「“穢れ”は、この街から出てゆけ!」
「そうだ、そうだ!」
「清浄な街に戻す為には、お前達が出てゆけ!」
暴動により暴徒と化したリシャム市民は、神殿の中で恐怖に震えている子ども達に向って怒鳴った。
「神官長様、こわいよぉ。」
「大丈夫だ、彼らはすぐ去る。」
ナサニエルはそう言って怯え、自分に縋り泣く子らをあやした。
その時、礼拝堂で窓硝子が割れる音がした。
「神官長様、わたしが見て来ます。」
エリスはそう言うと、ゆっくり椅子から立ち上がった。
「エリス、わたしが行く。」
「いいえ、わたしが行きます。」
エリスはじっとナサニエルを真紅の瞳で見つめた。
彼は一度言い出したり、動き出したりしたら頑として動かないことを、ナサニエルは思い出した。
「行ってきなさい。でもすぐに戻って来るんだよ、いいね?」
「わかりました。」
礼拝堂へと向かうエリスの背中を、ナサニエルは愛おしそうに見つめた。
礼拝堂に入ったエリスは、粉々に砕け散った窓硝子を見て唖然としていた。
「酷い・・」
床に散乱している窓硝子を拾い集めていると、足音が聞こえ、彼はゆっくりと顔を上げた。
「おい、“穢れ”がいるぞ!」
「殺せ、殺しちまえ!」
武器を持ち、怒りと憎悪で目をぎらつかせた男達が口々とそう叫びながら、エリスを睨みつけた。
「殺したいのなら、殺しなさい!」
エリスは男達を睨みつけながらそう言うと、礼拝堂の出入口に立ち塞がった。
その向こうにいる、家族を守る為に。
「いきがるんじゃねぇぞ、ガキが!」
男達の1人がそう言って角材でエリスを殴りつけた。
目尻が切れ、そこから血を流しながらも、エリスはきっと男達を睨んだ。
「あなた方は、恥ずかしくないのですか? 武器を持たぬ神官達を襲うなど、神への冒涜ですよ!」
「うるさい、黙れ!」
エリスは数人の男達から暴行を受けた。
だがどんなに殴り蹴られてもエリスは必死に耐えた。
「何をしている!」
凛とした声が突如、礼拝堂に響き、男達が礼拝堂から逃げて出てゆくのを、エリスはうっすらと目を開けて見た。
「大丈夫か?」
エリスはゆっくりと顔を上げ、自分を助けてくれた“誰か”を見た。
その“誰か”は、青い鎧を纏った男だった。
「助けて下さり、ありがとうございました。」
エリスはそう言って男に頭を下げた。
「君は・・」
エリスの顔を見た男は、そう言った後息を呑んだ。
「どうしました?」
「いや、何でもない。」
琥珀色の瞳を細めながら、男はエリスを見た。
「タシャンの一族は、誇り高いときいたが、それは本当らしいな。」
そう言って男は、エリスに微笑むと礼拝堂から出ていった。
その後、その男は皇帝・シェーラにこんな報告書を送っていた。
“タシャンの者は、誇り高き一族である。決して穢れではない。”
この報告書により、それまで“穢れ”として忌み嫌われていたタシャン一族は、“賢狐の血脈”として崇められるようになった。
歴史の中で、勝者が吹聴した噂が時として真実になることがある。
だが、アルディン帝国将軍・イルディアの報告書は真実そのものだった。
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