「小父様、父を巻き込んで何故こんな事をなさったのですか!? 移植待ちの患者さんを後回しにして、隼君を優先的にこの病院に入れるようにしただなんて・・」
「まぁ、落ち着き給え。隼は早瀬家の待望の跡継ぎだ。彼の病気を治したいと思うのは祖父として当然のことだろう?」
「そうでしょうか? あなたは可愛い孫の為というよりも、家の事しか頭にないのでは?」
シリルはそう言って聡一郎を見た。
「あなた方の我が儘に付き合う程、わたし達は暇ではありません。ソウイチロウさん、カホコさんは何処に?」
「彼女なら、隼の病室だ。」
「行きましょうか。」
「ああ。」
瑞姫達が隼の病室に入ると、そこには全身を管で繋がれ、生気のない目で天井を見つめている男児がベッドに横たわり、その小さな手を香帆子が涙を流しながら握っていた。
「隼、ごめんね・・丈夫に産んであげられなくてごめんね・・」
香帆子はそう何度も呟きながら、苦しそうに息をする息子を見た。
ルドルフは隼を驚愕の表情を浮かべながら見ていた。
心臓病を患っていると聞いていたが、こんなに酷い状態だとは知らなかった。
「皇太子様、来てくださったんですね。」
香帆子がゆっくりと俯いていた顔を上げ、泣き腫らした目でルドルフと瑞姫を見た。
「この子は、何歳になるの?」
「2歳になります・・でも、来年3歳の誕生日を迎えられるかどうか解らないって・・」
香帆子はそう言うと、嗚咽を漏らした。
瑞姫はそっと、彼女の肩に触れた。
「わたしが代わってやりたい・・どうしてこの子だけがこんなに苦しまなければならないの!」
病院からの帰り道、瑞姫はやせ細った隼の姿が何度も脳裡に浮かんだ。
「どうした、ミズキ?」
「あの子の為に、わたし達に何かできる事はないでしょうか?」
「わからないな・・」
ルドルフはそう言って溜息を吐いた。
「お父様、お母様、お帰りなさい!」
リムジンから降りたルドルフと瑞姫の姿を見つけたエルジィと遼太郎が元気良く彼らの方へと駆けてきた。
「ただいま、エルジィ、遼太郎。」
「あのねお父様、今日は遼太郎と追いかけっこしたのよ!」
「そうかい、楽しかったかい?」
「うん!」
エルジィはルドルフに抱っこされ、笑顔を浮かべた。
「ててうえ、りょうもだっこ~」
「はいはい、わかったよ。リョータロウは甘えん坊さんだなぁ。」
ルドルフはそう言って笑いながらも、遼太郎を抱っこすると、彼はきゃっきゃっと笑いながらルドルフの髪を引っ張った。
そんな光景を傍で見ながら、瑞姫は香帆子が今までどんな思いでこの2年間を過ごしてきたのだろうかと思った。
今この瞬間にも、隼は一分一秒病と闘っていると思うと、瑞姫は胸が痛んだ。
「かあさま、どこかいたいの?」
我に返ると、遼太郎が怪訝そうな顔をして自分を見ていた。
「遼太郎、もし目の前に困っている人が居たらどうする?」
「たすけてあげる。みてみぬふりしちゃだめだってててうえがおしえてくれたもん。」
「そう、そうよね・・」
数日後、ハプスブルク帝国初の試みとなる市民公開型の事業仕分けが行われた。
瑞姫はルドルフとともに、手際良く無駄な事業を廃止、または経費削減していった。
「では次に・・」
ルドルフが今日最後となる事業名を見て、思わず書類を捲る手が止まった。
「ルドルフ様?」
「いや、何でもない・・」
ルドルフはそう言うと、この事業の担当者を見つめた。
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