ルドルフの戴冠式から2週間後、ホーフブルクにある瑞姫のサロンにおいてお茶会が開かれ、そこには政府高官である貴族の妻や娘達などが出席し、エルジィやアイリス達も顔を出していた。
「エルジィ姉様、お久しぶりね。」
「ええ。アイリス、ユナ、元気にしていた?」
結婚式から2ヶ月が経ち、エルジィはそう言って義理の妹達に微笑んだ。
「エルジィ、忙しい中ようこそ。今日のお茶会を楽しんでね。」
瑞姫はそう言うと、エルジィを抱き締めた。
アイリス達はちらりと壁際に立っているアベカシス男爵夫人とその娘・シャルロッテを見ながらくすくすと笑った。
「あの人達、何だか居心地悪そうねぇ。」
「それはそうじゃなくて? お母様にあんな口を利いたことを後悔しているのでしょうよ、きっと。」
ウィーンの宮廷貴族達もちらちらと男爵夫人母娘を見たが、彼女達に話かけるようなことはしなかった。
「あら、アベカシス男爵夫人、いらしてくださったのねぇ。」
瑞姫が今気づいたというような口調でそう言ってアベカシス男爵夫人を見ると、彼女は怒りで顔を赤く染めた。
「皇妃様・・」
「あなたのお茶会のお誘いを断ってしまって、御免なさい。戴冠式が近かったものですから、あなたのお誘いに乗る暇がありませんでしたの。許して下さる?」
にこにこと笑いながらそう詫びる瑞姫に、男爵夫人は何も言えずにいた。
相手は一国の皇妃で、王宮の実力者でもある。
エルジィの結婚式の時とは違い、ここで瑞姫に歯向かえば自分達母娘の将来は閉ざされたも同然なのだ。
「え、ええ・・」
「シャルロッテさん、とおっしゃったわね?」
瑞姫はちらりと母親の隣に立っているシャルロッテを見た。
「わたくし、あなたの事を良く知らないのだけれど、余り人に意地悪をしては自分に返ってきますからね。」
「で、では、これで失礼致します!」
娘と共にアベカシス男爵夫人は大急ぎで部屋から出て行った。
「あらあら、あんなに慌てて。みっともないこと。」
「本当にねぇ。」
それまで沈黙を通していた貴婦人達がくすくすと笑いながら紅茶を飲んだ。
「お母様は怖い方ね。笑顔で厳しい事をおっしゃるのだから。」
「そうしないと社交界では生き残れないわよ、エルジィ。新婚生活は順調なの?」
「ええ。オットーはわたしの事を心から愛してくれています。」
エルジィがそう言って紅茶を飲もうとした時、彼女は突然口元を覆って吐き気を堪えた。
「エルジィ、あなたもしかして・・」
「お母様・・」
義理の母娘の視線が合い、瑞姫はエルジィの身に起きた異変に気づいた。
お茶会から数日後、瑞姫はエルジィとともに産婦人科で診察の順番を待っていた。
「お母様、わたし何だか怖い・・」
「大丈夫よ、エルジィ。お母様がついていますからね。」
エルジィの震える手を、瑞姫はそっと握った。
診察が終わり、医師からエルジィは妊娠を告げられた。
「おめでとう、エルジィ。これからは体調管理に気をつけてね。つわりが辛い時はわたしに連絡なさい。」
「ありがとう、お母様。」
その夜、夕食の席で瑞姫は家族全員にエルジィの妊娠を告げた。
「お姉様が妊娠なさったの?」
「じゃぁわたし達おばさんじゃないの。10代でおばさんだなんて、嫌だわ。」
「あら、わたしはまだ30代でお祖母様と呼ばれるのよ? それに比べてあなた達の方がマシだわ。」
瑞姫はそう言うと、隣に座っているルドルフを見た。
彼は娘の妊娠を知り、驚きと困惑、そして喜びが綯い交ぜになったような顔をしていた。
「エルジィが母親になるなんて・・あんなに愛らしかったエルジィが・・」
「あと3回、そういう気持ちにならなければならないんですよ?」
瑞姫はルドルフに微笑むと、彼は溜息を吐いた。
にほんブログ村