「違うよ、父さん。俺とあの人は真剣に愛し合っているんだ。誤解しないで・・」
蓉がそう言ってルドルフに近づこうとした時、鈍い衝撃が頬に走った。
「お前は、何ということをしてくれたんだ!」
ルドルフは汚物を見るかのような目で蓉を睨み付けると、彼の胸倉を掴んだ。
「やめて、ルドルフ様、やめてください!」
ルドルフの怒声を聞きつけた瑞姫が、慌てて2人の間に割って入った。
「離せミズキ、こいつはハプスブルク家の恥だ!」
「やめてください、暴力だけは!」
瑞姫は自分を振り払おうとするルドルフを必死に抑え、呆然としている蓉を見た。
「父さん・・?」
いつもルドルフの事を、蓉は心から尊敬していた。
自分を心から愛してくれている父の事を。
だが、今自分の前に立っているのは、そんな父ではなかった。
同性愛者である自分を心底蔑んだ目で自分を見つめている唯の男だった。
「お願い、そんな目で見ないでよ・・」
蚊の鳴くような声で蓉がそう言うと、ルドルフはそれを聞いて鼻で笑った。
「わたしが今、どんな思いでいると思う? 自慢の息子が同性愛者だと知って絶望している父親の気持ちが、お前に解るというのか!?」
「そんな・・」
ルドルフの言葉を聞き、蓉は目の前が真っ暗になった。
もうそれ以上彼の言葉を聞きたくなくて、蓉は堪らず部屋を飛び出した。
「ヨウ、待て!」
「ルドルフ様、お願いですからあの子をそっとしておいて!」
「そっとしておけだと? お前はあいつが道を踏み外すところをわたしが黙って見ていろとでも言うのか!?」
怒気を孕んだ蒼い瞳でルドルフが瑞姫を睨み付けると、彼女はルドルフを見た。
「そんな事を言っていません。あなたは蓉の話をちっとも聞かず、自分の意見を押し付けてばかり! お願いだからあの子の話を聞いてあげて。あの子を否定するということは、わたしを否定するということと同じなのよ!」
妻の必死の訴えにも、ルドルフは耳を貸そうとはしなかった。
「これ以上お前の戯言に付き合っていられるか!」
ルドルフは瑞姫を乱暴に振り払うと、部屋から出て行った。
「待って、あなた!」
瑞姫が必死にルドルフの後を追うと、彼は蓉を庭園にある東屋から引き摺りだしているところだった。
その片手には、ゴルフクラブが握られていた。
「父さん、止めて!」
「煩い!」
怒りで興奮したルドルフは、ゴルフクラブを振りあげると、それを蓉の顔めがけて思い切り振りおろした。
唇が切れ、口の中に鉄錆の味が広がるのを蓉が感じたのも束の間、ルドルフに髪を掴まれ彼は情け容赦なくゴルフクラブで打ち据えられた。
「止めて、止めて頂戴! それ以上したら蓉が死んでしまうわ!」
瑞姫はそう叫ぶと蓉を包み込むように抱き締めた。
「そこを退け、ミズキ! お前も殴られたいのか!?」
「いいえ、退きません! 実の息子に何て酷い事を!この子は人様のものを盗んだり、命を奪ったりしていないのに!」
「わたしにはわたしのやり方があるんだ、お前は口を出すな!」
「やめろよ父さん、やめろったら!」
遼太郎がルドルフの背後に回り、ゴルフクラブを彼から奪った。
「この親不孝者め、わたしは絶対にお前を許さないからな!」
ルドルフは遼太郎に引き摺られながらも、地面に蹲る蓉に向かって悪態を吐いた。
「母さん、俺は悪い事なんかしてないのに・・」
「解っているわ、蓉。あなたは何も悪くない。それはわたしが一番知っているわ。」
自分の胸で嗚咽する息子の髪を、瑞姫は何度も何度も梳いた。
「蓉兄様は?」
「今落ち着いて眠っているわ。」
アイリスはドア越しに寝台に横たわる蓉を見た。
「お父様、酷いじゃない! あんなに蓉兄様を殴るだなんて・・」
アイリスは涙を堪えながら、蓉の部屋を出た。
(父さん、どうして・・)
父に殴られたショックと、何よりも父に拒絶された心の痛みに、蓉は涙を流した。
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