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カテゴリ:寺院 神社
直ぐ近くの「稲荷神社」通称「おはつ稲荷」というらしいです。
祭神 蒼稲魂命(ウカノミタマノミコト) 石造り神明鳥居 手水鉢 朱色の社殿 神額 江戸後期に竜台村の作兵衛の女房「おはつ」に稲荷神が取りつき、生神と称して予言をする ようになったことに目を付けた神官が、神社とは別のお社を建て、ここで「おはつ」に人々の 相談を聞いてはお金を取ってお託宣を授けるようになります。 「おはつ稲荷」などと呼ばれて評判が高まり、遠方からも人々が集まるようになると、同じ村の 吉祥院の住職が託宣に疑問を持って神官の組合に訴え、組合もこの行為のいかがわしさを 指摘し、「おはつ稲荷」の解散を申し入れますが神官は聞き入れず、「おはつ」による託宣を 続けます。 組合は関東取締出役に訴え出て、ついに「おはつ稲荷」は解散させられてしまいました。 お社は取り壊されましたが、「おはつ稲荷」の名前だけが仏具等を移した稲荷神社の通称と して残りました。 御託宣の中身はともかく、こうした話は現代でも時々耳にしますね。 なお、当時の「稲荷神社=おはつ稲荷」は「豊住村誌」に「龍台村字堤通 祭神 蒼稲魂命」と あるように、利根川の堤防上の「堤通」にありました。
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最終更新日
2021.01.06 09:08:58
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