マイヤーリンクの狩猟館は、広大な王宮と比べると少し小ぢんまりとした印象を瑞姫は受けた。
「何だか静かな所ですね。」
「そうだろう? 日頃の鬱憤を晴らす場所としてはいい所だ。」
ルドルフはそう言うと笑った。
そんな彼を見ていると、瑞姫は彼が抱える深い孤独を感じずにはいられない。
ルドルフが幼少期に両親から充分な愛情を注がれずに育ったことは、マイヤーリンクを発つ前夜、彼の幼馴染であるシリルから聞いた。
ルドルフとシリルの出逢いは、シリルが孤児院に居た頃にエリザベートとともに慰問に来ていたルドルフが湖で足を滑らせて溺れてしまったところを助けたことだという。
「その頃からルドルフ様はハプスブルクの皇子としての振る舞いを為されておりました。いつも前を向いて、誰にも弱みを見せずに歩いておりました。」
だがその反面、皇帝として多忙な父親と、各地を放浪する皇后から愛情を受けて育つことがなく、ルドルフの傍に居たのは厳格な祖母だけだった。
今は亡き皇太后・ゾフィーは実の孫であるルドルフに厳しかったという。
愛情を受けずに育った孤独な皇太子の友人となったシリルは、瑞姫と彼が出逢うまでいつも彼の傍に居たという。
「これからはミズキさん、あなたがルドルフ様を支えてください。あなたの傍では、いつもルドルフ様は穏やかな笑みを浮かべております。」
(これからはわたしが、ルドルフ様を支えてあげなければ・・)
瑞姫の脳裡に、亜鷹の言葉が浮かんだ。
ルドルフが何者かに殺されてしまうと。
(わたしがルドルフ様をお守りしなければ。他の誰でもない、わたしにしかできないことだから・・)
「・・ズキ、ミズキ?」
はっと瑞姫が我に返ると、そこには怪訝そうな顔をしたルドルフが立っていた。
「どうした?」
「いえ・・とても素敵な所なので、つい見惚れてしまって。」
「お前をここに連れて来たかった。気に入ってくれて良かった。」
ルドルフはそう言うと、瑞姫に微笑んだ。
「これからどうなさいますか? 遠乗りでも?」
「そうだな、いい天気だし。」
その日瑞姫とルドルフは、遠乗りをして昼食を緑の芝生の上で取った。
いつもの多忙な時間とは違う穏やかな時間の流れに、2人は身を委ねた。
「気持ちいいな。」
「ええ・・」
芝生の上で寝転がりながら、瑞姫とルドルフは互いの顔を見合わせて笑った。
「このサンドイッチ、お前が作ったのか?」
「ええ、シリル様と一緒に。あとエルジィ様もご一緒に作られましたよ。」
瑞姫はそう言うと、エルジィが作ったサンドイッチをバスケットから取り出した。
他のサンドイッチと比べると少し具が崩れたものだったが、ルドルフはそれをぺろりと平らげた。
「美味いな。」
「何だかここは時間が流れる速さがウィーンとは違いますね。ずっとこのままゆっくりと時が流れればいいのに・・」
「ああ、そうだな。」
マイヤーリンクで楽しい週末を過ごしたルドルフと瑞姫は、ウィーンで元の慌ただしい生活へと戻っていった。
「ねぇ皇太子様、あのミズキとかいう女とはまだ続いているの?」
久しぶりにマリーと会った夜、ルドルフはそう彼女に聞かれて一瞬答えに窮した。
「彼女とは唯の友人だよ。君が考えているような関係ではないよ。」
「そ、そう・・」
見え透いた嘘を吐いても、ルドルフに夢中なマリーは簡単にそれを信じてしまう。
彼女と付き合うのは後少しで終わりだ。
今この場でマリーを絞め殺したい衝動に駆られていたルドルフだったが、それをぐっと堪えて彼女に微笑んだ。
「皇太子様って、素敵だわ・・」
愚かなマリーはルドルフの演技にすっかり騙されて、完全に熱を上げていた。
翌日、ルドルフはフランツに呼び出された。
にほんブログ村