「こんな時間にお客様って・・一体誰なんでしょう?」
部屋を出てロビーへと向かいながら、瑞姫はそう言って首を傾げた。
「さぁな。それよりもアタカは?」
「兄様なら事件の調査をしに行きました。当分戻ってこないかもしれません。」
「そうか。」
「ルドルフ様、なんだか嬉しそうですね? まぁ、その気持ちは解りますけれど。」
ルドルフは瑞姫の言葉を聞いて少しムッとした表情を浮かべた。
エレベーターがロビーに着くと同時に、2人はフロントへと向かおうとした。
「瑞姫。」
その時、ソファに座っていた初老の男性が立ちあがって彼らの元にやって来た。
男性のスーツが一流の職人によって仕立てられたものだと、ルドルフは一目で見て解った。
それに彼は人を何処か威圧するような空気をその身に纏っていた。
「お祖父様・・」
瑞姫が驚愕の表情を浮かばせながら男性を見た。
「漸く会えたな、瑞姫。」
男性はそう言うと瑞姫に微笑んで、彼女を抱き締めた。
「ミズキ、知っている人か?」
「ええ。」
自分に向き直った瑞姫の顔が何処か辛そうなのに、ルドルフは気づいた。
「この人は、清滝誠一郎。わたしの・・祖父です。」
「瑞姫、この方は?」
男性がそう言って瑞姫からルドルフへと視線を移した時、彼の眼窩に険しい光が宿っていることにルドルフは気づいた。
『初めまして、ルドルフ=フランツです。』
ルドルフはそっと右手を男性へと差し出すと、彼はその手を握った。
『清滝誠一郎です。ここではなんですから、わたしの家で色々と話しませんか? たとえば、あなたと孫娘の関係についてなどを。』
滑らかな英語でルドルフにそう言った男性は口元に笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。
「お祖父様、わたし達ある事件の調査で来ているんです。申し訳ありませんけれど・・」
「瑞姫、わたしは彼と話をしているんだ。」
すかさず助け船を出そうとした瑞姫を、男性はそう言って制した。
『どうするのかね?』
『是非、伺わせていただきます。』
『ルドルフ様っ!』
男性との会話を聞いていた瑞姫は、咄嗟に彼の手首を掴んでエレベーターホールへと向かった。
「祖父の誘いを断らないといけません。祖父の狙いはわたしです。きっとわたしに家を継がせようとしているに決まっています!」
「話も聞きもしないで決め付けるのはどうかな、ミズキ? わたしたちの事を彼に説明するいい機会だと思うが?」
「ですが・・もし祖父が認めなかったら?」
「その時は、認めてくれるまで説得するつもりだ。アタカに連絡をするといい。」
瑞姫は暫く黙っていたが、バッグから携帯を取り出した。
数分後、2人は瑞姫の祖父・清滝誠一郎とともに彼の自宅へと向かっていた。
磐梯山を臨む荘厳たる武家屋敷は、和洋折衷な真宮の邸とは違い、奥ゆかしくも何処か凛とした雰囲気が漂っていた。
「さぁ、掛け給え。」
誠一郎によって通されたのは、武家屋敷の離れにある洋室だった。
「ここは維新後に建てられた部屋でね。わたしの曾祖父はここで週末毎に東京から帰って来ては、紅茶を飲んでいたのが唯一の贅沢だった。彼にとっては瀟洒な東京の洋館よりも、生まれ育ったこの家の方が居心地が良かったのだろうね。わたしもそうだが。」
誠一郎はそう言って、瑞姫を見た。
「お祖父様、何故わたしに会おうと?」
「お前に会わせたい人が居てね。そろそろ来る頃だ。」
その時、洋室のドアが静かにノックされた。
「入りなさい。」
「失礼致します。」
入って来たのは、長身のすらりとした黒髪の青年だった。
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