「総司、しっかりしろ!」
歳三は畳の上に倒れている総司を見つけると、彼の身体を揺さ振った。
「土方・・さん・・?」
総司は低く呻き、薄茶の瞳で恋人を見つめた。
「大丈夫か?」
「はい・・けれどちょっと身体がだるいくらいで。もう大丈夫です。」
総司がそう言って立ち上がろうとすると、歳三がそれを制するかのように彼を抱き締めた。
「休んでいろ、総司。」
歳三は総司の手を濡らす血が、彼のものだということに気づいた。
(まさか・・)
一瞬彼の脳裡に、あの恐ろしい病の名が浮かんだ。
「土方さん・・?」
(総司がそんなこと・・嘘に決まってる。)
「土方さん、どうしたんですか?」
「いや、何でもねぇよ。おい、誰か戸板を!」
「は、はい!」
(総司があんな病気に罹るなんてことはねぇ・・こいつは、まだ若い・・)
恋人の身が病魔に侵されているのではないのかという一抹の不安を感じながらも、歳三はそっと総司の黒髪を梳いた。
新選組が池田屋で長州の過激派浪士達と死闘を繰り広げた“池田屋事件”から数日が経ち、歳三は副長室で仕事をしていた。
「土方君、入りますよ?」
「山南さんか。」
襖が開き、一人の男性が入って来た。
背は土方と同じ位で、女性と見紛う程の美しい顔をしている彼は、試衛館の食客で北辰一刀流の遣い手でもある新選組副長・山南敬助(やまなみけいすけ)である。
「沖田君の具合はどうです? 池田屋で突然倒れたとか・・」
「ただの風邪だとさ。数日位寝たら治るとか言ってやがる。」
土方はそう言って溜息を吐いた。
「沖田君は少々無茶をし過ぎるところがありますからね。それよりも池田屋の件で長州がどう動くかですね。」
「ああ、そうだな。」
「土方副長、今宜しいでしょうか?」
「入れ。」
「失礼致します。」
緊張で震えながら、一人の平隊士が副長室の襖を開け、中に入ってきた。
「あ、あの・・これを副長にと・・」
平隊士がそう言って土方に渡したのは、文だった。
「恋文か。」
然程興味がなさそうに歳三が平隊士から文を受け取ってそれを読み始めると、彼の眦が上がった。
「この文をお前に渡したのは誰だ!?」
「黄金色の髪をした女子です。この文を副長に渡してくれと、それだけ・・」
平隊士の言葉を最後まで聞かずに、歳三は副長室を飛び出し、そのまま屯所から外へと出て行った。
“三条大橋にてお待ちしております”
彼が握り締めた文には、そう流麗な文字で書かれてあった。
「くそ、もういねぇか・・」
肩で息をしながら、歳三は三条大橋の前で“黄金色の髪をした女子”の姿を探したが、そのような者は何処にも居なかった。
池田屋で総司の居場所を指で指したあの女は、総司の事を知っている。
あの者の正体と総司の繋がりを知らなければ後悔する―歳三は屯所に戻ろうと三条大橋を後にし、洛中を歩き始めた時。
「わたくしを、お探しですか?」
シャラリと簪が揺れる音がしたかと思うと、一人の武家娘が歳三の前に現れた。
「お前は・・あの時の・・」
「ここでは人目があります。どうぞ、あちらへ。」
すっと白魚のような手が指し示したのは、一軒の茶屋だった。
「てめえは一体何者だ?」
奥の席へと店員に案内され、そこに腰を下ろすなり、歳三はそう言って武家娘を睨みつけた。
だが彼女はそんな歳三をまるでからかうかのように口端を歪めて笑った。
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