シンがちらりと背後を振り向くと、ユリシスが冷たい光を瞳に宿しながら自分を見ていた。
「動くな。」
「一体これはどういうことです?わたくしに刃を向けるなど・・」
「つまらぬ猿芝居はもうやめたらどうだ?」
ユリシスはシンの背中にナイフを押し当てながら言った。
「あんた一体何者?俺のこと知ってんの?」
「知ってるも何も、妖狐族の花嫁をサカキノ国内で知らぬものなどいない。」
「やっぱりあんたサカキノ国人だったのか。敵国の宮廷付魔術師になってるなんて、戦争でも始めるつもり?」
シンはユリシスの美しく整った顔を見ながら言った。
「わたしは誰も為でもない、自分の為に魔術師になっただけだ。それよりも君は何の為にここにいる?」
「それは言えない。」
「そうか。では紅玉の首飾りをこちらに渡して貰おう。そうすれば君が男であることや、何らかの任務を帯びてこの国に来たことを黙っておいてあげる。どう?」
それまでユリシスのくだけた口調が急にかしこまったものとなった。
(こいつ、一体何を考えてる?)
今彼に首飾りを渡すのは得策ではない。
首飾りを握り締めたシンは、深呼吸してユリシスにこう言った。
「断る。あんたは信用できない。」
「そう。じゃぁ仕方ないな。出来れば君には使いたくなかったんだけど。」
まるでこれから楽しい祭りが始まるのを待っている子どものような弾んだ口調でユリシスはそう言いながら素早く空中で印を結んだ。
その様子を見ていたシンは、突然胸を押さえて床に蹲った。
身体の内側に、何か得体の知れないものが暴れ狂っているような感覚がした。
「俺に何をした?」
「君には時間をあげる。再び会う時、君は首飾りを渡す気になるだろうね。」
ユリシスはそっと白い指先でシンの口元を優しくなぞった。
薬指には紅玉の指輪が嵌められていた。
「また会おう、シン。いや、ここでは皇女ユリノだったね。」
ユリシスはシンの髪を撫でると、東屋から出て行った。
「待て・・」
シンがユリシスのローブの裾を掴もうとしたが、虚空を掴んだだけだった。
「母さん・・」
薄れゆく意識の中で、シンは亡き母を呼んだ。
―シン、闇の力に負けてはなりません。
どこかで優しい声がして、首飾りが熱を帯びた。
「母さん、母さんなの?」
ふと辺りを見渡すと、光の中にいる誰かが自分に向って手を差し伸べていた。
―シン、可愛いわたしの末裔よ。
シンはその手をそっと握り締めると、意識を失った。
一方、中庭ではセシャンが1人の令嬢を話していた。
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