「ですが、わたしは・・」
「ここでは人目がある。静かな所で話そうか?」
「はい・・」
ユリウスはルドルフに連れられ、王宮庭園へと向かった。
「ルドルフ様、わたしはヴァチカンへは行きません。」
ユリウスの言葉を聞いたルドルフの瞳から徐々に怒りの光が消えつつあった。
「そうか。済まないユリウス、感情的になって・・」
「いえ、いいんです。マイヤー司祭様からは改めてお返事をさせていただきますので。ではわたしはこれで。」
ユリウスはそう言ってルドルフに頭を下げると、庭園を後にした。
(ユリウス・・?)
ヴァチカンには行かないという、ユリウスの返事を聞いた途端、ルドルフはほっとしつつも、同時に不安を抱き始めていた。
いつかユリウスと、別れる時が来るのかもしれない。
(ユリウス、お前を信じてもいいんだな?)
(さきほどアウグスティーナで見たルドルフ様は、何処か焦っていらした・・何か不安を抱えていらしたような・・)
アウグスティーナへと向かう廊下を歩きながら、ユリウスは先程ルドルフが浮かべた怒りの表情を思い出していた。
ルドルフは最近、何処か塞ぎ込んでいるかのように見られた。
帝国の後継者として、いずれは皇帝としてこの広大な帝国を治めなければならない。
それ故に、彼の悩みは計りしれないものなのだろうが、ユリウスにはそれが何か解らないでいた。
(ルドルフ様、あなた様は何を迷っておられるのですか?)
ユリウスが溜息を吐きながら次の角を曲がると、彼は誰かにぶつかってしまった。
「あ、申し訳ございません・・」
「おや、誰かと思ったら・・」
ゆっくりとユリウスが顔を上げると、そこには自分を値踏みするかのような目で見つめている少年の姿があった。
「フランツ=フェルディナンド様・・でしたね?」
「今日はルドルフ皇太子様とは一緒ではないんですね?」
少年―フランツ―フェルディナンドは傲慢な光を瞳に宿らせながら、ユリウスを見た。
「わたしはこれで失礼致します。仕事がありますので。」
ユリウスは当たり障りのない言葉をフランツ=フェルディナンドに言って彼に頭を下げると、彼の前から立ち去ろうとした。
だが、その前にフェルディナンドに手首を掴まれた。
「あなたに、お聞きしたいことがあるのです。」
「わたしに、ですか?」
「ええ。」
「わたしに何をお聞きしたいのでしょう?」
「数日前、ルドルフ皇太子様のお部屋からあなたが空の薬瓶を持って出てきましたよね? あの中身が知りたいんです。」
「あれは、ちょっとした栄養剤です。皇太子様は少し貧血気味なので、侍医の方から毎日皇太子様にお渡しするようにとお願いされたのです。」
「ふぅん、そうですか。」
ユリウスの答えに、フェルディナンドは少し不満そうに唇を尖らせると、ユリウスに背を向けて歩き出した。
「もうちょっとで危ないところだったわね、ユリウス。」
「アフロディーテ様・・」
「あいつには気をつけなさいよ。ルドルフ兄様に妙な対抗心を抱いているのよねぇ。」
アフロディーテはそう言うと、溜息を吐いた。
「兄様にはヴァチカンには行かない事を伝えたの?」
「ええ。ですが最近ルドルフ様は何かお悩みを抱えていらっしゃるようでして・・それが何なのか解らないのです。」
「兄様は気難しいお方だからねぇ。わたしやジゼル姉様にもご自分の手の内をお見せしないお方だし。まぁ、そんなときは何も言わずにルドルフ兄様の傍に居てあげたらいいんじゃない?」
「そうですか・・」
平民のユリウスにはルドルフが背負う悩みが判らないが、ただ彼の傍に居る事が彼の為なのだと思い始めていた。
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