「陛下、お久しぶりです。」
瑞姫はそう言って、フランツに礼をした。
「久しいな、ミズキ。」
「こんな所ではお身体が冷えますから、どうぞ家の中へ。」
「ああ。」
数分後、ルドルフと瑞姫はダイニングでフランツと向かい合わせに座っていた。
「父上、何故わたしに会いに来たのですか?」
「何故って、お前をウィーンへと連れ戻しに来たに決まっているだろう。」
フランツはそう言うと、じっとルドルフの隣で強張った表情を浮かべている瑞姫を見た。
「ですがわたしはミズキと夫婦になり、子どももおります。」
ルドルフはフランツに左手の薬指に嵌められた結婚指輪をフランツに見せた。
「お前は帝冠よりも恋を選ぶと・・王族ではないミズキを選ぶというのか?」
「ええ。父上、もうあなたが治める国は滅びた筈です!」
「いや、滅びてなどいない。」
そう言うとフランツは、朝刊をダイニングテーブルに広げた。
その一面記事には、ホーフブルクのバルコニーで民衆に手を振っているフランツの写真が載っていた。
その下には、英語でこう書かれていた。
『ハプスブルク帝国、存続の危機』
(そんな筈はない・・ハプスブルク家による王朝はとっくの昔に滅んだ筈だ!)
「ルドルフ、お前が時を・・歴史を歪めてしまったんだ。」
「わたしが?」
ルドルフはフランツの言葉を聞き、思わず声が掠れてしまった。
「お前はマイヤーリンクで“死んだ”筈だった。だがお前はこの国でミズキと夫婦となり、子を作った。それ故に、滅びる筈だった帝国の後継者―お前の息子が誕生したことにより、帝国は滅びなかった。」
フランツはそう言葉を切ると、コーヒーを飲んだ。
「わたしに息子が生まれたから、帝国が滅びなかった?」
「ああそうだ。わたしがこうして生きてお前と話しているのは、お前がハプスブルク帝国の皇太子だからだ。」
「陛下、わたしはルドルフ様と離れたくありません。」
瑞姫はそう言ってルドルフの手を握った。
「そうか。ではお前もウィーンに来て貰うぞ、ミズキ。」
フランツが冷たい光を湛えながら瑞姫を見た。
数時間後、瑞姫は両親にルドルフと共に渡欧する事を伝えた。
「そんな突然に・・遼太郎ちゃんはどうするの?」
「連れて行くわ。お義母様、いつか必ず日本に戻ってくるから、心配なさらないで。」
瑞姫はそう言うと、顕枝を抱き締めた。
(向こうで何が待ち受けているのかわからないけれど、わたしは絶対にルドルフ様と離れたりはしない!)
「ミズキ、本当にいいのか?」
「ええ。あなたとはもう夫婦なんですから、何処までも付いていきます。」
「そうか。」
瑞姫は左手の薬指に光るルドルフと揃いの結婚指輪を見た。
「あなたのことを、愛しています。」
「わたしもだ、ミズキ。」
瑞姫とルドルフは、静かに互いの唇を重ねた。
2人が日本を離れる日は、数日後に決まった。
「そうか・・あの2人が渡欧する事になったか。」
聡一郎は携帯で会話しながら、朝刊を見た。
そこにはフランツ=カール=ヨーゼフとルドルフの写真が載っていた。
「消えたUSBメモリは絶対ルドルフが持っているに違いないから、彼から目を離すんじゃないぞ。ああ、隼のことなら心配するな・・」
パチンと、暖炉の薪が燃え上がる音がした。
炎に照らされた聡一郎の顔は、まるで悪鬼のようだった。
(わたしから逃げられると思うなよ、ルドルフ!)
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