「無礼者、控えよ!」
突然暴行を受け、地面に蹲っているシンを守るカオルの前に、黒髪を振り乱し琥珀色の瞳でシンを睨みつけている女性の姿があった。
「その娘はわたくしの首飾りを盗んだ泥棒よ!早く捕まえて!」
女性がそう声高に叫びながらシンを指した。
「この方はサカキノ国皇女・ユリノ様であらせられますよ。そなたは何者です?」
カオルは女性に敵意に満ちた眼差しを向けながら言った。
「わたくしはジェニーンよ。それよりもそこをお退きなさい!後ろの娘に用があるのよ!」
「退きませぬ。」
「ええい、退きなさいっ!」
女性はカオルを突き飛ばし、再びシンに向って手を振りかざした。
「何の騒ぎですか?」
殴られるとシンが目を閉じた時、玲瓏な声が中庭に響いた。
シンがゆっくりと声がした方を見ると、そこには漆黒のローブを纏った1人の男が立っていた。
アルディン帝国に来てまだ日が浅く、帝国内の民族の事などに疎いシンだったが、男がサカキノ国人だと一目で判った。
頭巾からちらりと覗く黒髪に、じっとこちらを見つめる黒い瞳には見覚えがあった。
「あなたは?」
「失礼。わたくしはユリシス、リシム皇太子殿下付きの魔術師です。」
そう言って男はシンとカオルに頭を下げた。
「ユリシス様、この娘が首に提げている紅玉の首飾りは、わたくしのものですのよ!早くこの娘を捕まえて!」
「違います、わたくしは何も盗んでおりません!この首飾りはリン様からいただいたものです!」
「嘘おっしゃい、早くこの娘を・・」
女性の言葉を、ユリシスは手を上げて遮った。
「それは、本当ですか?」
ユリシスの黒い瞳が、じっとシンを見つめた。
「ええ・・」
「ここではなんですから、あちらで詳しいお話をお聞かせ願いませんでしょうか?」
そう言って魔術師が指したのは、人気のないコテージだった。
「ええ、わかりました。」
「ユリノ様、わたくしも参ります。」
カオルはユリシスとともにコテージへと向かうシンを慌てて追いかけ始めた。
「カオル、ここはわたくしだけで充分です。だからアレク様にわたくしがユリシス様とコテージにいることを伝えて頂戴。」
「わかりました。」
シンはカオルがアレクの元へと走ってゆくのを見届けると、ユリシスの方に向き直った。
「では、参りましょうか?」
ユリシスはにっこりとシンに笑いながら、コテージの前に立ち、ドアを開けた。
シンが中に入った途端、何か冷たいものが背中に押し当てられた。
にほんブログ村