エルジィは父が最近自分の事を蔑ろにしていると思い込むようになったのは、瑞姫が父の子どもを妊娠した事を知ったからだった。
昔は自分の定位置だった父の膝の上が、今では遼太郎の場所になっていた。
それがエルジィには悔しくてならず、わざと遼太郎に意地悪をして彼を泣かせた。
「エルジィ、どうしてお前はリョータロウをいじめるんだ? お姉ちゃんだろ?」
ルドルフはそう言って遼太郎を抱っこしながら頬を膨らませているエルジィを見た。
「お父様はわたしのことが嫌いなんでしょう?」
「馬鹿な事を言うな、エルジィ。お前もリョータロウも愛して・・」
「うそよ、だってお父様はリョータロウばかり構ってるもの! リョータロウは男の子だから可愛いがってるんだ!」
「エルジィ・・」
ルドルフは娘の言葉がグサリと胸に突き刺さった。
前妻・シュティファニーとの間に授かった1人娘・エルジィについて女官達が色々と良からぬことを口にしているのを、彼女は密かに聞いていたのだろう。
「お父様はリョータロウが男の子だから可愛がっている訳じゃないんだよ。エルジィと同じように愛しているんだ。」
「本当に?」
自分に似た蒼い瞳で、エルジィはそう言ってルドルフを見つめた。
「本当だよ。」
何とかその場は丸く収めたが、ルドルフは初めてエルジィが遼太郎のことをどう思っているのかを知り、溜息を吐いた。
「エルジィ様が遼太郎に嫉妬している?」
「ああ、そうなんだ。てっきり兄弟が増えて喜んでいると思ったんだが、どうやら違うらしい。」
その夜、ルドルフはそう言って瑞姫に昼間起きた事を話した。
「エルジィ様は焼きもちを焼かれているんですよ。あなたが遼太郎ばかり構っているから気に入らないんですよ、きっと。」
「何とかならないものかな。」
「わたしに任せてください。女同士で話してみますから。」
翌日、瑞姫は公務の合間を縫ってエルジィと遊ぶことにした。
「エルジィ様はお父様のことをどうお思いになっていらっしゃるんですか?」
「お父様のことは大好きよ。でも、最近のお父様は嫌い。リョータロウの事ばかりなんだもの。前はよくわたしと遊んでくださったのに・・」
「お父様はエルジィ様も遼太郎も愛しているんですよ。遼太郎はまだエルジィ様のように歯を磨いたりご飯を食べたりできないから、色々とお父様がお世話しなくてはならないことがあるんですよ。お父様と一緒に遼太郎のお世話をすれば、そのお気持ちがわかるかもしれませんよ。」
「本当に?」
「ええ。」
それからエルジィは遼太郎の世話をするようになった。
慣れないおむつ替えをしたり、ぐずる遼太郎をあやしたりしている内に、エルジィの中で負の感情が次第に消えていった。
「エルジィ、リョータロウのおむつを替えてくれたのかい?」
「うん。」
「ありがとう、助かるよ。」
遼太郎の世話をする度にそう父から笑顔で褒められ、エルジィの顔に笑顔が戻った。
「お前にエルジィの事を任せて良かった。あの子はすっかりリョータロウと仲良しだ。」
「わたしの力ではありません。全てエルジィ様の力ですよ。これから色々と大変ですけれど。」
「わたしはエルジィの事を解っているふりをしていただけだと、今回の件で思い知らされたよ。」
ルドルフはそう言って溜息を吐いた。
熱い夏が過ぎ去り、厳しい冬の寒さがもうすぐそこまで来ようとしていたある日のこと。
「皇太子妃様にお客様が・・」
瑞姫がホーフブルクの自室から出ると、廊下にはプラハ城で自分を待ち伏せしていたシャルルが立っていた。
「お久しぶりです、皇太子妃様。」
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