「あの男は始末した。」
「そうですか。」
男の言葉を聞いても、女官は眉ひとつ動かさなかった。
「平然としているな。仮にも恋人同士だった男の死を知っても何とも思わないのか?」
「ええ。所詮あの男はあなた様の駒にしか過ぎませんでした。」
女官はそう言って、男の腕の中で眠るルドルフを見た。
「準備は出来ております。どうぞお部屋へ。」
「解っている。」
男は口端を歪めて笑うと、ルドルフを抱えたまま浴室へと向かった。
浴槽には真紅の薔薇が敷き詰められ、男はゆっくりとルドルフの服を脱がして全裸にすると、彼を浴槽に沈めた。
(息が苦しい・・)
ルドルフが水面から顔を上げて激しく咳き込むと、そこには墓地で会ったあの男が妖しげな笑みを浮かべていた。
「お目覚めか、ルドルフ皇太子。」
「お前は・・それにここは何処だ?」
「失礼致します、旦那様。」
不意に浴室の扉が開き、燭台を持った若いメイドが入って来た。
「お前は・・」
メイドの顔を見たルドルフが驚愕の表情を浮かべると、彼女は浴槽の淵に腰を下ろした。
「漸く覚醒(めざ)めの時が来ましたね。」
「覚醒めの時だと? お前は何を・・」
ルドルフの問いにメイドは答えず、彼女はルドルフの頬にキスをした。
「儀式はすぐに終わりますから。」
メイドはそう言うと、ワンピースの襟元を緩めた。
「何をしている。」
ルドルフはメイドから顔を背けようとしたが、どうしても彼女の露わになった首筋へと目がいってしまう。
彼の中で封じられていた本能が、静かに蠢き始めていた。
イートンの学生寮の一室で、カエサルはある人物からの手紙を読んでいた。
「ふふ、これで・・」
カエサルはそう言って口端を歪めた。
その時、窓硝子が割れて何かが転がった音がした。
(何だ?)
カエサルは対して気に留めずに手紙を机の上に放ったままベッドに入って眠りに就いた。
「さぁ、わたくしの血をお飲み下さい。」
「やめろ、僕に近づくな!」
ルドルフは自分に近づいてくるメイドを押し退けようとしたが、彼女はルドルフを抱き締めた。
その時、ルドルフはメイドの首筋に牙を突き立てていた。
(僕は、何を・・)
「ねぇ、何か焦げくさくない?」
「そうだね・・」
ユリウス達が異変に気づいたのは、夜明け前の事だった。
「火事だ~、カエサルの部屋から火が出てるぞ!」
ユリウス達が学生寮を飛び出して中庭へと向かうと、カエサルの部屋が炎で緋に染まっていた。
「カエサルは? カエサルは何処に居るんです!?」
「ここには居ない。もしかしたら・・」
カエサルは炎を消そうと必死に毛布で自分の身体を叩いていたが、炎の勢いは収まるどころかますます激しさを増す一方だった。
やがてそれはカエサルのガウンに燃え移り、彼は苦悶と断末魔の悲鳴を上げた。
外ではユリウス達が必死に消火にあたっていたが、最早手遅れの状態だった。
「安全な所に避難しよう!」
「でも、カエサルが・・」
ユリウスが避難しているのを渋っていると、割れた窓から黒焦げの腕がにゅっと突き出て来た。
「ひぃ!」
ユリウスは悲鳴を上げ、寮生達とともに安全な場所へと避難した。
数時間後、火の勢いは収まったが、何故かカエサルの部屋だけが燃え、彼の遺体が部屋の中で発見された。
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