「やっと見つけた、人魚の末裔を。」
勿忘草色の瞳を狂気で輝かせながら、アンドリューはアベルの背後に隠れ、恐怖に震えている璃音を見つめた。
「いや・・来ないで・・」
「怖がることはありませんよ。」
アンドリューはそう言うと、何かの印を結んだ。
その途端、璃音の小さな身体は誰かに突き飛ばされたかのように床へと吹っ飛んだ。
「璃音!」
「彼女を助けたければわたしと来るのです。」
アンドリューは壁にぶつかり痛みで呻く璃音を見ながら、アベルの方へと向き直った。
「一体あの子に何をした!?」
「煩い口ですね。暫く黙って頂きましょうか。」
そう言うなりアンドリューはアベルの鳩尾を拳で殴った。
(ユーリ様・・)
意識を失う前、アベルは愛しい人の名を呼んだ。
(今、誰かに名を呼ばれたような気が・・)
一方、ユーリは夫と息子と共にエスティール皇国第二皇女・ユーフィリアに謁見する為に兵士に引率され、彼女の部屋へと向かっていた。
「どうされましたか、ユーリ様?」
眠っている息子を肩に担ぎながら、匡惟は妻が突然歩みを止めたことに気づいた。
「いや・・さっき誰かに呼ばれたような気がして・・」
「気のせいでしょう。」
「いや、確かに・・」
その時、部屋の扉の両脇を固めていた警備兵達がゆっくりと扉を開いたので、ユーリ達は慌てて部屋の中へと入った。
「ユーフィリア様、ダブリスのユーリ様がお見えになられました。」
「そうですか、お前達はもう下がりなさい。」
久しぶりに聞いたユーフィリア皇女の声は、何処か嬉しそうな様子だった。
ユーリ達がゆっくりと顔を上げると、そこには薄紅色の長い髪を結いあげたユーフィリア皇女が、宝石のような紫紺の瞳を輝かせながら彼らを見つめていた。
「お久しぶりです、ユーフィリア様。こちらはわたくしの夫の匡惟と、息子の麗欖(れいらん)です。」
「まぁ、可愛いこと。」
「ユーフィリア様、わたくしに何故お会いしたいのですか?」
「実は、この世界が滅びるかもしれないのです。」
ユーフィリアはそう言って、窓の外を見た。
「この世界が、滅びる?」
ユーリの美しい眦が上がり、隣に立っていた匡惟も険しい表情を浮かべた。
「ええ。あなたのお兄様・・ルディガーは悪魔と契約し、ダブリスの国民を殺そうとしているのです。」
2人は、皇女の言葉を聞き絶句した。
(ルディガー兄様・・)
ユーリの脳裡に、幽閉される前に王宮でルディガーと過ごした楽しい幼少期の光景が浮かんだ。
(どうして、わたし達は何処かで間違ってしまったのでしょうか・・)
ダブリス王国の首都・リヒトの街は紅蓮の炎に包まれ、人々は逃げ惑いながらも炎の渦に巻き込まれて命を落とした。
王宮から少し離れた大聖堂の尖塔の上に腰掛けながら、漆黒の羽根を畳んだリュミエルは、口端を歪めて笑った。
「愚かな人間どもよ、燃えてしまえ。」
「まぁ、綺麗です事。」
「そうだろう、羅姫。この炎はわたし達の未来を照らす祝福の炎だ。」
ルディガーは狂気に彩られた蒼い瞳を煌めかせながら、眼下に広がる炎を嬉しそうに見下ろしていた。
悪魔が放った業火は一晩でリヒトの街を焼き尽くし、その炎は鬼族の里にまで伸びようとしていた。
「皆の者、高台に逃げよ!」
「早うお逃げなさい!」
里の者達を安全な場所へと避難させながら、蓮華と香は共に背中を預けて向かい来る敵へと刃を振るっていた。
「父様、母様!」
女房達に連れられて邸を出ようとしていた2人の子、羅姫と香欖(こうらん)は両親の元へと駆け寄ろうとしたが、女房達に止められた。
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