学生寮の火事でカエサルが犠牲となった夜から一夜明け、授業が一旦中止されると言う知らせが学長から朝食の席でユリウス達は初めて聞かされた。
その理由は、死亡したカエサルの部屋から火炎瓶が発見され、それを投げ込んだ犯人探しでスコットランド・ヤードが捜査に入ったからだ。
「カエサルを誰が殺したんだろうね?」
「さぁ、取り巻き連中じゃない? あいつら、カエサルに従っているけど、うわべだけの付き合いだぜ。」
「そりゃぁ名門貴族の坊ちゃんに睨まれたら、成り上がりのあいつらにとっちゃぁお先真っ暗だもんな。」
昼食の席で、ユリウスの左隣に座っていたマシューがそう言って紅茶を飲んだ。
「マシュー、僕って、場違いなのかな?」
「別にそうは思わないよ、僕は。君は試験を受けて優秀な成績で入学したんだろう? オーストリア皇室のお気に入りだからってそれを鼻にかけないのが君の良い所だ。」
「それが、僕の良い所?」
ユリウスが思わずマシューを見ると、彼のヘーゼルの瞳は美しく輝いていた。
「君は誰にでも平等に接するよね。それに、自分がされて嫌な事は他人には決してしない。それが君の一番いい所だよ。多分ルドルフ様も、君のそんな所に惹かれたんじゃないかな?」
「そうかな・・」
これまでルドルフと共に過ごしていた時が長いユリウスだったが、一度もルドルフに何故自分を好きになったのかを聞いたことがない。
もしこの場にルドルフが居れば、何と答えてくれるのだろうか―ユリウスはそう思いながら、昼食を食べ終えて部屋へと戻った。
ルドルフに手紙を毎日出しているが、彼からの返事はまだない。
(何だか、嫌な予感がする・・)
「ルドルフ兄様、大丈夫かしら?」
アフロディーテも、空を覆う黒雲を不安そうに眺めながら、同じ顔を持つ聡明な兄の事を案じていた。
ウィーンでは、雷とともに激しい雨が建物や石畳の道を濡らした。
ウィーンの中でも裕福な者達が住む地区に構えられた瀟洒だが何処か教会のような厳かな雰囲気を醸し出す館に、ルドルフは囚われていた。
「さぁルドルフ様、“お薬”の時間ですよ。」
寝室でいつもの発作にルドルフが襲われていると、あの金髪の女官が滑るように燭台を手に持って入って来た。
彼女は看護師が着るような白いドレスに身を包んでいた。
ルドルフが自分にそっぽを向いて枕に顔を埋めていることを知った彼女はくすりと笑うと、ゆっくりとドレスの襟元を緩めるとそれを一気に脱いだ。
パサリと、乾いた音がしてドレスが花弁のように絨毯の上に広がった。
「怖がらないで。」
ベッドを軋ませながら、女官は自分を驚愕の表情を浮かべながら見ているルドルフの頬をそっと撫でた。
彼女は軽く髪を払うと、鬱血した首筋をルドルフに晒した。
ルドルフの瞳が禍々しい暗赤色に輝くと、彼は彼女の柔らかい肉に牙を突き立て、生命の水を吸った。
「ああ、気持ちいい・・」
ルドルフに首筋を吸われながら、女官は恍惚とした表情を浮かべた。
やがて彼女の首筋から離れたルドルフは、女官のコルセットの紐を緩め、乳首にむしゃぶりついた。
彼の瞳は、魔物としての獰猛な光だけが宿っていた。
「ルドルフ皇太子はどうだった?」
「順調です、旦那様。このままゆけば完全に覚醒(めざ)める事は可能かと。」
「そうか・・少し騒がしくなるな。」
水色の髪を揺らしながら、男は今朝の朝刊を読み始めた。
その一面には、ウィーン市内で吸血鬼殺人事件発生、と書かれている記事が載っていた。
「ハンナ、外へ出ていろ。」
「かしこまりました、旦那様。」
そう言った女官―ハンナはくすりと主人に微笑むと、黒貂の外套を纏って雨の街を歩き始めた。
(今回の事件は、あの者達が絡んでいる・・そう、わたくし達の敵が・・)
こつこつとブーツの靴音を響かせながらハンナが歩いていると、突然カソックの裾を翻しながら数人の男達が彼女の前に現れた。
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