「英国に?」
「はい、父上。暫くミズキと話し合いたいことがありまして。」
フランツは溜息を吐いて自分の前に立つルドルフを見た。
「ルドルフ、お前がミズキのことを愛していることはわたしも解っているが、こんな忙しい時期にウィーンを離れるというのは・・」
「公務の方はご心配なく、父上。わたしはわたしの義務を果たします。」
「・・そうか、解った。」
フランツはそう言って、ルドルフの休暇届けを受理した。
父の部屋を出たルドルフは、英国行きの為に荷造りをしていた。
「ててうえ。」
「リョータロウ、どうしたんだい?」
「ててうえ、かあさまのところに行くの?」
「ああ。暫く留守にするから、良い子にしているんだよ。」
「わたしもいく。」
遼太郎がただをこね始めたのを見て、ルドルフは溜息を吐いた。
彼はこうなったら誰も止められない。
「そうか。ねぇリョータロウ、わたしとかあさま、どっちが好きだい?」
「どっちもすき。ててうえはかあさまがいなくなってさびしい?」
「ああ、とっても寂しいよ。」
遼太郎は幼いながらも両親の不和を感じ取っているらしく、更に母親が英国に行ってしまったことに薄々気づいているようだった。
「そうか・・じゃぁ、一緒に行こうね。」
遼太郎を抱き締めながら、ルドルフはそう言って彼に微笑んだ。
数日後、ルドルフは遼太郎と共に龍之助の別荘へと向かった。
「やぁ、来たんだね。」
「リュウ、息子のリョータロウだ。リョータロウ、お父様のお友達の、リューノスケさんだよ、ご挨拶は?」
「はじめまして。」
遼太郎はそう言って龍之助を見た。
「ミズキは?」
「彼女なら湖だよ。」
ルドルフ達が湖へと向かうと、瑞姫は湖畔で湖を眺めていた。
「かあさま!」
遼太郎は瑞姫の姿を見つけるなり、嬉しそうに彼女に駆け寄った。
「遼太郎、大きくなったわね。」
遼太郎を抱きしめ、彼の頭を撫でた瑞姫がゆっくりと顔を上げると、ルドルフと目が合った。
暫し2人は見つめ合った。
「遼太郎君、お父様とお母様は少しお話ししたいことがあるから、おじさんと遊ぼうか?」
「うん。ててうえ、かあさま、けんかしないでね。」
龍之助に手をひかれながら、遼太郎はそう言うと両親を湖に残して別荘へと向かった。
「元気にしていたか?」
「ええ。」
瑞姫はそう言うと、ルドルフの目の下に黒い隈が出来ていることに気づいた。
「少しおやせになられましたね。」
「ああ。お前が居ない日々はまるで地獄の炎に生きながら焼かれているようだった。ミズキ、お前の方は?」
「つわりも治まりましたし、龍之助さんのお話しでは、もう大丈夫ですって。」
「そうか。じゃぁ、ウィーンに戻ってこれるんだな?」
「ええ。」
ルドルフは瑞姫を優しく抱き締めた。
その夜、久しぶりに会った夫婦は湖面に輝く月を眺めながら息子と友人を挟んで楽しく語り合った。
「ルドルフ様、わたしは英国に来てから、いつもこの月を眺めてはあなたや子ども達がどうしているのか心配になって、眠れない夜を過ごしました。あなたから離れて暮らすなんて無理です。」
瑞姫はそう言うと、ルドルフに抱きついた。
「わたしは、お前が二度とわたしの元に戻ってこないのではないのかと思ったんだ。もうお前を傷つけたりはしない。」
月明かりの下で、ルドルフと瑞姫はキスをした。
彼女が夫と息子とともに英国からウィーンに帰って来たのは、約2ヶ月ぶりだった。
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