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Apr 20, 2009 楽天プロフィール Add to Google XML

05 魔法少女♪奈里佳・番外編
[ 魔法少女♪奈里佳 ]    

「やっと、お父さんの会社が見えてきたよ」
 道路前方にあるビルから突き出た看板に書かれた社名を確認して、ほっとする克哉。ごたごたはあったものの痴漢は冤罪であったということになって晴れて無罪放免(?)となったのだが、時間に間に合うかどうかギリギリのところだったのだ。まあ本当に冤罪だったのかどうかというのは怪しいところなのだが。
(今、4時56分です。なんとかギリギリ間に合いましたね)
 まったく何もしてなかったにも関わらず、微妙に偉そうなクルル。
「痴漢に間違われて時間を取られちゃったけど、5時までに着けて良かったよ。それにしても大事な書類って何だったんだろう?」
 手にした封筒を改めて見てみる。今の克哉なら封筒の中身を透視する魔法を使うことくらい簡単に出来るのだが、持ち合わせた良識がそれをすることを拒んでいる。まったくもって良い子である。
(それよりも5時まであと3分ちょっとしか無いのよ。走ったほうが良いと思うんだけど)
 奈里佳2号がまじめで、至極まっとうな意見を言う。しかしこういう時こそ【遊んでいる】時だったりする。
「やだよ。走ったら胸が揺れて痛いんだもん」
 すでにちょっとだけ走ってみたから分かるのだが、ブラジャーをしていない胸は揺れると痛い。それを学習するのに時間はかからなかった。
(揺れて痛いというほど大きな胸にはなってないんじゃない? どっちかというと膨らみかけってとこかしら)
 とぼける奈里佳2号。
「小さくても揺れるものは揺れるの。それに膨らみかけだからこそ痛いってこともあるでしょ」
 克哉は乏しい性知識を総動員する。確か前にクラスの女の子がそう話していたのを聞いたことがあったのだ。
「とにかく小さくても胸は胸! アソコが女の子になっているのはまだしも、学生服の上からでも微妙に胸が膨らんでいるのが分かっちゃったら目立っちゃうでしょ」
 この場合、アソコが女の子になっているのは許容範囲内なのかというツッコミはしないほうが良いのだろう。
(なるほど。まあ、それもそうかもね。……ハイ♪ これでどう?)
 奈里佳2号のかけ声が頭の中に響くと同時に、今までささやかながらもしっかりと膨らんでいた乳房がすうっと消えていき、少年特有の胸に戻って行くのが感じられた。
「やった。小さな胸でもあると無いとでは大違いだね。無くなってみるとすっきりするよ」
 心底から安堵した様子の克哉。はたして問題の核心はそこだったのだろうか?
(そうそう、無くなってみるとすっきりするのよね。じゃあ、アソコは女の子のままで良いわね。だってすっきりしていたほうが良いのでしょ?)
 言質は取ったとばかりのにやにやとした口調の奈里佳2号。
「あッ! もしかしてアソコも男の子に戻してって言えば戻してくれたの!?」
 今さらな発言をする克哉。やっぱり鈍すぎるのかもしれない。というか鈍いだろう。
(もう遅いも~ん。克哉ちゃんには、やっぱりアソコだけ女の子っていう状態が一番お似合いだと思うのよね)
 精神同居状態で自分の身体を持っていない奈里佳2号は、克哉をからかうくらいしか楽しみが無いのだろうか。こういう時の奈里佳2号はやけに明るくハイになっている。
「お、克哉! こっちだこっち!」
 奈里佳2号に抗議の声を上げようとした瞬間、それよりも先に父、範彦が克哉を呼ぶ声が聞こえてきた。見ると会社のビルの前に出てきて手を振っている。もちろん周囲からの注目を浴びまくりだ。克哉は返事をするのも恥ずかしいので、軽く手を振り返して小走りに駆け出した。
「はい。これが要るんだったんでしょ?」
 恥ずかしいのが先に立ち、少々つっけんどんな言い方になっているのだが、それがまた可愛く見えるのだから本来は男の子のくせに克哉も罪である。ともかく克哉は手に持っていた茶封筒を父親に差し出すのだった。
「おお、これだこれ。いや、ありがとう」
 封筒を確認すると克哉の手を取り、大げさに喜ぶ範彦。
「ねえ、お父さん。それって中身は何なの? やっぱり会議とかの為の大事な書類なの?」
 父親のあまりの喜びように、克哉も封筒の中身が気になってきた。
「いや、会議用の資料というわけじゃないんだが、大事なものなんだよ。今日は若いのを連れて飲みに行くことになっているんだが、その若いのっていうのがこの手のものが大好きらしいんだな」
 微妙に言葉を濁す範彦。心なしかやや視線が逸れている。
「この手のものって?」
 なんだかイヤな予感がむくむくと持ち上がってきた克哉は、やや上目づかいに父親の顔を見上げる。もちろんオプションとしてほっぺたをやや膨らますことも忘れてはいない。
「だから何だ。ついうっかりと克哉のことを話したら、是非とも見てみたいということになったという訳なんだな。これが」
 視線は逸れているというか既に泳いでいる。
「僕の何を?」
 なんとなく聞かなくても答えは既に分かっているような気はするのだが、やはりここは確認してみないといけない。克哉は、そう問いかけると父親の顔から視線を固定したまま押し黙る。ちょっと可愛くて同時に怖い。
 逆にそんな克哉を見ながら範彦は、『息子のくせに弓子の若い頃にそっくりになってきたな』と考えてちょっとにやつくのだった。
「もう、教えてくれないなら見ちゃうからね」
 どう考えても仕事絡みの資料ではあり得ないと判断した克哉は、たった今範彦に渡したばかりの封筒を奪い取り、その中身を見るのだったが、それはごく普通のフォトアルバムであった。というかフォトアルバム以外の何ものにも見えなかった。
「会議で使う書類かと思ったら、やっぱり全然違うんだ。で、何が写っているのかな……」
 低く、おどろおどろしい声の克哉。
(ほほう。息子のこういう写真を他人に見せるのが趣味なんだ♪ お父さんもなかなかさばけているわね)
 奈里佳2号は魔法を使ったのか、まだめくられてもいないアルバムの中の写真を既に見ているらしい。なんだか楽しげな雰囲気とともに、そのイメージが伝わってくる。
 しかし克哉にとっては楽しいはずは無い。恥ずかしいやら怒れてくるやらで、見る見る顔が赤くなってくる。既に中身を見なくても中にどんな写真が入っているのかは分かっているので、克哉は写真を見る為というよりも父の悪事(?)を暴く為に、アルバムの表紙をゆっくりとめくりはじめた。
「見ないほうが幸せになれる思うけどな」
 範彦も既にばれているだろうと思ってはいたが、なかなかに往生際が悪い。
「なっ・・・・・・」
 克哉が見たもの、それはかわいい女の子の服を着た自分自身の写真だった。範彦から頼まれるままに色々な萌えポーズを取らされた時に撮影された写真の数々だったのだ。しかものりのりでポーズを取っているのならただの痛い写真なのだが、近年では若い女の子の間では絶滅が危惧されているほどの見事な恥じらいの表情を見せているあたり、その手の好事家の間ではとんでもなく高い評価が得られそうな代物である。
「お父さん! 家族以外には誰にも見せないって約束だったじゃないっ! どうして!?」
 範彦を問いただす克哉。髪の毛が逆立つほど興奮しているのが、どこかかわいい。
「確かに約束した。それは間違いない。だがな克哉、俺は『息子の恥ずかしい写真を家族以外の誰にも見せるつもりはない』とは約束したが、『娘の写真』を見せないとは一言も約束してないぞ。確かこの写真を撮ったときの克哉はアソコだけ女の子に部分変身していたはずだろ?」
 腕を組み目を瞑り、うんうんとうなずきながら答える範彦。
(あははははっ、そう言われてみればこの写真に写っている克哉ちゃんって、アソコだけが女の子になっている時の写真だから、息子じゃなくて娘よね。こりゃ確かに『息子の恥ずかしい写真』じゃないわね♪)
 ツボに入ったのかそれとも単にふざけているのか、大受けで笑い続けている奈里香2号の声がうるさく克哉の頭の中に響く。
「き、詭弁だよ。それはっ!」
 そう抗議はするものの、後の言葉が続かない克哉であった。既に頭はフリーズ寸前である。
「じゃ、これは返してもらうからな。じゃ、そういうことで」
 息子、いや娘に対して容赦のない父であった。範彦は克哉の手からアルバムをひょいっと取りあげたのだった。あ~あ、嫌われても知らないぞ。
「あぁ~ん、お父さんのばかーーーっ!!」
 哀れ克哉は泣きながらその場を走り去ってしまった。見送る父、範彦が萌え死ぬほどのかわいらしい声を上げて。親馬鹿というか馬鹿親である。

「もうこんな生活いやぁーーーっ」
 オフィス街に克哉の声がこだまする。
(そう? 私はけっこう楽しいと思うけどな。この生活)
(ええ、良い退屈しのぎになりました)
 一方、克哉の頭の中では『ごちそうさまでした』という雰囲気ののほほんとした奈里香2号とクルルの声が響いていた。
 こうして世界を救う使命を持った魔法少女、しかしどう見ても悪の魔法少女にしか見えない正義の魔法少女奈里香の正体である克哉の平凡(?)な一日は過ぎていくのであった。
 克哉の明日はどっちだっ!


おわり

Last updated  Apr 20, 2009 05:15:09 PM
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May 20, 2007

04 魔法少女♪奈里佳・番外編
[ 魔法少女♪奈里佳 ]    

「だから誤解なんです。僕は痴漢なんかしていません」
 もう何度目だろうか。克哉は自分の無罪を訴えるべく、そう主張していた。
「嘘です。この子、可愛い顔をしているくせに股間を膨らませて私のお尻に押し付けながらグリグリ動かしてきたり、手で撫で回してきたりしたんですよ!!」
 克哉を痴漢呼ばわりした女性も普段はおとなしい人なのかもしれないが、切れてしまっただろう。100年の恋も冷めるような形相だ。
「とまあ被害者の女性はこう言ってるわけだが、克哉君だっけ。君は先ほどから『誤解です』と言うばかりなんだが、もう少し詳しく教えてくれないかな。言いたくないのは分かるけど、じつはやってしまったんだろ。痴漢をさ」
 青年から中年にさしかかっている年齢の警官は、興奮しまくっている女性の顔を横目にしつつ克哉に問いかけてきた。
「やってません。手がお姉さんのお尻の所で動いたのは、この封筒を落としそうになったからなんです」
 克哉は目の前に置かれた茶封筒を指さす。
(大変なことになっちゃいましたね)
 どんなに反論しても、克哉が痴漢行為を働いたに違いないと決めつけている雰囲気の警官と女性を前にしてほとほと困りきっているところに、家でくつろいでいるクルルから、のんびりとした声が頭の中に伝わってきた。
(あっ、クルル、助けて。痴漢に間違われちゃってるんだよ!)
 克哉は事のなりゆきを圧縮イメージにすると、クルルに向けて送信した。すでに変身していない状態の克哉であっても、それぐらいのことはできるようにはなっているのだ。
(克哉君、状況把握が間違っていますよ。膨らませた股間をそのお姉さんのお尻に押し付けながらぐりぐりと動かしたり、お尻を撫で回したのは動かしようがない事実です)
 どうやらクルルは克哉が今置かれている状況をより一層楽しむためにわざわざ話し掛けてきたようで、克哉を助けるためではないらしい。
「君、黙りこんでいないで、ちゃんと本当のことを話そうよ。未成年でもあるし反省して自白するなら今回だけは厳重注意だけで済ませてもいいんだよ」
 一見すると優しそうな表情の裏側に獲物を前にして舌なめずりするような爬虫類の顔を覗かせながら警官はささやく。どうでもいいが、吐く息が臭い。
「だからやってません。ただ……」
 また改めて反論しようとする克哉だったが、突然その言葉を飲み込んだ。クルルに続いて今度は都合良く覚醒した奈里佳2号が克哉に話し掛けてきたのだ。
(まったくもう、ドンくさいわねえ。痴漢に間違われるなんて何をやってるのよ)
 目覚めたばかりだが、そこは克哉というパーソナリティの別パターン人格である同一人物。ちゃんと状況を把握しているようだ。
(ああ、良かった。奈里佳2号、なんとか魔法で助けてよ)
 明らかに安堵の雰囲気を漂わせる克哉。
(また2号って言う~ッ! でもまあいいわ。状況も切迫しているみたいだし何とかしちゃいましょう。で、どんなやり方でも良いのよね? じゃあ、例によって行くわよ!)
 2号と呼ばれることに反発する奈里佳2号。ちなみにいわゆる【1号】は、今の克哉の心が奈里佳という人格へと【変心】した時の状態を言い、その時は克哉が変心した奈里佳(1号)と、克哉の心のサブシステムとしての奈里佳2号といった2つの精神が並列同居することになる。
 奈里佳と奈里佳2号は、同じだが違うし、違うけど同じという関係なのだ。
「ただ……、何なんだね? 黙ってちゃ分からないだろう」
 丁寧な口調の裏に、厳しさの刃が見え隠れする。その警官の前に坐っている克哉はというと、急に恥ずかしげな表情を浮かべつつ何やら小刻みにくねくねと身もだえしている。
「おい、どうしたんだ。大丈夫か?」
 まさかそんなことは無いとは思うのだが、もしかしてもしかすると緊張のあまり失禁してしまったのではないかと思った警官は、克哉の横に回るとその股間に目を向けて確認する。
 大丈夫、漏らされてはいない。と、ちょっと安心した警官だったが、なぜか克哉の股間に妙な違和感を覚えたのだった。しかしそれが何に由来するものだったのかは分からなかった。
「ちょっと、おまわりさん。その子が痴漢だっていうのは間違いないんだし、取り調べか手続きだか何だか知らないけどさっさと終わらせてくれないかしら。時間がなくて急いでいるんですけど」
 本当にイライラし始めたのだろう。女性は時計を見ながら、丁寧だが冷たい口調で警官を詰問する。もうすぐお目当てのコンサートが始まりそうなのだろう。
「ああ、すみませんね。もうすぐ終わりますから」
 触らぬ神に祟りなし。警官は女性に向かって軽く頭を下げると、克哉に向き直った。しかし克哉は警官を無視して、女性の顔を見つめている。先ほどから浮かべている恥ずかしそうな表情はそのままだが、どこか開き直ったかのような顔でもある。そして克哉は静かに話し始めた。
「さっきからお姉さんは僕が痴漢をしたと断定していますけど、どうしてそう思うんですか? 満員電車の中では、お互いに身体や手が触れるなんてことは当たり前だと思うんですけど」
 改めて誤解による冤罪であることを主張する。しかしそれを聞いた女性のほうはというと、さらに怒りをヒートアップさせたようだ。すでにその顔は般若のようである。
「ちょっと! いまさら何を言っているのよ! 身体とか手が触れるだけなら確かに当たり前かもしれないけど、あなたはその……、アソコを固く膨らませて私のお尻に押し付けていたじゃないの!!」
 さすがに嫌悪感が先に立って、『ちんちん』を膨らませていたとは言いたくはなかったのだろう。しかし女性が言いたかったことを、そこにいるすべての者が理解することができた。そしてその言葉を聞いた克哉は場違いな笑顔をにこりと浮かべたのだった。
「おまわりさん、聞きましたか。お姉さんに痴漢をした人はアソコを固く膨らませてお尻に押し付けていたそうですよ。それで間違いないですよね」
 警官と女性の顔を交互に見ながら克哉が確認をする。
「だからその、それが君なんだろ。克哉君」
 克哉が何を意図してそのようなことを言い出したのか理解できない様子の警官は、ちょっとイライラとし始めた。トントンと指でテーブルを叩いている。
「いいえ違います。少なくとも僕はアソコを固く膨らませてお姉さんのお尻に押し付けたりはしてません。というかできないですよ。無理なんです」
 そこまで言うと克哉は立ち上がり、ズボンのベルトを外した。そしてそのままゆっくりとズボンを降ろし始めた。徐々に現れてきたのは青と白のストライプなショーツだった。
「恥ずかしいから本当は言いたくなかったんですけど、……しょうがないですね。実は僕、男装趣味の女の子なんです」
 学生服のズボンを床までストンと降ろして完全に脱ぎ終わると、そっと横を向き顔を赤らめながら呟く克哉。確かにその股間には、男性にあるはずのものの膨らみが全く感じられなかった。
「え、どういうこと!?」
 一瞬の沈黙の後に口を開いた女性は、驚き混乱していた。女顔でかわいらしいとはいえ詰め襟の黒い学生服を着た男子中学生が、実は女の子でしたと聞かされて、『はいそうですか』といく訳がない。しかもその【男子中学生】が痴漢行為を働いていたと思っていたのならなおさらである。
「だから見たとおり女の子なんです。僕がアソコを膨らませてお姉さんのお尻に押しつけたということがあり得ない誤解だってこと、分かってもらえましたか?」
 いっぽう克哉の言葉がいまだに頭の芯まで届いていない女性の横では、警官が目のやり場に困っていた。下着だけがガードしている若い女の子の股間を凝視する訳にもいかず、かといって事の真相を理解する為には見ない訳にもいかず、あっちこっちヘト目が泳ぎまくっている。
「君、分かったからちゃんと服を着なさい」
 チラリと見ただけであったが克哉の股間が男性のものではあり得ないぺたんとした様子である事を確認した警官は、年甲斐もなくやや顔を赤らめた。
「分かっていただけましたか」
 警官の言葉に文字通りほっと胸を撫で下ろしたのだったが、その瞬間、克哉の表情が微妙にこわばった。
(ちょっと、奈里佳2号! 何で胸まで膨らんでいるの!?)
 頭の中で克哉は叫ぶ。
(保険、というか、アフターサービスってやつかしら? いいじゃない、外見的にそれほど大きく変わっている訳じゃないんだし)
 そんじょそこらの女の子よりも女っぽくてかわいらしい克哉のことを半ばからかいながら、克哉の頭の中で奈里佳2号がケラケラと笑っている。
(もう、サービス過剰だよ!)
 奈里佳2号にはそう言ったものの、せっかく胸まで女の子になったのならと、多少のいたずら心が芽生えてきた。やはり克哉も奈里佳という精神の母体というか別バージョンではある。
「お姉さんはどうですか。もしもまだ僕が女の子であるということを疑うのなら、ほら、触ってみてください」
 改めてズボンを穿き直した克哉は、学生服の上着のボタンを外すと、白いワイシャツの布地を盛り上げている胸の膨らみを女性の前に差しだした。乳首が薄く透けて見えている。そして克哉の手は驚きがまだ冷めない女性の右手を取ると、その返事を待たずに自分の胸に押し当てたのだった。

Last updated  May 21, 2007 12:01:53 AM
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Dec 12, 2006

03 魔法少女♪奈里佳・番外編

(他人事だと思ってないで何とかしてよ)
 克哉はぷんすかと抗議をする。怒ってほっぺたを膨らませた克哉の顔のイメージが克哉の部屋の中でくつろいでいるクルルの頭の中に伝わっていくが、だからといってどうなるものでもない。
(いや、まあ他人事ですし)
 それに対して明るく言い切るクルル。結晶化現象が絡んでいない時のクルルの態度は、おおむねこのようなものだったりする。やはり部屋の中にいることが多いと退屈するのか、こういった克哉の面白い状況はむしろバッチコイなのだろう。
(もう! 役に立たないんだから!!)
 変身(心)していなくてもやはり同一人物。克哉はどこか奈里佳な雰囲気を醸し出しながらクルルをなじる。
 そうこうしてるうちに電車も動き出したのだが、電車の揺れに合わせて乗客たちも揺すられたせいだろう、先ほどまでぎゅうぎゅう詰めで身動きひとつできない状態だったのが、身体の向きを若干変えられる程度には余裕が出てきた。
(その程度の混み具合ならまだ良いほうですよ。でも良かったじゃないですか。若いお姉さんたちに囲まれて)
 どこまで状況を把握しているのか、気軽な調子のクルル。しかし下手に若干とはいえスペースに余裕ができてしまったことにより、今の克哉の状況は更に悪化していたのだった。
 身動きができない状況で背中に胸が押し付けられていようが、顔が密着しそうになっていようが、右腕が隣のお姉さんの柔らかな身体に接触していようが、そして自分の股間が目の前のお姉さんのお尻に触れていようが、ぶっちゃけ不可効力だと言い訳できる。……かもしれない。だって他にどうしようもないからだ。
 しかしこれが多少は身動きが取れるようになってくるとなると話は違う。
(あうううっ!)
 事実、克哉は頭の中で悲鳴を上げていた。とりあえずさすがに股間を前にいるお姉さんのお尻に当て続けておくのはまずいだろうと、ほんの1~2cmだが身体を後方に移動させることにしたのだが、これは後ろにいるお姉さんの胸に背中をより押し付ける結果になったのだ。
 背中をお姉さんの胸に押し付けるぐらい何でもないことと言うのはラッシュに慣れた人間の言うことである。克哉にしてみたら背中に伝わる尖っているのに柔らかいその感触は、心拍数を上げて、特に身体の一部分の血流を増大させるには十分だったのだ。純情すぎるのも時として罪である。
 ますます前にいるお姉さんのお尻から身を離さなければいけない状況になった克哉は、前には行けず後ろにも行けず、さりとて右側にいるお姉さんたちのほうにすり寄っても状況を更に悪化させるだけとあって、やむにやまれず左側にいるサラリーマンのほうへと身を寄せたのだった。
 しかし本人は自覚していないが、最近の克哉は中学2年の男子が持てるだろう限界を超えた萌え色っぽさを身につけつつあった。その手の嗜好の持ち主ならずとも克哉に身体を押し付けられた男性の半数以上は、色々な意味でグラっとくることは間違いない。
 しかもご都合主義なことにそのサラリーマンは、その手の嗜好にも多大なる理解を示す人だったのだ。まったく都合の良い偶然というものもたまにはあるものである。
 というわけで克哉に身体を押し付けられたそのサラリーマンは押されて退くようなことはしなかった。より克哉に密着したいという想いを実現すべく、逆に身体を押し付けてきたのだった。なにせよほどのことをしない限り男同士では痴漢行為もセクハラも成立しないのだ。
 しかしほんのわずかなことでも男女間においてなら痴漢行為は成立する。克哉に股間を当てられている形になっている女性にしてみればまさに今がその状況であった。
 後ろに立っているのが黒詰めの学生服を着た男子中学生だということは分かっていた。そしてその中学生の股間が自分のお尻に当たっているのも分かっていたが、その体勢を取るよりほかにどうにも動きようが無い状況でもあったので、まあそれもしょうがないかなと思っていた。
 しかし先ほどから後ろの男子中学生の様子が変わってきた。お尻から股間を離して離してくれたかと思えば、またくっつけてくる。それを何回か繰り返したかと思うと、やがてお尻に伝わる感触から判断するに、後ろの男子中学生は股間を密着させつつ腰をくねらせているようなのだ。
 これはもしかすると痴漢行為なのかもしれないと、その女性は背筋に寒気を感じ始めていた。
 ではこの時の克哉の状況は更にどう悪化していたかというと、一言で説明するなら、感じ始めていたのである。もちろんサラリーマンの身体が克哉に密着してきたからというわけではない。サラリーマンに身体を押し付けられるということは、克哉の身体がさらにその後ろや脇のお姉さんたちの柔らかな身体に押し付けられるということであり、柔らかな胸やお尻やその他の部分に接触し、その感触が伝わってくるということであった。しかも電車が作り出す微妙な揺れは、まるで甘美なマッサージ機のようだったのだ。
 これで感じてしまわない男子中学生がいたら、お目にかかりたいものである。なおかつここしばらく奈里佳に変身したり、アソコだけ部分的に女性化したりしていた関係なのか、克哉の皮膚は前よりも敏感になってきていたりする。
(勃っちゃダメ! 勃っちゃダメ!)
 克哉は心の中で焦りの声を上げるが、昔から男のアソコは別人格なので克哉の想いを聞き入れてくれることは無かった。既に半勃ちから本勃ち状態へと移行していたアソコは克哉の意思とは無関係に、前にいるお姉さんのお尻をぐいぐいと押していたのだった。
(ピンチですね)
 セリフとはまったくマッチしない、のほほんとしたクルルの声が克哉の頭の中に響く。
(分かってるなら何とかしてよ!)
 克哉は声に出さずに怒声を上げる。しかし怒りで気が削がされたのか、アソコのパワーがややダウンしたような感じがした。そこでやや喜んだ克哉だったのだが、気の緩みは危機を招く。手にしていた茶封筒が揺られた人の動きに押されて、手から離れそうになった。
(あ、まずい!)
 慌てて手から離れかけた茶封筒を引き寄せようとした克哉だったが、その手の動きは、前にいるお姉さんのお尻かをまるで撫で回すかのようなタッチをすることになったのだった。
「もう、止めてください!」
 とうとう我慢できなくなったその女性は鋭く声を上げると、茶封筒を持った克哉の手を掴んだ。そして呆然とした克哉は、次の駅で降ろされたのだった。警察に突き出される為に。
 克哉、大ピンチ。……かもしれない。

Last updated  Dec 12, 2006 10:29:26 PM
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Dec 4, 2006

02 魔法少女♪奈里佳・番外編
[ 魔法少女♪奈里佳 ]    

「うわっ!? 何、この混み具合は……」
 駅に着いた克哉を待っていたのはホームから溢れ出さんばかりの人、人、人。とにかく人だった。それもなぜか若い女性たちの姿がやけに目立っている。スーツ姿の男性たちもまばらにいるにはいるが、何となく肩身が狭そうにしているのは、まるで女性専用車両に紛れ込んでしまったかのような感覚なのだろう。
「こんな時間にラッシュだなんて変だよね」
 頭の中の奈里佳2号や遠くにいるクルルと魔法の力で会話するようになってから、克哉は何かあると自然に会話モードに入ってしまうようになっている。そんなわけで克哉の部屋の中でくつろいでいるはずのクルルに向かって、克哉は素直に驚きの声をあげた。驚きすぎて克哉の口からは実際に声が出ているので、独り言を言っているように見えるのだが、まわりの女性たちが騒ぐ『きゃいきゃい』とした声にかき消されてしまって全然目立たない。
(ああ、ちょっと待ってください。ふむふむなるほど。どうやら今日はドームでファイヤースターズというアイドルグループの公演があるので、そのせいで混んでいるみjたいですね)
 芸能方面にはまったく詳しくない克哉でも何度かその名前を聞いたことがある有名なロックバンドの名前を、クルルは口にした。
(また勝手に人の心を読んだでしょ。そういうことはやっちゃダメなんだよ)
 常識人な克哉であった。
(大丈夫です。個人情報までは読んでいませんから。ちゃんと法律は守らないといけませんよね)
 大真面目にふざけている雰囲気がありありと伝わってくる。もしも克哉が大阪の人間だったら、クルルのこのボケに対して気のきいたツッコミのひとつでも言うところなのだろうが、あいにくと克哉の出身も育ちも大阪ではなかったので、とりあえずため息をつくことしかできなかった。
(はあ~、そうじゃなくてね。……もういいよ。とにかく電車が着たから乗らなくちゃ)
 声を出さずにそう言いつつ、到着した電車に乗り込もうとした克哉だったが、声を出さないでいられたのはそこまでだった。
「うわっ! うわわわわ!!」
 圧倒的なまでの人の奔流が克哉の身体を車内の中へ、そして奥のほうへと押し流していく。通勤ラッシュを毎日体験しているサラリーマンやOL達にしてみたらごく普通の混み具合なのであるが、ラッシュ初体験の克哉にしてみたら慌てて声をあげてしまうのは、まあいたしかたないというところだろう。
 そういうわけで、もみくちゃにされながら最終的に克哉が落ち着いたポジションは、前後左右まわりすべてを隙間なく人によって固められた、身動きひとつできないポジションだった。
 しかし身動きできないということが大変なことの本質ではない。ホームの状況から予想してしかるべきだったが、克哉のまわりのうちその6分の5が女性だったのだ。男性はすぐ左横に陣取るサラリーマン風のおじさんだけで、残りの前後と右横、そしてその間の斜め方向すべてが若くて年ごろのぴちぴちなお姉さんだけだった。
 そのような状態の何が大変かというのは、若くて健康的でエネルギー溢れる肉体を持った男の子なら説明されずとも理解できるはずだ。そのような状況下において、溢れるエネルギーが若い肉体の一点に集中しないようにするには、とてつもない集中力が必要なのは言うまでもない。
 ちなみに克哉が置かれた絶望的でありながらどこかうらやましい状況のひとつは、克哉の背中に当たる感触にあった。克哉の真後ろには克哉よりもやや背が高いお姉さんが身体の前のほうを向けて立っているらしく、克哉の肩から背中の位置にかけて妙に柔らかで盛り上がった感触が押し付けられているのだ。
 さらに学生服を通しても背中に伝わるその感触もさることながら、やや右耳寄り首筋に吐きかけられる息が克哉の感覚を規則的に刺激しており、なにやらこう微妙な気持ちになってくるのを抑えようとしても抑えられない。
 そしてまずいことに克哉の正面には背面を向けたお姉さんがいて、克哉の身体のちょっとヤバイ部分がお姉さんのこれまた柔らかくも張りと弾力があるお尻に密着しているというおまけつきだ。
 魔力が充填された結果、奈里佳2号が覚醒して克哉のアソコを例によって部分女性化しているというならともかく、今の克哉はいくら女の子のようなかわいい顔をしていても、100%完全な男の子なのだ。状況は一見すると天国のようだが、その実態は地獄と紙一重だった。
(クルル~)
 というわけで、頭の中で情けない声(?)をあげる克哉だったが、もちろんクルルに相談したところで状況は何も変わるはずがなかった。
(なかなか面白い状況じゃないですか。頑張ってくださいね)
 クルルのやる気のなさそうな応援の言葉が、克哉の頭の中にむなしく響いたのだった。

Last updated  Dec 5, 2006 12:05:23 AM
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Nov 30, 2006

01_魔法少女♪奈里佳・番外編
[ 魔法少女♪奈里佳 ]    

「ただいまー♪」
 本来なら反抗期であってもおかしくはない中学2年生、矢島克哉の挨拶は元気だ。帰ってきたのかいないのか分からないような少年少女たちも多くいるというこの御時勢にあって、可能な限り素直に育っていると言えよう。
 どこかの誰かに見せたいほどの几帳面さで脱いだ靴をそろえると、克哉は家の中に入っていった。ついでに少々乱れていた他の靴も整理するあたり、これ以上すると嫌味になるので気をつけたほうが良いかもしれない。
「おかえりなさい。ちょうど良いところに帰ってきてくれて助かるわぁ~」
 そんな克哉を迎えたのは、パートに出かける寸前の母、弓子であった。何があったのか知らないが、克哉の姿を見て明らかに安堵している。
「何かあったの?」
 何か面倒ごとに巻き込まれるのではないかという懸念は微塵ほども浮かばないのか、あっけらかんと弓子に問いかける克哉。まあいつも奈里佳がらみの面倒ごとに巻き込まれていれば、普通レベルのトラブルなど何ほどのものかということなのだろう。
「お父さんから電話があって、夕方の5時までに届けてほしい書類があるそうなのよ。何だか分からないけど大事なものらしくって、それがないとものすごく困っちゃうそうなんだけど、私はもうパートに出ないといけない時間なのよね。だからお願い。これなんだけど、お父さんの会社まで届けてくれないかしら?」
 そう言いながらきちんと封がしてある茶封筒を克哉に差し出す弓子。学生鞄を足元に置いて、手渡された封筒を確認してみると、その中には何やら冊子のようなものが数冊入っているのが分かる。
「お父さんの会社まで届けるの? しょうがないなあ、じゃあ着替えてくるから……」
 面倒くさいとは思っていても、母親の言うことを素直に聞いてしまう克哉。でもマザコンでは無いので安心して欲しい。まあ、それはともかく家に上がる為に克哉は靴を脱ぎかけた。
「そんな時間なんか無いから、もう学生服のまま行ってちょうだい。今すぐ出れば4時12分の電車に乗れるから、5時にはギリギリ間に合うわ。じゃあこれが地図と電車代だからお願いね」
 弓子は家に上がりかけた克哉を押しとどめると、有無を言わせずドアの外へと追いやった。あっという間の出来事だった。
「あ、ちょっと……」
 克哉は目の前で閉められた玄関のドアに話し掛けるように右手を伸ばしたが、すぐに諦めた。基本的に克哉は押しに対しては弱い人間なのだ。
「もう、お母さんってば強引なんだから」
 一言そうつぶやくと、克哉は財布を学生服のポケットに入れると、駅に向かって歩き出した。本当に素直で流されやすい性格だ。
「お父さんの会社には小学生の時に一度行ったきりだけど、地図もあることだし、なんとかなるよね」
 素直な上に前向きな克哉だった。悪く言えば『てんねん』まであと一歩かも知れない。
 ちなみに小学生の時に父親の会社に行ったことがあるというのは、社会見学の一環で、『お父さんが働いているところを見学してみましょう』という授業があったからだ。もっともその企画も、母子家庭の子供に対して不適切な授業内容だという批判が出て、後にも先にも一度きりしか行われたことがない。世の中、そんなもんだ。
 というわけで駅に向かう道を歩いている克哉の頭の中に、なにやら話しかけてくる声無き声が聞こえてきた。
(克哉君も大変ですね)
 声だけなので姿は見えないが、それはピンク色をしたぬいぐるみの猫のような姿をしているクルルだった。見た目はともかく7000年後の未来にある魔法の国、ネビルからやってきた魔法生物(?)だったりする。
(あ、クルル、もしかしてどういう状況だか分かってるの?)
 最近は慣れたもので、克哉も声をまったく出さずに離れた距離にいるクルルと話すことができるようになっている。まあ、だからと言って何の役にも立たないのであるが。
(ええ、基本的に僕はいつでも克哉君やそのまわりのことをモニターしてますからね。ちゃんと分かってますよ)
 やってることはストーカーと大差ない魔法の国の魔法生物(?)である。
(じゃあさ、何か魔法でぱぱっと片づけられないかな?)
 素直に言うことを聞いているだけかと思ったら、やっぱりそれなりに楽はしたいらしい。
(奈里佳ちゃん2号が起きてるのなら話は簡単なんですけどね。まだ寝てるんでしょ?)
 暗に今は無理だと言っているクルル。
(うん、昨日、また変身してフューチャー美夏とバトルしたばかりだからね。まだしばらくは起きてこないんじゃないかな)
 クルルに答える克哉の口調はややため息混じりだ。例によってまたしても発見した結晶化現象を解除するために、克哉こと魔法少女♪奈里佳の活躍と、それを妨害するナノテク少女フューチャー美夏との激しいバトルが、昨日あったばかりなので疲れているというだけでもなさそうだ。
(やっぱりまだ起きてきそうにありませんか。奈里佳ちゃん2号は)
 予想の範囲内といった感じで答えるのクルル。
 ちなみに克哉はクルルの魔法によって普段から周囲の魔力を吸収し続ける体質に変化しているのだが、その魔力値が最大容量達した時、魔法少女♪奈里佳に変身することができるのである。
 そして変身するには魔力が足りないが、ある程度の魔力が溜まった段階で、克哉自身の精神とは別に【魔法少女♪奈里佳】という第二人格が、【克哉の精神のサブシステム】として現れてくるのだ。
(でもまあ奈里佳2号が出てきても、役に立ってくれる以上に迷惑もかけてくれそうだから別に良いんだけどね)
 克哉は、2号とはいえ奈里佳が自分自身であることを忘れたかのような発言をする。まあ忘れたくなる気持ちも分からなくもない。
 そしてああだこうだと言っているうちに、克哉は中津木駅に着いたのだった。


【なかがき】
 かなりブランクを開けてしまったので、リハビリの為に妖精的日常生活の第15話を書く前に、魔法少女♪奈里佳の番外編を先の書きますのでよろしくお願いいたします。
 あとアイディアさえ出てくれば妖精的日常生活の番外編も書きたいと思ってます。

Last updated  Nov 30, 2006 07:32:15 AM
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Mar 7, 2006

011:妖精的日常生活 第15話
[ 妖精的日常生活 第15話 ]    

「……さて、……やってきました。このノートパソコンに接続されているのがそうですね?」
 何故か腰が退けている坂牧深雪ちゃん。まだ電源が入っていないとはいえ、パソコンが側にあるというだけで不安な気持ちになるのだろう。頭では分かっていても身体にしみこんだパソコンへの恐怖が、坂牧深雪ちゃんをアイドルらしからぬへっぴり腰にしてしまうようだ。まあ、しょうがないかな。ワタシよりもずっと妖精生活が長いわけだし。
 しかし番組の冒頭でビシバシと格好いい司会ぶりを披露していた坂牧深雪ちゃんが本格的にパソコンを怖がっている様子を見て、逆にワタシのほうは気持ちが落ち着いてきたかもしれない。完璧にしなくちゃいけないということじゃないってことが理解できたからだ。ふぅ~、なんだか本当に気が楽になってきたみたい。
「ええ、そうです。このノートパソコンは市販されているごく普通のノートパソコンですが、そこにUSBケーブルで接続されているのが、加賀重工から今度売り出されることになった【妖精用電波ガード1号・まもるくん】です」
 さっきまでと違って気分は落ち着いてきたものの、キャンペーンガールの役割もしなくちゃいけないからワタシも大変だ。運ばれてきたノートパソコンと【まもるくん】の元まで飛ぶと、ワタシはオーバーなアクションを伴って『我が社の新製品』を紹介した。お父さんが勤めている会社でもあるし、失敗はしないようにがんばらないといけないもんね。とにかくここまで来たら恥ずかしいだとか、緊張するだとかだなんて言ってられないよぉ~。
 それはそうとキャンペーンガールといえば、今のワタシが着ている真っ白なプラグスーツは見ようによってはキャンペーンガールが着るようなレオタードにみえなくはないかもしれない。もしかして剣持主任達それを狙ってるんじゃ……。うーん、さすがにそんなことは無いか。肌が露出しているわけではないし。
「USBポートに接続するだけで良いわけなんですか。なんだか簡単過ぎるくらいですね」
 坂牧深雪ちゃんは、台本通りの質問をしてくるんだけど、微妙に棒読み的になってきている。うーん、今をときめく妖精アイドルの坂牧深雪ちゃんですらパソコンを目の前にするとこれですか? やはり妖精歴が長いっだけあって、色々とあったんだろうなあ。
「確かにうちの【まもるくん】は、パソコンのUSBポートに接続するだけで簡単に接続できます。しかし初めて接続するときだけは注意して下さい。設定が終わらないうちはパソコンの悪影響を防止する機能が働きませんからね」
 コンパクトに設計されているとは言っても、まだまだ【まもるくん】は妖精にしてみたら大きすぎる機械だ。これを妖精の小さな身体で扱うのは少々難しい。おそらく現実的には人間の手を借りて接続するになるのだろうが、もしかすると妖精が独りだけで接続作業をすることが完全に無いとは言い切れない。……かもしれない。
 というわけで剣持主任は、まじめな顔をして注意をする。ここだけのことかもしれないけど。
「つまり初めて使うときは、誰か人間に接続設定をしてもらう必要があるということですね。それで、これはもう設定済みのものなんでしょうか?」
 設定済みだということは知っているはずの坂牧深雪ちゃんだったが、それを知らないかのごとく質問をする。ああ、それにしてもパソコンを怖がって腰が退けて震えている妖精っていうのは、こんなにもかわいいものだったのか。うーん、このかわいさは犯罪だよ。抱きしめたくなっちゃうし……。でも抱きついちゃったら、後で坂牧深雪ちゃんの熱烈なファンというかマニアである弟の幸也になにをされることか分からないから、ここはひとつ踏みとどまることにしておこう。
「はい。安心して下さい。ちゃんと設定済みですから大丈夫ですよ。じゃあ、電源を入れてみますね♪」
 人間である剣持主任よりも、妖精であるワタシが言ったほうが安心できるかと思い声をかけてみたが、坂牧深雪ちゃんの反応は凄まじかった。
「ちょーーーーと、待って下さいッ!」
 大声で叫ぶやいなや宙を飛び、ワタシの目の前に運ばれてきたノートパソコンから優に7~8メートルは離れて行ったのだった。テレビ局の人も、予定にない坂牧深雪ちゃんの行動に慌てている様子が見てとれる。
「心配しなくても大丈夫ですよ~」
 ワタシは苦笑しつつ笑顔を坂牧深雪ちゃんに向けた。リハーサルの際に【まもるくん】を接続済みのパソコンを起動させた現場に居合わせて、身を持ってその性能を味わってもらったはずなのに、その坂牧深雪ちゃんでさえこの調子なのだ。やはり頭では分かっていても、身体に染みついたパソコンへの恐怖というのは凄まじいものなのだろう。
「い、いや~ねぇ~。私としたことが」
 さっきまで熱く語っていた坂牧深雪ちゃんはどこに行ったのだろう。もしかしてこっちのほうが地なのかな。ワタシのそんなことを思っているのを知ってか知らずか、坂牧深雪ちゃんはゆっくりと羽ばたきながら近づいて……、来なかった。ワタシとパソコンを中心点として半径3メートルの圏内に入らないように円を描きながら飛んでいる。
 通常、起動したパソコンから半径3メートル以上も離れていれば、諸々の不快感は感じるものの、妖精も気絶まではしない。坂牧深雪ちゃんとしては、パソコンから3メートルというラインは譲れない線なのだろう。う~ん、ワタシとしてはどうするべきなのかな? チラリと剣持主任の顔を見てみる。
 すると剣持主任は軽くうなづいた。きっと早く電源を入れてしまえということなのだろう。そう理解したワタシも小さくうなづき返すと、用意されたノートパソコンの横にしゃがみこむと、電源ボタンに手をかけた。
「じゃ、電源を入れますね。ええと、ぽちっとな♪」
 なるべく明るい雰囲気でということで少々おどけながらも力強く電源ボタンを押し込む。その瞬間、ハードディスクのカリカリという起動音とともに、若干の気持ち悪さがワタシを襲った。見ると坂牧深雪ちゃんも顔をしかめている。まったくアイドル台無し。まだ電源が入っていないうちから顔をしかめているので、本当に不快感を感じていると言うよりも、ワタシがパソコンが起動させようとするのを見て反射的に顔をしかめてしまったのだろう。 
「だ、大丈夫ですか!?」
 心配そうな坂牧深雪ちゃん。
「ええ、大丈夫ですよ。ととっ……」
 大丈夫だと言いつつ、ワタシはめまいを感じていた。身体が左右にぐらりと揺れる。

Last updated  Mar 7, 2006 10:13:33 PM
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Feb 21, 2006

010:妖精的日常生活 第15話
[ 妖精的日常生活 第15話 ]    

「もしもそうであるなら嬉しいですね」
 自分がワタシの力になったということを肯定するでもなく否定するでもなく、それとなく焦点をぼかした返答をする剣持主任。後で【まもるくん】の開発に当初から携わったのが本当はワタシではなくて詩衣那さんだったのだということが一般に知れ渡っても、言い逃れができるようにする為なんだろうか?
「さて、それではお伺いしたいのですが、やはり妖精が現代の情報化社会の中で阻害されている現状を変えようというお気持ちが、【妖精用電波ガード1号・まもるくん】を開発されたきっかけだったということでよろしかったでしょうか?」
 アイドルという立場を忘れているんじゃないのかと思えるほどまじめな態度の坂牧深雪ちゃん。いやもしかすると本当に忘れているのかも。妖精としてはどうしても真剣にならざるを得ない問題だし。
「まあ、そう思っていただいてもけっこうですが、実際のところはちょっと違いますね」
 さあ、質問しなさい。というオーラがにじみ出ている剣持主任。さすが自分から話を振るのは嫌だが、他人から話を振ってもらうのは大好きというオタク魂の持ち主。ピクピクと小刻みに動く鼻の穴が、隠しきれない気持ちを代弁している。……のだろうか?
「と言われますと、開発のきっかけは別にあるということですか?」
 打ち合わせでは、『その通りです』という返事が返ってくるはずだったのに、予定とは違う回答をもらってしまった坂牧深雪ちゃんは、ちょっと戸惑った様子を見せる。もう、剣持主任、何を考えているんですか。暴走はダメですってば。
「それは……」
 そこまで言うと何故か目をつむり黙ってしまう剣持主任。瞬間、あたりを沈黙が支配する。静か過ぎてなんだか緊張してくる。スーツの下ではじわりと汗がにじんできたかもしれない。もうぐっしょり?
「それは……、何ですか?」
 さすがに沈黙が続くままではまずいと思ったのだろう。坂牧深雪ちゃんは小首を傾げて右手の人差し指をかわいらしくほっぺたにあてながら、沈黙し続ける剣持主任に言葉の先を促した。言葉の雰囲気も先ほどとは微妙に変わって、どこか甘えるような感じになってきている。
 ちなみに断言してもいいけど、その可愛らしい態度でお願いされたら、それを拒否するのは不可能だ。少なくとも人間の男の子だった時のワタシならそうだし、坂牧深雪ちゃんと同じ妖精で可愛らしい少女になってしまった今のワタシでも拒否するのはかなり難しい。
「それは、私が天才だからだ」
 重々しく断言する剣持主任。もしも擬音が目に見えるのなら、剣持主任の背後に毛筆書体の『ドーンッ!』という大きな文字が浮かんでいるのが確認できるんじゃないかな? 冗談抜きでそんな感じ。
「ちょっと、剣持主任!」
 さすがにここまで台本から外れて暴走するのはまずいと思ったワタシは、もはやテレビカメラの前にいるということも忘れて、剣持主任の名前を叫ばずにはいられなかった。詩衣那さんや仁村さんから、剣持主任がオタクなことで暴走しそうになったら、なるべく止めるように努力して欲しいと言われていたのを思い出したのだ。しかしワタシがちょっと叫んだ程度で止まるような剣持主任では無かった。というか無駄な抵抗?
「ははあ、天才だからですか。もう少し詳しく教えてもらえますか?」
 予定には無い発言に驚いたのは坂牧深雪ちゃんも同じだったはずだけど、やはりさすがにプロというしかない。慌てず冷静にリアクションを返している。少なくとも表面上は興味津々という顔だ。本当に興味があるのかどうかはともかく、剣持主任のような『濃ゆい』キャラクターはテレビ的にはおいしいのかもしれない。
 とりあえずこうなってしまっては、詩衣那さんから教えてもらったセリフを言うしかないのかもしれない。そうすれば剣持主任もおとなしくなるはず。……はずなんだけど、大丈夫かな?
「天才は偉大な発明をするものなのだ。そうは思わないかね?」
 ぐっと身を乗り出し、坂牧深雪ちゃんに思いっきり顔を近づける剣持主任。だから自分の会社の商品を宣伝しに来たのに、その偉そうな態度は何なんですか、もう! あ、スポンサーだから偉そうにしてもいいのかな?
「天才だから偉大な発明ができるとは思いませんが、偉大な発明をすることができた人は天才と言えるかもしれませんね」
 小さな身体の前に、その身体よりも大きな顔を持ってこられた坂牧深雪ちゃんは、本能的に後ずさるように羽ばたくと、剣持主任との距離を離すのだった。
 それにしても剣持主任の言葉を明確に肯定するでもなく否定するでもない返答はさすがだと思う。オタクの発言を否定すれば反撃が凄まじいし、下手に肯定すると今度は自慢が激しくなって手に負えなくなる。肯定も否定もせずに受け流せばいいのかと、ワタシは目から鱗な思いだった。
「つまり私は天才だということだな。……そう、あれは妖精がパソコンなどの電子機器に弱いということを知った時のことだ。どうして妖精はパソコンに弱いのだろう? そのことを考えていた時に、突然やってきたのだよ。インスピレーションが!」
 カメラ目線というわけでもなく、どこを見ているのか分からないが虚空の何かを熱心に見つめながら話し続ける剣持主任。坂牧深雪ちゃんはその様子をしばらく見ていたのだが、なかなか話が終わらないのを見て、そっとワタシのところまでやってきた。
「ああ言ってますけど、本当のところはどうなんですか?」
 はなから剣持主任が本音を言っていないと決めつけている様子がありありだ。さすがというべきだろう。さていよいよかな。詩衣那さん直伝のセリフを言うのは。
「恥ずかしがっているんですよ。困っている妖精を助ける為に寝食を忘れるほど真剣に装置の開発に取り組んだなんてことをこの場で言うのが恥ずかしいんですよ。あの人はいつもそうなんです」
 困っている妖精とは実は詩衣那さんのことなのは言うまでもない。でもこの言い方ならワタシのことを指していると誤解する人も出てくるかもしれない。まあ意図的に誤解されるような話し方をしているのは事実なんだけどね。
 なんでも妖精になった詩衣那さんがパソコンや携帯電話などの悪影響を受けて何度も気絶したり、時にはそれが原因で命を落としかけたりしたということを聞いた剣持主任は、『妖精が人間と同じく普通に暮らせる方法を私が開発してみせる』と、詩衣那さんの前で宣言したらしいのだ。
 当然にその話は詩衣那さんのおじいさん、つまりは加賀重工の会長の耳にも入ることになった。妖精になった孫娘の幸せを願う気持ちでは誰にも負けない会長は、剣持主任のアイディアを聞くと、可能性ありということでプロジェクトにGOサインを出し、今に至っているということらしい。
 詩衣那さんによるとその時の剣持主任は熱血そのもので、人間と妖精という種族の違いという壁さえなければ、まるでプロポーズをされているかのような雰囲気だったそうだ。そして今でもその状況のことを話題にすると、剣持主任はものすごく恥ずかしがって、まったく関係ない話題を出して話をそらすのだという。
「なるほど。それはかわいいですね♪」
 たった数語で私が伝えたいことのニュアンスは完全に伝わったようで、坂牧深雪ちゃんが剣持主任を見る目は、さっきまでのやや冷たい目から優しげな目に変わっている。それを見たワタシも無言で微笑むと坂牧深雪ちゃんと顔を見合わせるのだった。
「……ああ、美姫君。根も葉もないことを言ってもらっては困るな」
 延々と、如何に自分が天才であるのかということを演説していたと思ったけど、剣持主任はワタシと坂牧深雪ちゃんの会話を聞くと独演会を止めて、ワタシに困ったような顔を見せるのだった。ああ、ホントに詩衣那さんの言うとおりだよ。剣持主任ってかわいいんだ。
「そうですね。剣持主任は天才だから【妖精用電波ガード1号・まもるくん】を開発できたんですよね」
 そしてにこりと微笑むワタシ。皮肉に聞こえるかもしれないけど、聞きようによっては愛情あふれる言葉にも聞こえるはずだ。
「う、うむ。まあ分かればよろしい」
 何か勝手が違うと思っているのだろう。剣持主任は言葉を詰まらせる。ふふん♪ きっとワタシの背後には詩衣那さんが付いているということを理解したのかもしれない。
「う~ん、ほほえましいですね。やはり【まもるくん】を開発できたのは愛情のなせる技というわけなんでしょうか? さて、それでは実際に機械を動かしてみましょう」
 いや、その愛情の対象はワタシじゃないんです。という言葉が喉まで出かかったが、それを言っては詩衣那さんの存在を隠してはおけなくなるので、ワタシは不本意ながらも反論することは控えることにした。剣持主任も言い訳をすれば逆効果になりそうだと思ったのだろう。どうやら不本意ながら黙ることにしたらしい。
 そして坂牧深雪ちゃんの言葉を待っていたのか、すぐにワゴンに乗せられたノートパソコンとそれに接続された【まもるくん】が運ばれてきたのだった。

Last updated  Feb 21, 2006 09:16:40 PM
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Feb 2, 2006

009:妖精的日常生活 第15話
[ 妖精的日常生活 第15話 ]    

第三章

「はじめまして。本日はお越しいただきましてありがとうございます。司会の坂牧深雪です」
 改めて自己紹介をする坂牧深雪ちゃん。まずはワタシのほうに対面すると握手を求めてきた。白くて小さくて柔らかそうな右手が差し出される。ちなみに握り返すワタシの手は、坂牧深雪ちゃんの手よりも白くて小さくて柔らかだったが、だからどうだということを考えられるような状態ではもちろんなかった。
 今時の高校生らしく、『出られるものならテレビに出ても良いかな?』なんて軽く考えてた面もあったけど、いざ本番でいつもテレビの中でしか会ったことがない坂牧深雪ちゃんを目の前にすると、緊張でガチガチになってしまう。こんなはずじゃなかったのに~。
「はじめまして。加賀重工開発部主任の剣持です」
 無難に挨拶をする剣持主任。いつもと違って場違いな白衣は脱いでいる。さらに夏場には定着して久しいノーネクタイのクールビズファッションだ。オタクらしからぬ痩身の持ち主だからテレビに映った姿だけで判断すると、そこそこ優秀な研究者に見えないこともないかもしれない。中身は見た目とぜんぜん違うけど。
「は、はじめまして。加賀重工開発部の長谷川美姫です」
 緊張で口の中が乾燥しているからか、言葉の出だしがうまく出ない。確かにワタシは加賀重工で働いていることに間違いはないのだけれど、実のところまだ一週間にもならないキャリアしかないのだ。しかも正社員ですらないのだ。
 本来ならこの場には実際に【妖精用電波ガード1号・まもるくん】の開発に携わった詩衣那さんが出るのがふさわしいのだけれど、本人が死んでもテレビには出たくないということなので、代わりにワタシが出ることになったのだ。やはり番組の構成上、会社側の出演者の中に妖精がいないことには絵にならないらしい。
 製品の宣伝を兼ねているというか主目的が販売促進の宣伝である以上、テレビという媒体において絵になるかどうかというのは最重要事項というわけだ。
 というわけで、ワタシは加賀重工におけるキャリアが一週間にも満たないにもかかわらず、さもこの件に関してはすべてを知っているベテランのふりをしなくてはいけない役どころなのだ。その為にも詩衣那さんや剣持主任からはこの数日の間にみっちりと【妖精用電波ガード1号・まもるくん】の開発時における様々なエピソードを教えてもらって来てはいるけど……、うまくいくのかやっぱりちょっと不安かも?
「さて、さっそくですが美姫さんも妖精になってからは、パソコンや携帯電話には苦労されたのではありませんか?」
 あらかじめ渡されていた台本通りの質問だ。坂牧深雪ちゃんもいきなりアドリブでくるようなことをするつもりはないらしい。
「ええ、話には聞いていましたが、まさか起動中のパソコンの側に行くと気絶しちゃう程の悪影響が出るだなんてことが本当にあるとは思いませんでした。あと携帯電話の悪影響はパソコン程強くはないですが、人混みの中では避けようがないってことが問題ですね」
 剣持主任をバックにしてワタシと坂牧深雪ちゃんが接近して話している様子を下から斜め上に見上げるようなアングルで撮影しているカメラに気を取られながらも、ワタシは極力にこやかな笑顔を浮かべながら質問に答えた。とにかくスマイル、スマイル!
「ということは実際にパソコンの悪影響で気絶したことがあるわけですね?」
 坂牧深雪ちゃんは驚いたという顔をしてワタシに質問をしてきたが、台本に書かれてある流れに沿っての話なので、本当に驚いているわけではない。しかしそこはさすがにプロと言うべきか、まったく棒読み的なところがなくて、感情のこもった驚き方をしているのはすごいと思う。
「召喚されて妖精になったその日に、パソコンで妖精用の服とか小物とかの値段を調べようとしたら完全に気絶しちゃって、それも家族の目の前でしたから、かなり心配かけちゃいました」
 一応ワタシは、【妖精用電波ガード1号・まもるくん】の開発に当初から携わっていたという設定になっているので、妖精に召喚された時期を特定させるような発言はしないように気をつけてしゃべらないといけない。なんというか、ちょっと大変。ともかく身体がバラバラになりそうな感覚だったとか、今思い出しても嫌な記憶について、ワタシは坂牧深雪ちゃんに聞かれるままに答えるのだった。
「なるほど、美姫さんもいろいろと経験されたんですね。実はというか当然ですけど私も、パソコンの悪影響には苦労しました。今はもう妖精はパソコンや携帯電話に弱いということが世間でも浸透してきましたから良いですけど、数年前はまだそういう常識がありませんでしたからね」
 深刻な話なのは間違いないのに、それを感じさせない明るい笑顔。さすがに芸能人というかアイドルというか。坂牧深雪ちゃんってすごい。というか話は変わるけど、彼女はいったい何歳なんだろう。妖精オタクで坂牧深雪ちゃんの公式ファンクラブにも入っているらしい我が弟の幸也も知らなかったし、もしかして本当はかなりお年を召しているのだろうか?
「それは大変でしたね。ワタシの場合は、まわりに妖精の事情を理解してくれる人ばかりでしたから、大変は大変でしたけど、今から考えればそれなりに恵まれていて良かったです」
 実は今回、ワタシがテレビに出るにあたって加賀重工側のスタッフから言われたことがある。『妖精であるが故の不幸を絶対に売り物にするな!』ということだ。自分で言うのもなんだけど、大多数の妖精は確かにかわいい。ちっちゃくてふわふわでぽにぽにでごく普通の人間の保護欲を刺激しまくりらしいし、何よりも人形やフィギアと違って自分で動くし意志もある。まあ当たり前なんだけど。
 ともかくそんなかわいい妖精が、パソコンや携帯電話の悪影響によって人間社会における活動が阻害されているという不幸(?)を嘆きつつ一般人の同情を買おうとすれば、普通の人間はもちろん、妖精のことをかわいらしい存在、保護すべき存在とみなす人たちは、争うように同情を安く売ってくれるだろうことは間違いない。
 しかしそれではダメなんだそうだ。同情を買うだけの存在に甘んじれば、妖精はいつまで経っても人間社会において自立できないままでいるしかないことになるということらしい。
 別に高尚な理想を持ち出しているわけではない。つまり単純に、不幸を売り物にする為には不幸である状態が維持され続けないといけないということで、世の中の妖精と妖精のまわりにいる人間達がそういう考えばかりでは、妖精の不幸な現状を改善する為のものである【妖精用電波ガード1号・まもるくん】が売れないかもしれない。『それじゃ儲からないじゃないか!』ということらしい。
 現実問題として日本中のすべての妖精達自身が【まもるくん】購入したとしても、販売額はたいしたものにはならないのは目に見えている。真の顧客層は、は妖精を雇用して新しいビジネスを起こそうと考える企業だったり、あるいは純粋に妖精のことを思って妖精が過ごしやすい環境と作る為に【まもるくん】を購入するだろう一般人だということなのだ。
 だとしたら不幸を売り物にして同情を買おうとするよりも、不幸な状況に負けることなく元気に明るくがんばる『けなげさ』を売りにすべきだというのだ。まあ、実際に世間の反応がどう転ぶかは分からないけどね。
「ははあ、なるほど。美姫さんのまわりは良い人ばかりだったんですね」
 しみじみとした口調でうなずきながらワタシを見つめる坂牧深雪ちゃんの目のには、なにやらワタシをうらやむような色があった。やっぱり苦労していたんだね。
「ええ、まあそうですね」
 一瞬、守銭奴で色魔なコウモリ羽の妖精、海斗の顔が脳裏に浮かんだワタシは、ちょとだけ顔の筋肉を引きつらせながら曖昧な返事をするのだった。常ににこやかでいようと思っていたけど、しょうがないじゃない。ねえ。
「さて、その中でもやはり力になったのは、今日ご紹介する【妖精用電波ガード1号・まもるくん】を開発された剣持道彦さんでしょうね」
 坂牧深雪ちゃんのその言葉とともに、ワタシ達を撮っていたカメラから、剣持主任を撮っていたカメラに切り替わったのか、カメラには写らない場所にあるモニターに剣持主任の姿が映るのが見えた。おお、これからが番組の本番だね。ううう、とにかく失敗しないようにがんばらなきゃ。

Last updated  Feb 2, 2006 09:43:12 PM
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Jan 16, 2006

008:妖精的日常生活 第15話
[ 妖精的日常生活 第15話 ]    

「だから何度言われても私はそんなことをするつもりはないって言ったでしょ!」
 今朝着てきた私服のオレンジ色のワンピースに着替えてからミィーティングルームに戻って来たワタシの耳に飛び込んできたのは、詩衣那さんのちょっと不機嫌そうな怒鳴り声だった。もっとも妖精の声だからキンキンと高く響く迫力のない声だったけど。
「しかしだねえ詩衣那君、これは個人的な頼みというわけではなくて、会社のため、加賀グループ全体のためなんだよ」
 激しい身振り手振りをしながら目の前を飛び回る詩衣那さんに押されて、防戦一方という感じの剣持主任。左のこめかみから頬にかけて、たらりと一筋の冷や汗を流している。やっぱり剣持主任っていざとなると詩衣那さんには頭が上がらないんだ。
「あら、美姫さんおかえりなさい。そのワンピース、よく似合っていてかわいいわよ」
 ふたりの言い争いを横目に、仁村さんがのんびりした口調でワタシの衣装をほめる。まあ、かわいいと言われて悪い気はしない。すでにもう『俺は男だ!』なんて言う気はさらさらないし。妖精少女であることを受け入れないことにはこれから先の人生が前に進まないんだもん。
「なんだかもめてるみたいですけど、さっきからいったい何の話なんですか?」
 ワタシはテーブルの上に置いてある本来のワタシの席には戻らずに仁村さんの左肩に舞い降りると、周りには聞こえないような小さな声で話しかけた。ああ、それにしてもいつものエプロンドレスとかメイド服と違って、ワンピースって楽♪
「簡単に言えば、今度の新製品を宣伝するための特別番組を放送する予定なの。それに詩衣那さんも出演することになっているんだけど、未だに嫌がっているのよ。収録予定はもう来週になってるのに」
 右手を口に添えて、ひそひそとささやき返す仁村さん。顔をワタシの方を向いているけど、目だけは詩衣那さんと剣持主任の動きを追っている。のんびりとした口調とは裏腹に、それなりに言い争いの行方を気にしているのだろう。
「新製品って、あれのことですか?」
 詩衣那さんは剣持主任の顔の周りを飛び回り、時には蹴りを入れたりしながら、『出ないって言ってるでしょ!』と、繰り返し言っている。剣持主任は主任で、『今回一回限りだから』と、詩衣那さんに頼み込んでいる。そんな様子を見ながらワタシは仁村さんに問いかけた。それにしても大人って大変だなあ。いわゆる会社の事情ってやつなんだろうな。
「そう、あれ。美姫さんの想像通り妖精用電波ガード1号・まもるくんのことよ。美姫さんのところには確か試作品があるはずだけど、製品版はもう出荷を待つだけの状態なの。今月末には発売出来るはずよ」
 とりたてて秘密めかすでもなく普通の口調で話す仁村さん。一瞬、部外者のワタシにそんなことを教えても大丈夫なのかなと思ったけど、よく考えるまでもなく既にワタシはどっぷりと関係者だった。う~ん、なんだか実感がわかない。
「試作品と製品版ってどう違うんですか?」
 詩衣那さんと仁村さんの攻防は終わりそうにないので、ワタシとしても仁村さんの話に付き合うしかない。
「性能的には何も差はないわ。でも見た目が大違いかしらね。試作品では適当な箱に納めてあるけど、製品版ではちゃんとしたデザイナーさんにデザインしてもらったケースに入っているってことかしら。ほら、やっぱり売るとなると見た目って大事でしょ?」
 ある意味、パッケージだけ変えてみました♪ ということに等しい発言をする仁村さん。大人って……。
「中身とかは変えなかったんですか? ほら、普通は性能は落とさずにワンチップ化して部品点数を減らすとかして信頼性を上げたりするんじゃないかと思うんですけど」
 昔読んだゲーム雑誌に書いてあった廉価版のゲーム機械のレビュー記事を思い出しながらワタシは仁村さんに訊いてみた。そういえば【妖精用電波ガード1号・まもるくん】を使えば、妖精でもTVゲームで遊べるんだろうか? 帰ったら試してみないといけないね。
「よく知ってるわね。でも、あれに関しては話は別よ。だって私たちは、『どう回路をいじれば良いのかっていうことを論理的に理解しているわけじゃない』からやりたくても出来ないのよ」
 その後、仁村さんが話してくれたことは、既に剣持主任や詩衣那さんからも断片的には教えてもらっていたことだったけど、要するに、『電子回路を適当に組み合わせてみたら妖精に対するコンピューター等の悪影響を打ち消す能力を持った機械が出来ちゃいました。でも動作原理は分かりませんから思うように改良することができないんですよ』ということらしい。
「改良するにも適当に回路を組み替え直してテストしてみるしかないんですね。なんだかもっときちんとした研究を想像していたんですけど、すべて行き当たりばったりなんですね」
 改めて口にするとため息が出そうな現状かもしれない。
「あら、何かを新しく開発しようっていうような研究はどこも似たようなものよ。良い例が新薬の開発ね。ある病気の治療に対してどんな物質がどの程度の効果があるかだなんてことは、実際に試してみないと分からないでしょ? 新薬の開発っていうのはある意味、行き当たりばったりそのものと言えるんじゃないかしら。そうじゃなきゃモルモットなんて存在がいるわけないでしょ? まあ私も医薬品に関しては素人だからそういうイメージってところなんだけど」
 にこやかに身も蓋もないことを言う仁村さん。まあ確かに言われてみればそうかもしれないけど……。
「なるほど、ワタシはモルモットというわけなんですね」
 暗く落ち込んでみせるワタシ。もちろん演技だけどね。
「や、やあねえ。美姫さんがモルモットだなんて思ってなんかいないわよ。たとえ実質はそうだとしてもね」
 ちょっと慌てているのか口調が早くなって来ている。ほほう、仁村さんはいつも冷静沈着な表情しか見せないかと思っていたけどそうでもないのね。メモメモ♪ それにしても本音が出ちゃってますよ。仁村さん。
「やっぱり実質はそうなんだ……」
 仁村さんってば嘘をつけない人なんだろうなあ。というわけでワタシは仁村さんが漏らした『実質』という言葉尻をとらえて、さらに落ち込んでみせる。何度も言うけど演技だよ。
「だからそうじゃなくて……」
 ちょっと焦ってるみたい。ほほう、もうちょっと遊んじゃおうかな? しかしそれは計画段階に入る前に、既に崩れてしまったのだった。
「ゴホン、あ~、ちょっと良いかな?」
 これは剣持主任? ワタシは落ち込みの演技をすぐに止めると、声のしたほうに向き直った。するとさっきまで言い争っていたはずの詩衣那さんと剣持主任がこれ以上はないというにこやかな顔をして、ワタシを見ていたのだった。いったい何事?
「はい、何ですか?」
 一瞬で落ち込みの演技をやめると、ウェイトレスので鍛えた笑顔を浮かべて返事をする。はいはい、お遊びはお終い~。
「もう、美姫さんってば騙したわね」
 ちょっとだけムッとした表情を作りながら、ワタシの額を人差し指でトンとつつく仁村さん。
「それはそうと、いつの間にか話がまとまっていたんですね」
 ワタシは仁村さんのことを意図的に無視すると、詩衣那さんと仁村さんのふたりに気軽に問いかけた。そう気軽に……。
「ん~、美姫さんが想像しているようにはまとまったわけじゃないんだけど。ね、剣持さん♪」
 ここにきて初めて見るような甘い雰囲気で剣持主任に話しかける詩衣那さん。紫色の蝶の羽をゆっくりと羽ばたかせながら剣持主任の顔のあたりで舞っている。なんだからぶらぶ? まさかね、さっきまであんなだったのに。
「ああ、結局のところ、新製品の宣伝番組に出る妖精は、詩衣那君じゃ無くてもいいってことに気がついてね」
 にこやかに言う剣持主任。え~と、それってつまり……、どういうこと?
「幸いなことにうちの研究所には私以外にも妖精の職員がいるし。というわけで、美姫さん。あなたテレビに出なさい」
 ワタシよりもやや高い位置で浮かんでいる詩衣那さんが、ワタシを見下ろしながら宣言する。
「でも、職員って言っても、今日ここに来たばかりのワタシに【まもるくん】の宣伝番組をうまくやることなんか出来るわけないじゃないですか。ダメですよ。やっぱり」
 当然のように抗議する。ワタシだってテレビに出られるかもと思うと悪い気はしない。でもそれとこれとは別問題だ。ワタシは両手で大きく『×』を作ってみせた。
「出来ればやるのかね?」
 しかしその程度のことは織り込み済みなのか、剣持主任は冷静にワタシの内心を読んだかのようなポイントを突いた質問をしてくる。思わずこくりと小さくうなづくワタシ。自分の感情に素直なこの身体が憎い。
「ま、まあ出来れば、その、やらなくもないかな~♪ という感じですが。でも出来ないですよ」
 確かに出来ればテレビにも出てみたいけど、ちょっとそれは無理な感じ。だって本当に何を話せばいいのか分からないんだもの。
「じゃあ、これから一週間の間に【妖精用電波ガード1号・まもるくん】のことは開発中の裏話まで含めてみっちり教えてあげるから、私の代わりにテレビに出てよ。剣持さんも特別ボーナスを出すって言ってるからさ♪」
 剣持主任に対して軽く目配せをする詩衣那さん。そして大きくうなずく剣持主任。なんだか罠にはめられたような気がしなくもない。
 ともあれ結論から言うと、詩衣那さんと剣持主任、そして最後は仁村さんが加わっての説得にワタシは負けてしまったのだった。こうしてワタシのテレビ出演はなし崩し的に決まったのだった。……良かったのかな。これで?

Last updated  Jan 16, 2006 11:31:21 PM
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Jan 2, 2006

007:妖精的日常生活 第15話
[ 妖精的日常生活 第15話 ]    

「仮に痛みを感じたとしても、羽を完全に出してしまえば痛みは無くなりますから、一気にやってください」
 力強く言い切る仁村さん。これが剣持主任や詩衣那さんだと、ちょっとその言葉を疑ってしまうんだけど、仁村さんのことばなら何となく信じても良いように思えるから不思議だ。ふたりにはないしょだけど。
「今、何か失礼なことを考えてたでしょ?」
 詩衣那さんがワタシのほうを見ながら決めつけたように話す。す、鋭い。
「え、そんなことは無いですよ」
 とりあえずとぼけてみる。基本だね。でも、どうやら信じてはくれそうにない。詩衣那さんは、じとっとした目で静かにワタシを見つめつつ、笑顔を浮かべる。
「隠してもダメなのよねぇ。妖精になってからの私は、こういうことには何故か感覚が鋭いのよ」
 詩衣那さんはワタシの前に半屈みで立つと、つんつんとワタシの胸を軽く指でつついた。
「やめてくださいよぉ~」
 慌てて胸を押さえてガードすると、身体をよじりながら、ワタシは詩衣那さんに抗議した。ゆ、油断も隙もないとはこのことをいうんじゃないだろうか。あうう、詩衣那さんの指の感触が胸に残っちゃってるしい。
「失礼なことを考えた罰よ♪ いいじゃない減るもんじゃなし」
 ワタシの胸を触ることができて機嫌が良くなったのか、笑顔が無駄にまぶしい。
「詩衣那さん、今はそういう場合では無いですよ。それから剣持主任、カメラを出すのは禁止です」
 やんわりとした口調ながら反論を許さぬその雰囲気に、詩衣那さんは名残惜しそうにワタシの胸をぷにぷにするのをやめた。あ、でもちょっと残念。微妙に気持ち、……良かったし。
「仁村君、美姫君のあらゆる状況を記録するのは仕事の内だと思うのだが?」
 剣持主任がまた勝手な理屈を持ち出してきたけど、詩衣那さんがワタシの胸をつついてぷにぷにしているところを写真に撮るのは、仕事じゃないと思う。
「記録を取るのは私の仕事で剣持主任の仕事じゃありませんし、第一、そのカメラは主任の私物ではありませんか? もしも仕事なら、仕事上知り得たあらゆる情報を個人所有の情報機器へ記録すること自体が禁止されているはずですが」
 正論で反論する仁村さん。剣持主任は言葉に詰まると、無言のまま手にしたデジカメを内ポケットの中へとしまったのだった。ちなみにその間、私はちょっとだけ荒くなった呼吸を整えていた。だって妖精少女の身体って感じ過ぎちゃうんだもん。
「詩衣那さんも良いですね?」
 最後に詩衣那さんにも念を押す仁村さん。もしかしなくても影の実力者?
「OK、触るのは後にするわ」
 影の実力者に屈しない妖精がここにひとり。両手を上に上げて、【今この瞬間は】ワタシに触っていないことを仁村さんにアピールする詩衣那さん。何かがずれているし。
「まあ、良いでしょう。それでは美姫さん、雑音はカットしましたので安心して羽を出して下さい」
 何が良いのか少々疑問が残るものの、仁村さんが言うならこれ以上状況が改善することはないのだろう。ワタシはうなづくと、羽を出してみることにした。それにしても今のちょっとした騒ぎで、またあの激痛を感じるかもしれないという羽を出すことに対する恐怖心が薄らいでいるのは、計算されたことなんだろうか? まさかね。
「出します」
 一言だけそう言うと、ワタシは目を閉じて意識を集中し、背中から羽が生えてくるイメージを脳裏に思い浮かべた。そしてイメージ上のワタシの背中から光とともに白い鳥の羽が伸びて、夜空に浮かぶ満月に吸い寄せられるように身体が浮かんだところで目を開けてみると、現実のワタシもテーブルから数十センチほど浮かんでいた。
「痛みは無いでしょ?」
 ワタシを見る仁村さんの表情は、ワタシが痛みを感じることが無いことを確信したような、自信のあるものだった。確かに痛みは感じない……、かな。ワタシは背中の羽を軽く羽ばたかせると、仁村さんの顔の高さまで上昇した。そしてくるりと身体を半回転させて、背中を仁村さんに向けてみる。
「痛みは感じないんですけど、見た感じはどうです。怪我の跡とか残ってたりしませんか?」
 怪我の跡が残ってないかどうかを訊くだなんて、まるで顔に怪我をした女の子が傷跡が残っているかどうかを心配するかのようかもしれないが、きっと切実さでは今のワタシのほうが上だと思う。だって妖精にとっての羽って、人間にとっての足以上のものなんだもん。
「大丈夫。むしろより綺麗になってるぐらいよ。それから羽を出して新しい感覚を脳が記憶したから、もう幻肢痛は感じないわよ。保証するわ」
 仁村さんは手元の端末を操作しながら太鼓判を押す。ワタシの体調とかモニターしているんだろうな。
「ありがとうございます」
 何がありがとうなのか自分でも分からないけど、とりあえずお礼を言うワタシ。空中でぴょこんと頭を下げる。
「大丈夫と言うなら、もうスーツを脱いでも良いんじゃない? 剣持さんもそれで良いでしょ?」
 詩衣那さんが、仁村さんと剣持主任のふたりに対して提案する。
「あ、もう脱いで良いなら、ワタシも着替えたいです」
 このプラグスーツってやつはとても良くできていて、身体全体を覆われているのに、暑いと感じたり、圧迫感があるとかいうことはまったくないんだけど、身体のラインが完全に出ちゃっているから少々恥ずかしいのだ。
「そうだな。では美姫君、着替えてきなさい」
 剣持主任は軽くうなづくと、普通のドアの上にある妖精用の出入り口を指し示す。
「じゃあ、一緒に行きましょ。手伝ってあげる♪」
 ワタシが返事をするよりも早く、詩衣那さんがワタシも左腕につかまるようにくっついてくる。
「え、ひとりで大丈夫ですよ」
 詩衣那さんの手伝いってアレなんだもん。ワタシは慌ててお断りをしたのだが、詩衣那さんがワタシから離れていく気配は微塵も無い。うう~、どうしよう。
「だ~め♪ 病み上がりなんだから独りだけにはしちゃおけないわ」
 やっぱり離れてくれない~。ワタシは助けを求めるために仁村さんと、ついでに藁をもつかむ気持ちで剣持主任を見上げてみる。
「仁村君、そういえば例の件のことだが、そろそろ先方に返事をしなければいけなかったんじゃないかね?」
 ワタシの視線を受けた剣持主任はワタシを見返すのではなく仁村さんのほうを向き直り、一見するとまったく関係ないような話をし始めた。
「もう、こんな時にそんな話を蒸し返さないでよ」
 仁村さんに向かって話しかけた剣持主任の質問に反応したのは、仁村さんではなくて詩衣那さんだった。急に怒りだした詩衣那さんは、紫の蝶の羽を出すと、剣持主任の顔の高さまで羽ばたいていった。いったいどうしちゃったんだろう。
「ささ、今のうちに着替えていらっしゃい」
 ワタシのことなんかすっかり忘れてしまったかのような詩衣那さんに驚いていると、仁村さんがこっそりとワタシに耳打ちをする。なるほど。訳が分からないけど、そうしちゃおうかな。気にはなるけど。
「じゃ、そうしてきます」
 ひそひそとそう言うと、ワタシはその場を飛んで離れて行った。ま、気にはなるけど、とりあえずワタシには関係ない話みたいだし。その時のワタシは気楽にもそう考えていたのだったが、それは大間違いだった。まさかあんなことになるだなんて……。

Last updated  Jan 3, 2006 03:45:55 AM
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