アルディン帝国へと嫁いでゆくサカキノ国皇女・ユリノの輿入れ行列が街から遠ざかってゆくのを見つめていた黒い妖狐は、華やかな行列と街から背を向け、人気のない森へと向かっていった。
「コウ、どこに行っておった?」
黒い妖狐が村へと入ると、妖狐の長老が彼に声をかけた、
「人間の皇女が輿入れするというので、それを見に行って来た。」
「そうか。して、その皇女とは?」
「何でも、カヤノの双子の姉だと申す者だった。」
「双子の姉?」
長老が怪訝そうな表情を浮かべながら、黒い妖狐を見た。
「何か気になることでも?」
黒い妖狐―妖狐族の皇子・コウはじっと長老を見た。
「コウよ、カヤノには双子の姉などおらぬ。」
コウと長老は背後から声がしたので同時に振り向くと、そこには妖狐族の王が立っていた。
「知っております、父上。ユリノと名乗る少年の名は、シン。いずれは我の花嫁になる少年。」
「勘が鋭いのう、コウ。」
「人間どもの考えなど、我はすぐに分かる。大方シンは間者として敵国に送り込まれたのであろうな。」
コウは前髪を鬱陶しそうに掻き上げると、遥か彼方に聳(そび)え立つアレス山脈を見つめた。
「何を見ておる?」
「父上、見えませぬか?遥か向こうに見える山脈を?」
「アレス山脈のことか?かつてリンと我ら一族が住んでいたという?」
「ああ。あそこには我らの魂が宿っていると言い伝えられております。あそこはアルディンへと行く際、必ず通らねばならぬ難所です。」
「あの少年は無事山脈を越えられるかのう。」
妖狐の王派そう言って溜息を吐いた。
「シンなら大丈夫でしょう、父上。彼にはあの賢狐の形見を持っているのですから。」
「そうか、リンの首飾りをあの少年が持っておるのか、在るべき所に戻ったという訳だな。」
「そうでございますね、父上。そろそろ家へ戻りましょう。雪がこの村を覆う前に。」
「そうだな。」
王とコウは、山脈に向かって静かに祈りを捧げると、家の中へと入って行った。
一方、シンこと皇女ユリノの輿入れ行列はアレス山脈へとさしかかっていた。
「皇女様、お身体のお加減はいかがですか?熱などはありませぬか?」
女官がちらりと輿の方を何度も振り返りながらシンに声をかけ、彼の体調を気遣ってくれた。
彼女をはじめとする皇女付の女官達は、主の正体も目的も知っている。
「ええ、大丈夫よ。」
ひらひらと、空から雪が降ってきた。
「大荒れにならないといいのですが。」
「そうね。」
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