10年前。
アルディン帝国より遥か北―妖達の領域である森の中に、タシャン一族の村があった。
彼らはみな銀髪金眼―妖狐族であり大陸の始祖・リンに似た容姿をしていた。
その中でリンと同じ真紅の瞳を持っていたのは、エリスとその双子の姉・レイラだった。
エリスはリシャムの孤児院にナサニエルによって引き取られ、そこで育っていたが、レイラはタシャンの村に残り、村人達から“リンの生まれ変わり”と崇められながら毎日を過ごしていた。
「レイラ様はいつ見てもお美しいねぇ。」
「リン様の生まれ変わりだもの、当たり前でしょう。」
レイラが道を歩く度に、そう言って村人達が彼女に羨望の視線を送っていた。
生まれてすぐに貴族の母親によって孤児院の前に捨てられた両性の弟とは違い、レイラは村で大切にされていた。
それもその筈、タシャンはサカキノ国人と同じく、リンを昔から聖狐として崇めていたのだ。
彼女と同じ容姿を持つレイラを蔑ろにすることは、即ちリンを侮辱することを意味するからだ。
だからタシャン達は親に捨てられた哀れなレイラを、自分達の娘のように大切にこの14年間、育ててきたのだ。
だが彼女はもうすぐ成人を迎え、この村から出なくてはいけない。
15になれば村の若者達は外の世界で生きる術を学ばなくてはならないーそれがタシャンの村に代々受け継がれ、守られてきた掟なのだ。
レイラがリンの生まれ変わりと呼ばれていようと、例外は決して許されない。
「ただいま。」
水汲みを終えたレイラがそう言ってパン屋の戸を開けると、彼女の養父母である店主夫妻が同時に彼女の方を見た・
「レイラ、寒かっただろう。暖炉の方に行って体を暖めな。」
「ええ。」
レイラは暖炉の傍にしゃがみ込み、冷えた体を暖め始めた。
「もうすぐ成人を迎えるな、レイラ。お祝いに何か買ってやろうか?」
「いいわよ、別に。」
そう言ってレイラはいつも自分に優しくしてくれる養父母に微笑んだ。
その夜、レイラが自分の部屋で眠っていると、誰かが窓硝子に石を投げつける音がした。
「誰なの?」
レイラが洋燈の火を外に向けながらそう言うと、闇の中を逃げてゆく人影が見えた。
亜麻色の髪が、レイラの網膜に焼き付いた。
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