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短編小説 「節約の方程式」!警告! この作品は、受け止め方によっては非人道的な内容に満ちています。しかし作者としては、一見すると非人道的に見えたとしても、深い内容としては、自己犠牲、人間愛、生への執念……、そのような内容の作品を書いたつもりです。
節約の方程式
光年の距離を瞬時に跳躍する能力を与えられていた恒星間宇宙船【うみかもめ号】のホールの演壇には船長が苦渋に満ちた表情でこの船の現状を説明し終わった。ここに集められたすべての人々は自らの運命を知らされても、怒号を沸き上げるわけでもなく、みな冷静に話を聞いていた。状況があまりにも悲惨すぎて、実感がわかなかったということかもしれない。 【うみかもめ号】は、最新型の巨大な恒星間宇宙船である。超空間跳躍エンジンを持ち、15光年程度なら、一度の跳躍で瞬時に移動出来る能力を持っている。しかし、今回の航海は、地球から約18光年の彼方に存在する植民星、ニューニッポンへの旅であった為、植民星まで残すところあと3光年という、何もない恒星間空間に出現したのだった。 そしてそれが悲劇の始まりだった。まさに超天文学的な確率の不運としか言い様が無いのだが、船が超空間から出現した直後、極小のマイクロブラックホールが船体をかすめるようにニアミスを起こし、恒星間宇宙船の命とも言える超空間跳躍エンジンを飲み込んで、虚空の彼方へと飛び去っていったのである。 幸いにも通常航行用の補助エンジンとして搭載していた量子ラムジェットエンジンは無事だった為、通常航行を行い、3光年先のニューニッポンへと向うことは可能だった。しかしそれは、船内時間でおよそ10年の時間がかかる長い旅となると計算されたのだった。 「すると、確認しますが……、たった1人しか助からないと、そういうわけなんですね」 乗客の代表が、既に何度も船長の口から話されたことを、もう一度確認する。それに対して船長は無言のままうなずいた。 「そして、その1人も、限界まで食料や酸素を節約しないと、船がニューニッポンに到着する以前に死んでしまう可能性が高いと……」 そのまま、乗船客の代表は口を閉ざしてしまった。彼にも、だからどうすべきかというアイディアは出てこなかったのだ。 「この船は超空間跳躍で恒星間を渡ることを前提としています。従いましてもともと長期間の航海に必要な装備も物資も積んでいません。安全策として、目的地に寄港せず、そのままUターンして出発した星に戻るだけの物資を搭載することは義務づけられていますので、本船にもそれなりの物資が積載されていますが、それにしても我々全員で消費すれば、たったの2週間で無くなってしまう量でしかありません」 ホールの全員に現状が完全に認識されることを期待して、もう一度最後の説明を繰り返す船長だった。 「つまり、このまま通常航行でもっとも近いニューニッポンに向かった場合でも、我々の全滅は免れません。なにせ10年はかかるのですから。そして超空間跳躍エンジンが無くなってしまった今、超空間通信を送ることも出来ません。もちろん通常電波による通信は論外です」 その時、今まで考えていたのだろう、乗客の1人が立ち上がり、質問をした。 「近くに出現する別の船に電波が届くという可能性は無いのでしょうか?」 質問をした乗客の目には、必死の想いが浮かんでいる。『もしかすると』というかすかな希望が、今の彼の精神を支えているのかもしれなかった。 「それもダメです。本船は、マイクロブラックホールとニアミスしたときに、予定の航路を大きく逸脱してしまいました。仮に通常の航路に別の宇宙船が出現したとしても、この距離では本船が搭載している通常通信の無線出力では有効な通信が出来ないのです。本来恒星間宇宙船の通信は、超空間通信が基本であり、通常の無線通信は惑星軌道上でのみ使用されることが想定されているのです。問題は通信機の能力なのです」 船長の答えは、その乗客の唯一の希望をうち砕いたらしい。彼は見ていても気の毒になるほど、力を落とすと、椅子に座り込んだ。 「というわけで話を戻しますが、我々全員で助かるということはどう考えても無理であるという結論が出ました。物理的に不可能なのです。しかし本船が搭載する食料と酸素を節約して使えば、条件付きで1人だけ生存することが可能だという結論も出ています」 なぜか、言葉を濁すような船長の言い方である。 「それでは、皆さん、これからその条件の内容をお話しましょう。もしかしなくても聞いているだけで気分が悪くなるような内容なのですが、心をしっかりと持って聞いていただきたい。全員が助かることはどうやっても無理ならば、私達は神の元に潔く全員の死を受け入れるのか? それとも悪魔と手を組んでも、たった1人の生存者を出すために悪あがきをするのか? その意見を皆さんに伺いたいのです」 そうは言うものの、既に船長は、乗船客全員を安楽死させるしか方法は無いのではないかと覚悟していた。たった1人の生存者を出す方法、それはまさに悪魔のアイディアだったからだ。乗船客達が、そのアイディアを支持してくれる確信が、船長には持てなかったのだ。 しかし全員での話し合いは、そのアイディアを実行させることになった。誰しも、自分の死が無駄死になることは嫌だったのだ。どうせ死ぬなら、何かの役に立って死にたい……。極限状況に置かれた時、意外と人は優しく成れるものらしい。少なくとも【うみかもめ号】の乗員と乗船客はそうだった。
植民星ニューニッポンの首都、遠京(とおきょう)都の都立病院の一室で、マスコミを代表して選ばれたインタビュアーは、ゆっくりと言葉を選ぶように質問した。まずは当たり前の分かりきった質問をすることによって、相手が質問に答えるということに対して抵抗感をなくさせるのだ。 10数年以上も前に消息を絶った【うみかもめ号】が、恒星間航行速度を減速しつつニューニッポンに接近してきている……。半年前にその報がもたらされたとき、惑星中のみならず人類版図全域が色めきたった。減速速度から逆算して、【うみかもめ号】の船内における経過時間は、およそ10年。しかし【うみかもめ号】には、全乗員乗客の生命を10年間も維持するだけの食料も酸素も無いことが記録されていたからだ。 果たして【うみかもめ号】は巨大な棺桶となり、亡骸だけが自動操縦システムによりニューニッポンへと運ばれたのか? それともなんらかの手段により、誰かが生き残っているのか? 通信がつながらない状態のまま、憶測だけがマスコミをにぎわしていたのだが、その答が今、出ようとしていた。 【うみかもめ号】がニューニッポンの衛星軌道上に無言のまま停泊すると、星系内航宙自衛隊の護衛艦が接舷して内部をくまなく捜索した。すると栄養失調で衰弱しきった女性が1名だけ救助されたのだった。ニューニッポン政府は彼女の体力の回復を待って事情聴取を始めようとしたのだが、肉体的な衰弱はともかく10年間をたった1人で過ごしてきた為か、彼女は極度の対人恐怖症になっており、ようやく最近になり1人だけを相手にするのなら、なんとか大丈夫というレベルにまで回復したのだった。 そしてその頃になると興味を隠しきれなくなったマスコミが、『とにかくインタビューをさせろ』とうるさく主張し始めた。政府としても次期選挙が近いこともあり、マスコミのご機嫌を損ねるのは得策ではないとの思いから、今回のインタビューが実現したのだった。 「はい。私が【うみかもめ号】唯一の生存者です。……もっとも厳密に言えば、必ずしも1人とはいいきれないんですけれど……」 なぜか彼女は言葉を濁すと、自分の下半身……、ありていに言えば自分の股間をじっと見つめ、あまつさえいとおしそうに、そっと手でふれるのだった。そのしぐさにインタビュアーは戸惑いながらも質問を続けることにした。 「1人とは言いきれないとは、いったいどういうことですか?」 その質問を受けた彼女は、遠くを見つめるような表情を見せながら、信じがたい事実を話し始めたのだった。 「私が事実を知ったのは、事件が起こってからずいぶん経ってからのことでした。当時まだ7歳の子供だった私は、自分の身に何が起こったのか理解出来なかったのです。しかし、残された記録と【うみかもめ号】のコンピューター人格の教育により、やがてはすべてを理解出来るようになりました。その時、どのような事実があったのか? それをお話すれば、私が1人であって1人ではないことを、知って頂けると思います。あの時の記録を見たのは、事故から10日以上も過ぎた頃でした。その記録には……」
【うみかもめ号】の船長から衝撃的な事実が公表された後、医学的な見地からの説明ということで、今度は船長に代わり船医がホールの演壇に立ち、持ってきたファイルを開き、意識して無機的な態度で説明を始めた。 「状況は悲惨ですが、問題は単純です。ニューニッポンまで通常航行を使って、船内時間は約10年かかります……。食料は言うまでもなく足りないのですが、酸素についても、補助用のリサイクルシステムを併用したとしても、やはり足りません。現在の本船に用意されている食料、そして酸素……、それらの物資では、条件付きでようやく、たった1人の人間を、なんとか10年間生かすことが出来るだけの量しかありません」 船医の口からは事実上の死刑宣告が話されたのだが、ここまでの内容は船長からも説明されていたので、乗客の間には何も反応はなかった。それを確認すると、船医は言葉を続けた。 「そこで、先ほど船長から提案のあった件になるのですが、もしも唯一の生存者を出したいのなら、いったいどういう方法を採らなくてはないのか? そのことを理解していただく為に現状を更に詳しく、医学的に説明させていただきます」 そこまで言うと、船医はホールを見渡した。乗客の中には、1人しか助からない、逆に言えば、1人だけなら助かるという言葉に異様に反応した目つきの者達もいたが、そんな乗客の中の1人が、船医に対して質問をしてきた。 「それで、その助かる方法というのはいったい何なんですか?」 期待半分、不安半分のその質問であった。もしもその方法が、自分でも行うことができるのなら、是非とも自分は助かる側にまわりたいという雰囲気に満ちている。その質問を聞いた船長をはじめ、乗務員の多くは、人間の一番汚い部分を見てしまったとでも言わんばかりの顔をしている。 「現在の食料や空気の量では、ギリギリまで節約しないと必要量が足りないのです。具体的に言えば、成人男性の場合でしたら、基礎代謝を抑える為に、四肢の切断も含めた不要な臓器の切除を行わなければなりません。成人女性の場合でも、安全性を重視するなら、やはり最低でも四肢の切断を行いたいですね。そこまでして基礎代謝を抑えることにより、食料と酸素はかろうじて必要量を確保出来ます。 その時の船医の顔は、まるで悪魔のように見えた。 「しかし、四肢を切断してしまっては、現実問題として生きていくことは難しいでしょう。なぜなら本船には、介護用のアンドロイドの類は用意していません。となると、現実的には、生存者としては小さな子供を選ぶのが妥当でしょう」 ここで言葉を区切った船医は、演壇のパネルを操作して、ホールの大ディスプレイに乗船名簿に記載されている子供のデータを顔写真とともに映しだした。 「ここに子供達の身体データと、予想される10年間分の食料と酸素の消費量がシミュレートされています。結果から申しますと、船内コンピューターの音声による補助だけで生き抜くには小さすぎる子供、言葉もまだ喋れない乳幼児は除外しますと、残りの子供達ですら、10年を生き抜くには食料と酸素が足りません。残ったのは皆、男の子ばかりですので、今はともかく、成長するにつれて基礎代謝は急激に上昇します。やはり最低でも両足の切断程度はしないといけないのです。……せめて女の子でしたら基礎代謝も低くおさえられますから、そんなことはしなくてもよいのですが……」 船医はそこまで言うと、パネルを操作して、ディスプレイ上に、乗船者の中で女の子だけをピックアップして表示をした。 「ごらんの通り、肉体的に成熟した女性以外のまだ小さな女の子達の年齢は、最高でも3歳と7ヶ月です。せめて6~7歳程度の年齢でしたら、船内に1人だけ残されても10年間生き抜くことは可能かもしれませんが、この年齢ではとても期待は出来ません。男の子の中には7歳になったばかりの子供がいますが、彼の場合、どうシミュレートしてみても、何らかの基礎代謝を抑える為の手術なしでは、食料と酸素が保たないのです」 ここで、船医は説明は終わったとばかりに、演壇を後にした。これ以上、頭がおかしくなりそうな話題を続けるのが苦痛になってきたのかもしれない。そのまま自分の席に戻ると、ぎゅっと目を閉じてしまった。 「さて、そこで先ほど私が口にした悪魔の提案の中身なのですが、具体的に言いますと……」 船医が話を終えると、船長がまた演壇にのぼった。そして船長の提案を受けて会議が開始された。しばらくは混乱した議論が続いていたのだが、やがて状況のすべてを理解した乗船客たちは、悪魔的な提案だとしても、全員が死んでしまうよりは、たった1人の人間だけでも救える可能性があるのなら、それを行うべきであるということで、結局は船長の提案を全員一致で受け入れたのだった。
ざっと簡単に彼女の話を聞き終わったインタビュアーは、仕事も忘れて、本気で驚きの声を上げた。 「はい、もっとも男性というよりも、男の子と言ったほうが良いような年齢でしたけど」 彼女は深い悲しみを感じさせるなんとも言えない笑顔でそう答えた。 「今の話にあったような手術が行われたのは、本当のことだったんですか……? もっと詳しく教えて頂くわけにはいきませんか?」 好奇心を抑えきれず、もう一度確認せずにはいられないインタビュアーだった。 「本当です。しかしびっくりしましたよ。いきなり両親につれられて船の医務室に連れていかれて、注射を打たれた途端に眠くなって、そして次に目を覚ましたら、自分の他には誰もいないし、その自分も女の子になっていたんですからね」 当時のことに想いを馳せているのだろうか? 彼女はどこか遠くを見るような目をしていた。 「それはそうでしょうね。その状況下で冷静でいられる人間はいないでしょう……」 ため息のような相づちをするしか無いインタビュアーだった。そして黙ってしまった彼を前にして居心地が悪くなったのか、彼女は言葉を続けた。 「最初は何がなんだか分かりませんでしたわ。第一、医務室のベッドから起きあがろうとすると手術用のマニュピュレーターが私を押しとどめて、手術の傷が完全に癒えるまで私をどこにも行かせようとはしなかったんですから……」 彼女は、ゆっくりと言葉を選びながらまた話しだした。 「怖かったですよ。誰もいないし、自分は突然女の子になっているし……。その……、女の子になっているところの手術跡は痛かったですし……。一応、食事なんかは、ベッドの横にテーブルが置いてあり、必要最小限の保存食と飲み物が用意してありましたので、それでしのいだのですが、情報が何も無いというのは、色々と妄想をかきたててしまって、不安が不安を呼んでいましたね」 話すことに慣れてきたのか、彼女の話し方は、かなり滑らかになってきている。 「結局、マニュピュレーターが私の下半身からカテーテルを外してくれたりして、私を解放してくれたのは、私が気を取り戻してから10日後のことでした。とにかく私は両親といっしょにいた船室に戻ろうとして船内を歩いたのですが、どこにも私以外の人影はありませんでした。しかし船室に入ると、いきなり両親の声が聞こえてきたのです」 つらい記憶なのだろうか、彼女の声がちょっと沈んできた。 「それは私に宛てた、両親と、そして船に乗っていたすべての人からのメッセージでした。その時はまだ、『がんばって生きろ』ということぐらいしか私には理解出来ませんでした。私の身の上に何が起きたのかを理解するのには、私はまだ子供でしたから」 それはそうだろうと、インタビュアーは思った。いくら基礎代謝を低く抑える為とはいえ、少年の男性器を切除して少女から切り取った女性器を移植されたなんて、普通じゃない……。もっとも【うみかもめ号】が陥っていた状況は普通じゃなかったことを考えると、理解出来ないこともないなと考えながら、もう一度、じっくりと彼女を見たのだった。 (やはり生まれながらの女性にしか見えないな。遺伝子治療を応用した免疫抑制が行われているんだろうが、それにしても、よくもまあ適合性の低い組織が定着したもんだ) インタビュアーが自分の考えに沈んでいると、彼女がまた話し始めた。 「結局、すべてを理解出来るようになるまでにずいぶんと時間がかかりました。なぜ私が女の子にならなければいけなかったのか? なぜ私以外の人が皆、船からいなくなってしまったのか? 理解できるまでは自分の境遇を呪いました。突然女の子にされて、しかも船の中には私1人。まるで監獄にいるようなものでしたからね」 感情がやや、高ぶってきたのか、次第に早口になる彼女。 「しかし、船内のコンピューター人格に色々と教えられるうちに、自分が生きているのは、そしてやがて人の住む星にまで旅をするには……、この方法しか無かったのだと理解できたんです。それからです。私は何としてでも生き抜こうと思ったのです。数百人の人達の犠牲の上に私の命がある。そう考えたら、文句なんか言っていられないですよ」 ようやく彼女の顔に笑顔が戻ってきた。 「なるほど、分かりました。 では最後に、写真を撮らせて頂いてもよろしいですか?」 最後にインタビュアーは、慣れない手つきでカメラを操作して写真を撮った。いつもならパートナーのカメラマンがいるのだが、今日の場合は彼女の対人恐怖症を考えればしょうがない。 「はい、良いですよ。どうぞ撮ってください」 こうして撮った彼女の写真は、良く撮れていた。少なくともインタビュアーは、自分が撮ったにしては上出来だと思っていた。
後日、宇宙の船乗り達は無事に帰って来れるようにとのお守りに、その写真を買いあさった。噂ではその写真を持っていた者は、どんな事故に遭おうとも必ず生還することができたという……。 あとがき
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