「亜鷹兄様、どうなさったんですか、こんな朝早くに?」
瑞姫とルドルフが朝食を食べていると、突如として亜鷹がダイニングルームに入って来た。
「瑞姫、急なんだがわたしと共に会津に行ってくれないか?」
「会津へ、ですか? 向こうで何かあったんですか?」
瑞姫が驚きで目を見開きながら、亜鷹を見た。
「ああ・・なんでも、謎の失踪事件が相次いでいるらしい。被害者にはある共通点があってな。」
「共通点?」
亜鷹が次の言葉を継ごうとした時、女中が彼にコーヒーを運んできた。
「これが失踪した者達のリストだ。」
ダイニングテーブルの上に亜鷹が置いたA4のコピー用紙に書かれていたのは、失踪した被害者達の氏名と住所だった。
「どこでこんなものを? 兄様が警察のお手伝いをなさっている事は知っていたけれど・・」
瑞姫がそう言いながらリストを見ると、彼女はある事に気づいた。
「失踪なさった方は、みんなあちらから来た方ばかりですね。もしかして・・」
「お前は勘が鋭いな、瑞姫。なら話が早い。」
「ミズキ、わたしと離れて何処かへ行くのか?」
ルドルフは少し苛立った様子で瑞姫の手首を掴むと彼女を睨んだ。
「ええ。でもすぐに戻って来ますから。」
「本当にすぐに戻ってくるんだな? 確かなんだな?」
そう言った彼の蒼い瞳が少し狂気に彩られていることに気づいた瑞姫は、初めて彼に恐怖を感じた。
「兄様、ルドルフ様と一緒に行っていいですか?」
「瑞姫、向こうには黒羽根の父親が居る。お前の戸籍は真宮にあるとはいえ、あちらの家はまだお前の事を諦めていないようだし・・」
「そんな事、解っています。でもわたしはルドルフ様と離れたくありません。それにあちらの家のことはわたしとはもう関係ありませんから。」
瑞姫はそう言うと、椅子から立ち上がると亜鷹に土下座した。
「お願いです、兄様!」
「わかった、今回は許そう。だが向こうで何が起こるか解らないから、その事だけを覚悟しておけ。」
亜鷹は渋々ながらも会津への旅行にルドルフが同行する事を承知した。
「ミズキ、アイヅには何かあるのか?」
「ええ。母の実家があるんです。でも母が父との結婚を祖父が許してくれなかったので絶縁状態になってますからもうわたしとは何の関係もないんですけどね。」
荷造りをしながら瑞姫はルドルフの問いに答えると、彼は安心したような顔をした。
「そうか。てっきり向こうに想い人がいるのかと思った。良かった、そんな奴がいなくて。」
ルドルフはそう言うと、瑞姫をじっと見た。
「そんな人、居ませんよ。」
「そうか・・そうだよな・・ふふっ。」
突然ルドルフが笑いだしたので、瑞姫は彼の様子が少しおかしいことに気づいた。
「ルドルフ様?」
「いや・・何でもない。」
(何だかルドルフ様が怖いなんて、初めて・・)
ルドルフの内に潜む狂気の存在に気づきはじめた瑞姫だったが、まだその時はこの後ルドルフが大変なことになるなんて彼女は知る由もなかった。
朝早くに出発して瑞姫達が会津若松市に到着したのは正午を少し過ぎた頃だった。
「ここが、母様が生まれ育った場所・・」
初めて見る母の故郷の美しさに、瑞姫は目を見張った。
「瑞姫、ルドルフ、こっちだ。」
タクシーに乗った3人は一路、宿泊先のホテルへと向かった。
「取り敢えず昼食を取って市内観光と行くか。」
「ええ、兄様。」
瑞姫と亜鷹の仲睦まじい様子を、ルドルフは恨めしそうな顔で睨んでいた。
(ミズキ、わたしを裏切ったら許さないからな・・)
タクシーはやがて、ホテルの正面玄関へと到着した。
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