東京行きの汽車に揺られながら、ルドルフは昔の夢を見ていた。
まだウィーンに居た、幸せな時代の夢を。
厳しくも尊敬していた父、優雅で美しい母、陽気で気遣いが出来る姉、天真爛漫な双子の弟と妹。
そして、いつも自分に笑いかけてくれる恋人。
夢のようでありながら、ふと目を閉じれば過ぎ去ってしまった日々。
(もう一度、あの頃に戻れたのなら・・)
そんな事を思っても、もう二度と時が戻ることはない。
ただ無情に過ぎ去る時と、どう付き合うかどうか―それが全ての人間に課せられた義務なのだ。
「ルドルフ様、起きて下さい。」
「ん・・」
ルドルフが蒼い瞳を開くと、ユリウスが心配そうに自分を見つめていた。
「どうした、ユリウス?」
「トウキョウに着きましたよ。降りる準備をしなくては。」
「ああ、そうだったな。」
硬い貨物車両の床に長時間横たわった所為か、全身があちこち痛んだ。
乱れた裾を直し、銃剣を握り締めた彼は、ユリウスの手を取り、貨物車両から降りた。
東京の駅舎は、ユリウス達が爆撃を受けた駅舎よりも多くの人でごった返していた。
「ルドルフ様、これを。」
「ありがとう。」
目立つブロンドを隠す為に、ユリウスは彼からショールを渡され、それを頭からすっぽりと被り、伏し目がちに彼と共に歩き始めた。
「これから、どうなさいますか?」
「さぁな。ユリウス、ここは人が多いな。」
「それは、日本国の首都ですから、当然でしょう。」
「そうか、そうだったな。」
ルドルフはそう言ってふっと笑った。
「ルドルフ様・・?」
爆撃を受けた駅舎の様子を、ユリウスも目の当たりにして、絶句した。
ルドルフはあの爆撃で、様々な思いを抱いているのだろう。
それを口に出さないのは、まだショックから立ち直ってないからだと、ユリウスは思っていた。
「取り敢えず、何かを食べましょう。考えるのはそれからです。」
「ああ。これなら少しは金になるかな。」
ルドルフはそう言うと、髪に挿していた真珠の簪にそっと触れた。
2人が駅舎を出ようとした時、背後から鋭い警笛が鳴ったかと思うと、数人の警官達が彼らを取り囲んだ。
『貴様ら、このご時世にこんなものを被りよって・・この非国民が!』
警官の1人がルドルフの頭部を覆っていたショールを剥ぎ取ると、ブロンドの巻き毛を見た周りの人々が一斉にざわめいた。
―米英だ・・
―何だあの格好は?
―近づいちゃいけないよ、取って喰われてしまうよ・・
容赦なく周囲から向けられる好奇と嫌悪の視線にルドルフは初めて恐怖で身を震わせた。
「ルドルフ様・・」
(今までこの方が何かを恐れることはなかったのに・・)
ユリウスは彼の手を握ることで、彼を安心させようとした。
だが―
『さっさと離れろ!』
警官が2人の間に割って入り、容赦なく彼らを警棒で打ち据えた。
間髪いれずに与えられる痛みに、ルドルフは目を閉じる事しか出来なかった。
『おやめ下さい、その方々はわたしの連れです!』
突然警官達の前に、1人の老人が現れた。
『なんだ貴様は? 我らに盾突くと、タダでは済まんぞ!』
『老い先短いわたくしは、何をされても痛くも痒くもございません。さぁ、やあれるものならやってみろ!』
老人の気迫に押されたのか、警官達は舌打ちしながら彼に背を向けて去って行った。
「大丈夫ですか?」
老人はそう言うと、ルドルフ達に向き直った。
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