「どうだ?」
急遽プラハの視察を取りやめ、ホーフブルク宮内にある寝室から出て来た侍医をルドルフはそう言って見た。
「ただの風邪です。休養を取れば大丈夫でしょう。」
侍医はルドルフに頭を下げると、執務室から出て行った。
ルドルフが寝室に入ると、寝台では熱を出した瑞姫が苦しそうに息を吐いていた。
「ミズキ、大丈夫か?」
「ええ・・それよりもルドルフ様、プラハへはまだ・・」
「視察は取りやめた。わたしの所為でお前が熱を出してしまったのだからな。それに聖夜をお前と迎えたいし。」
「そんな、わたしは何も用意していないのに・・」
一国の皇太子であるルドルフが公務を取りやめ、何の後ろ盾もない自分の看病をするだなんて、あってはならないことだと瑞姫は思った。
「ルドルフ様、わたしの事はいいですから視察に・・」
「わたしお前と居たいんだ、ミズキ。お前はわたしと居るのが嬉しくないのか?」
ルドルフの蒼い瞳が冷たい光を放ちながら瑞姫を見た。
「それは・・」
「あいつが、居るからか?」
「そんな事は決して・・」
瑞姫が次の言葉を継ごうとした時、ルドルフは背を向けた。
(わたしは、あなただけを愛しているのに・・)
固く閉ざされた扉の向こうで、瑞姫は涙を流した。
プラハへと発ってから、ルドルフは時折仕事の手を休めて窓の外を見つめていた。
ウィーンでは瑞姫が今も苦しげな息を吐きながら自分の帰りを待っているのだろうか。
(ほんの数日だというのに、ミズキが恋しくなるだなんて・・)
数日後にはウィーンに戻るというのに、ミズキの温もりを無意識のうちに求めてしまっている自分がいる。
今まで星の数程の女達と肌を合わせてきたが、これほどまでに相手の存在を心から欲することなど一度もなかった。
だがミズキと出逢い、心を通わせるようになってから、いつも隣に彼がいるということが日常になりつつあった。
初めてミズキと離れることとなり、ルドルフは彼の事が心配で堪らなくていつも上の空だった。
(ミズキ、お前に逢いたい・・)
あの時、変な嫉妬をしてミズキを傷つけなければよかった。
何故素直になれないのだろう。
陰鬱な心を独りで抱えるのが辛くて、ルドルフはコートを羽織るとプラハの街へと出た。
聖夜を迎えたプラハの街には、幸せそうな恋人達や家族連れが手を繋いだり肩を寄せ合いながら歩いていた。
粉雪が舞う中、独りで街中を歩くルドルフは、向こうからミズキが歩いてくるのを見た。
ミズキに会いたいが余り幻を見ているのだろうと思ったルドルフが目を擦り再び前方を見ると、そこにはミズキが立っていた。
「ルドルフ様・・」
円らな黒い瞳で自分を見つめるミズキを、ルドルフはそっと抱き締めた。
「ミズキ、どうしてここに?」
「あなた様に、お会いしたくて。いけませんでしたか?」
「わたしも、お前に会いたかった。」
「ルドルフ様・・」
粉雪が舞う中、瑞姫はルドルフと手を繋ぎながらプラハの街を歩いた。
「熱は? もう大丈夫なのか?」
「ええ。」
ルドルフと手を繋いで歩く幸せを瑞姫が感じていると、背後から誰かの足音が聞こえた。
「やっと見つけたわ、黒羽根の子・瑞姫。」
瑞姫がゆっくりと振り向くと、そこには妖艶な美女が立っていた。
「さぁ、わたしと一緒に帰りましょう。」
美女は全身から妖気を漂わせながらそう言うと、瑞姫に向かって手を差し伸べた。
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