ることも
 心魂に問えば望んでいないとは言えない┃

┃絶え間ない泡影が瞬く
 宵が雨を催して夕色に還る┃

┃言選りを続けることだけが
 僕が今生で行き着くための手掛かり┃

┃零ゆる血を交尾ませて、天児のための遊糸を綯う
 佞知になずさう塵の身を、拈華のごとくに貫き乱る
 暁降ちに誑惑されて、月夜烏が灼たに揺く
 陸離たる列列椿が芥蔕を抱き、操觚界からの逃竄を覬覦する┃

┃アルファでありオメガであると言われても
 何をか言わんやと切り返すしかない貧しさで
 套言は続く┃

┃朦朧体の偶詠が、炳乎としてきみを射るまで
 詩嚢が咲殻に変わるまで┃

┃いくらもしないうちに世界は夏めき
 夕蝉が高らかと深愛を鳴き尽くすだろう
 それは僕から哀痛を奪い、泣き沈むことを許さない
 青葉を染め上げる夕照を浴びて、愛恋の望むままに
 きみと言葉に添い遂げる┃

┃僕は死に損ない続ける┃

┃詩人の熱涙が、花として咲いて
 それが枯れるまでは
 少なくとも┃

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Will you marry with me??
私と結婚してくれませんか?

Yes, of course!!
はい、もちろん!

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残雨落つ夜にうら泣く対の花別ることなくひそやかに咲け

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淡に解る赤の束ね緒結い続く汝鳥になれぬ我が身を知れど

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愛しくかわいい、陽気なこまどり
わたしがことばをうしなうほどに
あなたが持ちうる、ただひとつの罪をおしえて
その透きとおったさえずりを
わたしに溶かして
いのちの在りかを知らしめて
ねえ、cheerful robin
ことばが咲いていくわ
わかるでしょう?

愛しくかわいい、陽気なこまどり
ゆるしを求めることを忘れるほど
鳴きしきることばに、目をくらませてほしい
それは、わたしのさえずり
わたしの恋ぶみ
それが、あなたにどんなものをもたらしても
つれないふりで
なにも言わないで
ねえ、cheerful robin
いつものように、すまして
かろやかにさえずっていて

どうしようもなく
たとえようもなく
くらべようもなく
しあわせ
ねえ、cheerful robin
あなたのさえずりが
サテライトをおとすわ
あなたとわたしの願いのために
どうか、つぐなったりしないで

ねえ、cheerful robin
あなたはいたわり
こころのありか

ねえ、cheerful robin
あなたはことば
ささげるいのち

愛しくかわいい、陽気なこまどり

わたしは生きているわ
あなたとはべつなたましいで
あなたのかげが
わたしのかげと重なって
ともに道をすすんでいく
ひのしずむまで












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