瑞姫が寝台から降り、椅子に掛けてある振袖と帯を取って身支度を始めると、痛いほど背後にルドルフの視線を感じる。
ただ見られているだけなのに、全身を熱で焼かれたように感じてしまい、落ち着かなくなる。
「ミズキ・・」
ふと耳元で甘い声がしたかと思うと、瑞姫はルドルフに背後から抱きすくめられていた。
「お離しください・・着替えが・・」
「あとでいい、そんなもの。」
ルドルフはそう言うと瑞姫の長い黒髪を一房掴んで自分の方へと振り向かせた。
「あ・・」
蒼い瞳がほんの数センチ前にあり、自分を見つめている事に気づいた瑞姫は頬を赤く染め、懸命に彼と目を合わせまいとした。
だが、それは無駄なあがきだった。
ルドルフは白い指先で優雅に瑞姫の桜色の唇を撫でると、形の良い己のそれを重ねた。
「んふぅ・・」
隙間から、甘い喘ぎが漏れた。
(なんか、変・・)
男からキスされるなんて初めてなのに、嫌じゃない。
頭がふわふわしてきて、意識が徐々に遠のいてゆく。
瑞姫は嫌がる代わりに、ルドルフの背に両腕を回して彼のキスに応えた。
ルドルフの舌が、口内を蹂躙し始めたが、瑞姫は拒むどころかそれを受け入れた。
互いの舌を欲望のままに絡め合った後、漸くルドルフは瑞姫から離れた。
銀色の糸が2人の間に垂れ、瑞姫はとろんとした目でルドルフを見た。
「感じたか?」
「もう、終わりなんですか?」
ルドルフは瑞姫の言葉に苦笑すると、再び彼の唇を塞いだ。
彼の手が、締めたばかりの帯紐へと伸びた時、ドアが躊躇いがちにノックされた。
「ルドルフ様、皇太子妃様がお呼びです。」
ドアの向こうに聞こえる声にルドルフは舌打ちし、瑞姫からそっと離れた。
「いま行く。」
「皇太子妃様って・・ご結婚なされているんですか?」
瑞姫の問いに、ルドルフは何も答えなかった。
「ミズキ、わたしと共に来い。」
「ですが・・」
「わたしの言うことがきけないのか?」
ルドルフはそう言うなり、瑞姫の手を引っ張ると寝室から出て行った。
「わたしはお部屋でお待ちしておりますから・・」
何度もそう言ってはルドルフから逃れようとしていた瑞姫だったが、その度に彼はきつく瑞姫の手首を掴んで離さない。
「結婚はただの義務でした、それだけのことだ。」
ルドルフは嫌がる瑞姫を皇太子妃の部屋へと引き摺った。
「皇太子様、そちらの方は?」
皇太子妃付の女官が、ルドルフの背後に立っている瑞姫をじろりと見た。
「この者は、わたしが保護している者だ。皇太子妃は?」
「皇太子妃様なら先ほどから皇太子様をお待ちしておりますわ。こちらへどうぞ。」
ルドルフとともに皇太子妃の部屋に入った瑞姫は、激しい敵意を含んだ視線に気づいてゆっくりと俯いていた顔を上げた。
そこには、ヨーロッパ随一の美女と謳われている母皇后・エリザベートの美貌を引き継いだルドルフには似つかわしくないような、凡庸とした容貌の少女―皇太子妃シュティファニーが自分を見つめていた。
「お初にお目にかかります、皇太子妃様・・わたしは・・」
「あなた、あのミッツィとかいう女では飽き足らず、今度は得体の知れぬ東洋娘に手をお出しになられたのね?」
少女の口から放たれた言葉は、猛毒を含む棘のように感じられた。
「すまなかったね、シュティファニー。わたしは美しいものには目がなくてね。君のご機嫌を損ねたようだから、もうこれで失礼しよう。」
ルドルフはちらりと妻を見ながら、瑞姫の手をしっかりと握り締めて皇太子妃の部屋から辞した。
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