「少し夜風に当たっておりました。」
セーラはそう言ってルドルフに微笑んだ。
「セーラ様、何か我々に隠していることはありませんか? たとえば、リヒャルト殿との関係について。」
ルドルフの言葉を聞いたセーラの顔が、僅かに強張った。
「・・鋭い方ですね、あなたは。」
セーラは溜息を吐くと、バルコニーから遠くに見えるウィーンの街並みを眺めた。
「リヒャルトとわたしが恋人同士として付き合うようになったのは、数年前からです。わたしがローゼンシュルツ王国の皇太子として認められるまで、様々な困難を乗り越えなければなりませんでした。」
「存じておりますよ。」
セーラの波乱万丈ともいえる半生は、ルドルフのみならず世界中の人々が知っていた。
「リヒャルトと紆余曲折を経てわたしは結ばれましたが、その際実の両親は彼に『セーラが皇位を継承する日まで手を出さない』という誓約書を彼にサインさせたのです。彼らにとってわたしは死んだと思っていた息子が生きていた喜びとともに、息子を奪ったリヒャルトへの憎しみが湧きあがったのでしょう。」
そう言ったセーラは一旦言葉を切ると、そっと下腹を撫でた。
「正直、医師から妊娠を告げられたわたしはリヒャルトへの怒りと、今後の生活への不安で頭が混乱して、腹の子をどうすべきなのかをまだ決めていません。わたしの妊娠を両親が知れば、リヒャルトは最悪死刑台に上がることになるでしょうし。」
「死刑台とは大袈裟な。21世紀の現在に於いて、婚前交渉などは当たり前になりつつあるのに、子の恋愛にいちいち目くじらを立てる親が居るなど・・」
「馬鹿馬鹿しい、とお思いでしょう? 両親はわたしへの想いが強過ぎて、それがわたしの足かせになっている事に気づかないのです。リヒャルトとわたしが交際している事を知った時、彼らは烈火の如く怒りましたから。」
セーラの話を聞いたルドルフは、ローゼンシュルツ皇帝夫妻が何故彼に過保護になっているのかが解らなかった。
長年生き別れていた息子と漸く共に暮らせる喜びは解るが、成人した子どもをおのれの支配下に置くなど、正気ではない。
「リヒャルト殿は、何と言っているのですか?」
「まだ何も言って来ませんが、彼は産んで欲しいと思っているようです。舞踏会の後、2人で今後の事を話し合うつもりです。」
「そうですか・・」
ルドルフがちらりと大広間の様子を見ると、リヒャルトが数人の女性に囲まれていた。
「失礼。」
セーラはバルコニーを後にすると、リヒャルトの方へと向かった。
一方リヒャルトは、突然数人の女性に囲まれ、戸惑っていた。
「ねぇリヒャルト様、少しお時間ありましたら、わたくしと・・」
「ずるいわ、抜け駆けなんて。わたくしが先よ!」
「いいえ、わたくしよ!」
耳元でぎゃぁぎゃぁ煩く喚く彼女達を鬱陶しく思いながらも、リヒャルトはどう彼女達に声を掛けたらいいのか判らずにいた。
「リヒャルト、何をしている!」
鋭い声がしてリヒャルト達が振り向くと、そこには眦を上げ険しい表情を浮かべているセーラが立っていた。
「セーラ様。」
「全く、油断も隙もないな。来い、話がある。」
有無を言わさずグイッとセーラに腕を掴まれ、リヒャルトは半ば引き摺られるようにしながら大広間から出て行った。
「リヒャルト、お前は俺の事をどう思っているんだ?」
「どうって・・わたしはあなた様の事を心から愛しております。たとえ順序が違っても、いずれあなた様と生涯を共にするつもりでおりました。」
「そうか。では俺が妊娠せず、俺に縁談が持ち上がれば、お前はさっさと尻尾を巻いて逃げる訳か?」
「そんな事は・・」
「すまない、リヒャルト。どうしてこんな事しか言えないんだろう。優しい言葉を掛けようとしたのに・・」
セーラは壁際に凭れかかりながら、溜息を吐いた。
「疲れた・・俺を部屋まで運べ。」
「かしこまりました。」
リヒャルトはそう言うと、軽々とセーラを横抱きにしながら廊下を歩き始めた。
外伝第6話です。
リヒャルトとセーラ、些細なことで喧嘩を。
妊娠中はストレスが溜まるから、ついリヒャルトにあたってしまったんでしょうね。
でもリヒャルトはセーラには甘いです。
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