「兄様に、電話をかけてみます。」
瑞姫がそう言ってバッグの中から携帯を取り出した時、不意にロールスロイスから1人の男が降りて来た。
チタングレーの上質なスーツを纏ったその男は、灰色の髪を整髪料でなでつけ、鷲のような鋭い眼光で瑞姫とルドルフを見た。
ルドルフは彼と目が合っただけで、彼が何者なのかが解った。
『あなたは、早瀬さんのお父上様ですか?』
ルドルフがそう男に問いかけると、彼はにこりと笑った。
『ああ。準はわたしの息子だ。君は?』
『初めまして、ミズキの恋人の、ルドルフ=フランツです。』
『恋人? おかしいねぇ、瑞姫さんは倅の嫁に是非と清滝さんにと勧められたんだが。もしかして、僕が勝手に勘違いしちゃったのかな?』
そう言っておどけた振りをしてみせた男だったが、その鋭い眼光は未だにルドルフに向けられていた。
『これから何処に行くつもりなのかな?』
『宿泊先のホテルです。市内にあるので、今知人に連絡を入れております。』
『ふぅん、そうかい。わたしも市内に用事があるんだが、もし良かったら乗っていくかい?』
男の誘いに、ルドルフは乗るべきかどうか迷った。
彼の人を威圧するかのような空気といい、自分に向けられる鋭い眼光といい、彼が自分を歓迎していないことが明らかにみえみえだからだ。
「ミズキ、こちらの方がホテルまで送ってくださるそうだが、どうする?」
男に話の内容を聞かれぬよう、ルドルフはドイツ語で瑞姫にそう尋ねると、瑞姫は首を横に振った。
「あの人はわたし達を引き離そうとしています。ここで兄様を待ちましょう。」
「判った。」
ルドルフが男の方へと向き直ったが、彼はそこには居なかった。
(一体何処に・・?)
邸の中だろうかと門の方をルドルフが見ると、背後から瑞姫の悲鳴が聞こえた。
振り向くと、そこには黒服の男達に羽交い絞めにされている瑞姫の姿があった。
「ミズキ!」
『人の親切は素直に受け取った方がいいと思うけど? それにこの国では拳銃の個人所有は認められないよ。』
耳元で冷たい声が聞こえたかと思うと、男がルドルフを見ながら彼が右手に握りしめている拳銃を指した。
『ミズキを離せ!』
『彼女はいずれ離してあげますよ。大人しくわたしとともに来るならね。』
『こんなことをしてただで済むと思っているのか? 警察に連絡すれば・・』
『わたしが誰だか知っている上でそんな事を言っているのかな? わたしの力を持ってすれば君を不法滞在者として拘束することができるんだよ?』
まるで歌うような軽やかな口調で男はそう言いながら、ルドルフを見た。
『貴様・・』
『もう時間はないよ。乗りなさい。』
ルドルフは瑞姫を救おうと、黒服の男に狙いを定め撃とうとしたが、その前にスタンガンを押し当てられ、気絶した。
「ルドルフ様!」
地面に倒れたルドルフへと駆け寄ろうとした瑞姫だったが、男達に阻まれてしまった。
「さぁ参りましょう、瑞姫様。」
「嫌です!」
瑞姫はルドルフの傍に転がっていた拳銃を拾い上げて撃鉄を起こすと、銃口を素早くこめかみに押し当てた。
「動かないで! 少しでも動いたら引き金を引いて死にます!」
瑞姫はそう叫ぶと、男―警察庁長官・早瀬聡一郎を睨みつけた。
「そんな物騒なもの、君には似合いませんよ、下ろしなさい。」
「嫌です!」
「自殺できるものならやってごらんなさい。」
(ルドルフ様、愛してます・・)
瑞姫は躊躇い無く引き金を引いた。
銃声を聞いた小鳥たちが、慌ただしく木の上から飛び立った。
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