アメリカン航空NY発ウィーン行きのファーストクラスで、ルドルフは最後の戦いの時が迫り来るのを感じた。
(この手で、アフロディーテを斬る。)
ルドルフはじっと自分の両掌を見た。
100年以上もの間、この両手を罪のない人々の血で汚してきた。
脳裏に、いままで自分が殺めてしまった者達の姿が浮かんだ。
ホーフブルクで虐殺に巻き込まれた貴族達。
ブタペスト近郊の村で自分の暴走の犠牲となった村人達。
ベトナムで惨殺された屈託のない笑顔が似合っていた少女。
そして、NYで塵芥の扱いを受け、濁流の中へと消えていった子供たち。
彼らの命は、自分が奪った。
自分が居る所為で、彼らは奪われる筈がなかった命を奪われてしまった。
(私が・・やらなければ・・)
自分がしなければいけない事。
それはアフロディーテを斬ること。
もう引き返すことはできない。
ルドルフはしばらく両手を見つめた後、毛布にくるまり眠った。
目を開けると、飛行機はウィーン国際空港に着陸していた。
「ルドルフ様、よく眠っておられましたね。」
ユリウスはそう言ってルドルフを見た。
「ああ。最近色々とあったからな・・」
ルドルフはそう言って、出てきた荷物を取った。
「久しぶりの故郷ですね、ルドルフ様。」
「ああ。ここを離れたのはいつの頃だったのかな・・」
最後に故郷を離れたのは父の死を看取った後。
世界が混沌と破壊の渦に巻き込まれていた頃。
長いときが経ち、ルドルフは久しぶりに故郷の空気を吸い込んだ。
「これからどういたしますか?」
「そうだな・・父上と母上に挨拶でも行くか。」
癖のあるブロンドの髪をなびかせながら、ルドルフはユリウスと共に空港を出てタクシーを拾った。
「カプツィーナへ。」
「わかりました。」
運転手はそう言って優雅なハンドルさばきで空港のタクシーターミナルから出て行った。
「お客さん、ウィーンは初めてで?」
「いや、事情があって長い間離れていてね。漸く帰ってきたところだよ。」
「そうですか・・それにしてもご主人はお優しいそうな方ですねぇ。」
運転手はルドルフの隣に座っているユリウスをチラリと見ながら言った。
「多少我が儘なところはありますけど、可愛いです。」
ユリウスはそう言って頬を赤く染めた。
「幸せそうだねぇ。新婚かい?」
「いいえ、もうすぐ10年になるんです。やっと妻に赤ちゃんができたんですよ。」
ユリウスは適当な嘘を吐いて誤魔化した。
ルドルフとは100年以上も連れ添っていて、尚且つ何人も子供を産んでいるという事実は、常人にとっては信じ難いものだろう。
「いいねぇ~、うちの女房なんか、最近俺に冷たくってさ。子供達も独立して、夫婦2人っきりで毎日が息苦しくて・・出来ることなら新婚時代に戻りてぇよ。」
運転手はそう言って溜息をついた。
彼の愚痴を聞きながら、ルドルフはウィーンの街を見た。
多少街の景色は変わっているが、ルドルフとユリウスがホーフブルクで暮らしていた頃とあんまり変わらなかった。
タクシーがシュテファン寺院の前を通った。
中世の御世から威厳ある姿で建っているこの教会は、ウィーンの象徴でもある。
(やっと帰ってきた、ウィーンに・・私の街に・・)
ウィーンで生を享け、育った。
だが故あって放浪の旅を続けていた。
地中海の紺碧の海を見ても、ロンドンのテムズ川の流れを見ても、ルドルフの心には常にドナウの流れとウィーンの街があった。
ここにしか、自分の居場所はない。
「ルドルフ様、着きましたよ。」
「ああ。」
タクシーから降りたルドルフは、両親が眠る教会へと、静かに足を踏み入れた。
「お幸せにな、お2人さん!」
運転手はクラクションを派手に鳴らしながら2人の前から去っていった。
「参りましょうか、ルドルフ様。」
ユリウスはそう言って手を差し出した。
「ああ。」
ルドルフはその手をしっかりと握った。
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最終更新日
2011年07月26日 20時30分01秒
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