1942年1月、ウクライナ。
第二次世界大戦が3年前に勃発してから、世界には明日の光が見えぬ程の深い闇に覆われていた。
そんな中、ルドルフとユリウスは冬風を全身に受けながら、食糧の配給へと向かっていた。
マイヤーリンクの夜から50年以上経ったが、ルドルフはあの時の若さと美貌を保っていた。
癖のある金髪をなびかせながら、彼は隣を歩いている恋人の手を握った。
「お寒くはありませんか、ルドルフ様?」
「大丈夫だ。ユリウス、お前はどうして手袋をしていないんだ?」
外は突き刺すような寒さの中、ユリウスの両手はかじかんでいた。
「わたしは平気ですから。それよりも早く参りましょう。」
「ああ・・」
食糧の配給へと2人が向かうと、そこには既に沢山の人々達が列を作っていた。
寒空の中彼らが配給を待っていると、漸く商店の扉が開いて列が動き出した。
配給を受けた者は微かな笑顔を浮かべながら歩き、逆に待っている者は不安といら立ちを浮かべながら自分の順番を待っていた。
ルドルフとユリウスは配給分の食糧を受け取ると、商店から出て行った。
「今日も寒いですね、ルドルフ様。」
「ああ。」
アパートの部屋に入り、コートを脱いでハンガーに掛けながら、ルドルフはそう言ってユリウスの手を掴んだ。
彼の手は、痛々しい皸(あかぎれ)が出来ていた。
「手袋をしろと言ったのに・・確か、乳液があったから、それを塗ってやる。」
「そんな・・自分で致します。」
「人の親切は素直に受け取れ。」
ルドルフはそう言うと、ユリウスの手に乳液を塗り始めた。
「今夜は冷えるな。」
「ええ。一週間分の薪や石炭がありますから何とか凌げますが、これがなかったら・・」
「わたしが何とかするさ。それに、寒い時は人肌が一番良いんだ。」
「な・・またあなた様は・・」
頬を赤らめたユリウスに、ルドルフは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
木枯しが窓硝子を叩く中、ユリウスはやがて眠りに落ちた。
ルドルフはそんな彼の寝顔を隣で見ながら、マイヤーリンクから幾日経った日の事を思い出していた。
「ルドルフ兄様、生きてらしたのね。」
「アフロディーテ、ヴァレリー、元気そうだね。」
マイヤーリンクで“死んだ”ルドルフが、実は生きていたと知り、2人の妹達は歓喜した。
「これから何処へ行かれるの、兄様?」
「解らない。だがユリウスと共に、生きていこうと思う。」
「そう・・兄様、やっと幸せを掴んだのね。」
アフロディーテはそう言って、ルドルフの手を握った。
「ヴァレリー、アフロディーテ、エルジィに・・」
「解っているわ。お兄様、ユリウスと幸せになってね。」
「ありがとう、ヴァレリー。」
ヴァレリーはルドルフを抱き締めて涙を流した。
「お母様には会ってゆかれないの?」
「ああ。」
自分の死を嘆き、喪服を纏っている母。
彼女と会ったら、罪悪感で一度決めた心が揺らいでしまいそうで怖かった。
「2人とも、元気で。」
ルドルフはそう妹達に笑顔を浮かべると、彼女達に背を向けて歩き出した。
妹達と別れを告げた数日後、フランツがユリウス達の家を訪ねてきた。
「どうしても、行くのか?」
「ええ、父上。もうわたしは、皇太子として生きる事が出来ません。」
「そうか・・わたしは結局、父親としてお前と向き合う事をしなかったな。こうしてお前と向き合う時には、全てが終わっていたのか・・」
「父上、さようなら。」
ルドルフはすっかり老いてしまった父の、皺が目立つ手を握ると、彼と最後の別れを告げた。
彼が最後に見た尊敬する父の顔は、涙に濡れていた。
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