数日後、シンは病を治し、サカキノ国皇女・ユリノとして久しぶりに公の場に立った。
「シン、大丈夫?苦しくない?」
民達に向かって手を振るシンの傍らで、カヤノはそう言って彼を心配そうに見つめていた。
「大丈夫です、カヤノ様。熱はもう下がりましたし、咳も治まりましたから。」
「そう、それは良かったこと。でもアルディンへと向かう道中には険しい山脈が待っているし、最近野盗がよく出没しているようだから、宿場町に着くまで安心できないわ。」
カヤノは溜息を吐くと、シンの肩を叩いた。
「野盗よりも何よりも、俺達を襲った者達はまだ捕えられていないのですか?」
「ええ。」
収穫祭の時、カヤノとシンを襲撃した浅黒い肌の男達は未だに捕まっておらず、彼らの素性も明らかになっていない。
アルディンへの道中、時と場所を選ばず彼らに再び襲われる危険性は大いにある。
精鋭揃いのサカキノ国軍に護られていても、だ。
シンは彼らの襲撃が計画的なものである事に気づいていた。
恐らく彼らを雇っている者は、軍関係者である可能性が高い。
ただの金品目的の野盗集団ならあんなに無駄のない動きはしない。
カヤノは宿場町に着くまで安心できないと言っていたが、そこでも彼らに出くわす可能性がないとは言い切れない。
アルディン入りし、リシャムの宮殿に入るその瞬間まで、一瞬たりとも気を緩めてはならない。
「シン、どうしたの?」
突然険しい表情を浮かべ、考え事をしているシンをカヤノは怪訝そうな表情を浮かべながら言った。
「いいえ、少し色々と考え事をしておりました。」
「そう。シン、あなたはまだ本調子じゃないんだから、余り無理はしないようにね。」
「わかりました。」
「わかりました。」
シンはカヤノに微笑むと、用意された輿へと乗り込んだ。
「出立―!」
城門が開き、シンを乗せた輿入れ行列がゆっくりと動き出した。
「姉様、お気をつけて!」
背後にカヤノ声が聞こえたと同時に、シンを乗せた輿は城を出て街へと向かった。
「ユリノ様、お気をつけて!」
「どうかアルディンで元気な御子をお産み下さい!」
シンの輿に向かって民達が次々と彼に激励と祝福の言葉を述べた。
皆、シンが男であると言う事を知らない。
この輿入れが、暗殺者を敵国に送り込ませる作戦だという事も。
輿入れ行列をじっと見ている一匹の黒い妖狐だけが、それらの事実を知っていた。
にほんブログ村