瑞姫が暫く床に蹲って泣いていると、不意にドアが開いて看護師と医師が入って来た。
(今の内に・・)
彼らの隣を通り抜けようとした瑞姫だったが、すぐに医師に捕まえられた。
「今は安静にしていないといけませんよ。」
「離して、離してよ! わたしをどうしてここに軟禁しているの?」
「それは、父が決めた事だからです。」
医師はそう言うと、瑞姫を見た。
「あなたも、あの人達とグルなのね。ルドルフ様は何処?」
「あの人ならまだ会津に居ます。」
「そう。では早くわたしをここから出して!」
「それは出来ません。父とあなたのお祖父様からあなたをここから逃がさぬようにときつく命令されましたので。」
どんなに瑞姫が医師に病室から出して貰えるよう頼んでも、彼の答えは変わらなかった。
「お食事ですよ。」
「要らないわ、食欲がないの。」
ベッドの上に置かれたトレイを瑞姫はそう言って押し退けた。
「そんな事をおっしゃらないで食べて下さい。」
「要らないって言っているでしょう!」
瑞姫は苛々としながらトレイを払いのけようとした時、炊きたての白米の匂いを嗅いで猛烈な吐き気に襲われた。
「・・っ」
慌てて口元を覆いながら吐き気を堪えた瑞姫は、そっと下腹を擦った。
そういえば、今朝も旅館での朝食の膳に載せられていた味噌汁の匂いを嗅いだだけで気分が悪くなって、食欲がなくなってしまった。
もしかしたら・・
「あなたは、あの男の子を宿しているのですね?」
頭上から声がして、瑞姫が医師を見上げると、彼は驚愕の表情を浮かべていた。
「ええ。だって毎日彼と愛し合っていたんだもの。暇さえあれば獣のように激しく愛し合っていたわ。彼とのセックスはもう気持ちが良くて何度イッたか知れないわ。あなたの弟さんにはわたしが処女じゃなくてごめんなさいねと伝えて下さる?」
瑞姫がそう言うと、医師は一瞬怒りで顔を赤く染めたが、平静を取り戻して彼女を見た。
「その子は、産むのですか?」
「決まっているじゃない。彼もその事を望んでいるわ。食事は要らないから、検査をして下さる?」
氷のような冷たい光を宿しながら、瑞姫は狼狽する医師を見ながら言った。
その後瑞姫は産婦人科の診察を受け、妊娠8週目に入っていることを知った。
(ルドルフ様とわたしの赤ちゃん・・)
超音波に映し出された小さな豆粒大の胎児を見た瑞姫は、嬉しさの余り涙を流した。
「お食事ですよ。」
いらないと言ったのに、看護師がまた食事を載せたトレイを持って部屋に入って来た。
「つわりが酷くて食べられないの。」
「お食事をなさいませんと、お腹の赤ちゃんにも良くないですよ。」
「じゃぁ食べようかしら。」
瑞姫は吐き気を堪えながら昼食を食べた。
(ルドルフ様、あなたの子を宿しましたよ。どうか、わたしを助けに来て下さい・・)
一方会津の病院に入院していたルドルフは、密かに病室から抜け出して白虎隊士達の墓所へと向かった。
目を閉じてあの声が聞こえないかと耳を澄ませたが、何も聞こえない。
やはり気の所為だったのか―そう思ったルドルフが墓所に背を向けた瞬間、激しい衝撃とともに眩い閃光が彼を襲った。
「う・・」
激しい砲撃の音と人々の怒号に目を覚ましたルドルフが辺りを見渡すと、そこは戦場の只中だった。
状況が解らないまま呆然としていると、突然誰かに手首を掴まれた。
「何そんな所で呆けている、死にたいのか!」
ルドルフが振り向くと、そこにはきりりとした顔立ちの少年が黒い瞳で彼を睨みつけていた。
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