「あなたは、この宿の方?」
シンはそう言うと、少女から箱を受け取った。
「はい。先ほど姉が失礼な態度を取りあなた様を不快にさせてしまったことを、妹のわたくしが代わってお詫びさせて下さいませ。」
少女はそう言うと金髪の巻き毛を揺らしながら、シンに向かって頭を下げた。
「いいのよ、謝らなくても。あなたのお名前は?」
「エリナと申します。」
「わたくしはユリノというのよ。これからこちらでお世話になるわ、よろしくね。」
少女が部屋を出て行くと、シンは箱の中から1着のドレスを取り出した。
レースがふんだんに使われた薄紅色の生地で作られたそれは、どこからどう見ても少女趣味なものだった。
これを着ろというのか。
出来ればこんなものは着たくないが、血で汚れたドレスで人前に出る訳にはいかない。
シンはさっさとドレスに着替えると、鏡の前でくるりと一周してみせた。
「やぁ、もう着替えは済んだのか?」
部屋にタキシード姿のユリシスが入ってきた。
「俺にこんなドレスを着せて何をさせるつもり?」
「パーティーに出る為さ。もう行こうか?」
自分をエスコートしようとするユリシスの手を、シンは邪険に振り払うと、部屋から出て行った。
「完全に嫌われてしまったな・・嫌われて当然のことをしたんだから仕方ないか。」
ユリシスはそう呟くと、慌ててシンの後を追った。
一方、湖畔に天幕を張った南部軍は、ここでも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
湖ではエリスが純白の衣を纏い、禊を行っていた。
神官時代、重要な神事の前に神殿内の泉で身体を清め、祝詞を唱えていた。
今はもう神に仕える身ではなくなったが、この戦いで抱えてしまった穢れを少しでも清めたかった。
エリスは目を閉じ、祝詞を唱え始めた。
水の冷たさによって精神を研ぎ澄ませたエリスが無になった時、彼女の前に一匹の美しい銀狐が九本の尾を振りながら舞い降りてきた。
「あなたは、リン様?」
―エリス、わたくしの魂を受け継いだ同胞(はらから)よ。
銀狐はそう言うと、エリスにそっと近づいた。
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