これまで幾度となく爆撃を受けたが、こんなに間近で遺体を見るのは、初めてだった。
「酷い・・」
ルドルフは恐怖で目を見開いたままの、子どもの顔を見て吐き気を催しそうになったが、それをぐっと堪えて彼の両目をそっと閉じた。
「行くぞ。」
「はい。」
ユリウスは胸の前で十字を切ると、その場を立ち去った。
「う・・」
村長の邸を出て竹林へと向かおうとしていた沙良は、飛んできた瓦礫が後頭部に当たり、気絶していた。
「沙良様、ご無事でしたか!」
村の女が慌てて沙良を抱き起こした。
「もうここは危ないですから、離れましょう!」
「村のみんな・・防空壕に避難した人達は?」
沙良の問いに、女は気まずそうに俯きながら残酷な真実を告げた。
「みんな、助かりませんでした・・」
「そんな・・」
沙良は女の言葉が信じられず、地下の防空壕へと向かった。
そこには、生きながら蒸し焼きにされた村人達の遺体が転がっていた。
「沙良様、お早く!」
「ええ・・」
沙良は懐の簪を握り締めながら、防空壕に背を向けて走り出した。
竹林を抜けて駅へと向かう畦道を走っていると、ところどころに原形を留めない村人達の遺体が水田の中に沈んでいた。
吐き気を堪えながら、沙良はひたすら走り続けた。
(陽輔様・・沙良を、沙良をお守りくださいませ・・)
遠く南方の戦地で戦っている恋人の名を呼びながら、沙良はいつも首に提げている彼と揃いのロザリオを握り締めた。
漸く駅に着くと、そこは避難民達でごった返していた。
「押すな!」
「ちょっと、子どもが居るのよ!」
「煩せぇ、餓鬼を黙らせろ!」
ホームには彼らの怒号と悲鳴、泣き声が響いており、誰もが我先にと汽車に乗り込もうとしていた。
「ルドルフ様、どちらにおられますか!」
「わたしはここだ、ユリウス!」
ルドルフは人波に逆らい、ユリウスの元へと行こうとしたが、どうしても人波に押し戻されてしまい、中々彼の元へ行けない。
人波に抗いルドルフがユリウスの元へと少しずつ近づこうとした時、爆撃機のエンジン音が駅舎の上から聞こえてきたかと思うと、またあの機銃掃射の音がして、ルドルフは咄嗟に床に伏せた。
駅舎に集まっていた人々が悲鳴を上げ、一斉に駅舎の出口へと殺到した為、更に混乱が酷くなった。
ルドルフは駅舎から出た人々が敵機の機銃掃射を受け、胸や頭を撃ち抜かれて次々と死んでゆくのを見た。
「お母さん、起きてよ~!」
「潤子、目を開けて!」
戦争前長閑な空気が流れていた駅舎は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
(これが・・大量虐殺戦争・・)
あのサラエボの事件から、ルドルフは幾度も見て来た。
兵士達が潜んでいる塹壕が炎と黒煙に包まれる光景を。
だが、今目の前に広がっている光景は違う。
今敵機の機銃掃射を受けているのは、全て民間人だ。
「ルドルフ様。汽車に。」
「ああ。」
ルドルフとユリウスは、汽車の貨物車両に乗り込んだ。
汽笛が鳴り響き、汽車はゆっくりと駅舎から離れていった。
「これからどうします?」
「さぁな。もう寝よう。」
「ええ・・」
次第に加速してゆく汽車は、汽笛を鳴らしながら東京へと向かっていた。
空が曇り、雪が降って来た。
この世の地獄に降る穢れなき雪の白さを見ても、ルドルフには悲しみしか抱かなかった。
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