弘徽殿女御(こきでんのにょうご)・總子(さとこ)は、隣で柚葉の舞に見入っている帝を見た。
「主上、何をご覧になっておりますの?」
「そなたに仕える女房達は美しい者達ばかりだな。」
帝―尊仁はそう言って艶やかに舞う1人の舞姫を見つめていた。
結いあげた金の髪に真珠の釵を挿し、白い紗の布を天女の羽衣のように操るその姿は、とても美しい。
尊仁はその舞姫の名を知っていた。
山野裏柚葉―宮中で権勢をふるっている右大臣家の姫。
巷では金髪蒼眼の容姿から彼女は“鬼姫”と呼ばれているらしいが、自分にとっては彼女が天女に見えた。
「總子よ、あの者を余の元に呼んでくれまいか?」
そう言った時、總子の美しい顔が少し引き攣ったように見えた。
「主上のお望みとあらば。」
衣擦れの音を響かせながら、弘徽殿女御は帝の元を去っていった。
總子は帝の前で浮かべていた笑みを消し、恐ろしい顔をしながら彩加の姿を探した。
「彩加、彩加はおらぬか?」
「こ、これは女御様・・」
彩加付の女房・葭野は慌てて頭を下げた。
「葭野、彩加はどこにおる?」
「姫様は今席を外しております。」
「そうか・・ではそなたに頼みたいことがある。」
總子はそう言って葭野に何かを渡した。
「これはなんでございましょうか?」
「お前が知らぬともよいものじゃ。よいか、主上が柚葉の所に参られる時に、柚葉の盃にこれを入れるのじゃ。」
「かしこまりました・・」
葭野は震える手でそれを受け取った。
再び帝の元へと戻った總子は、庭で踊る柚葉を睨んでいた。
(おのれ鬼姫、妾から主上を奪う気か・・そうはさせぬ、妾は必ずや国母となる!お前如きに邪魔されてなるものか!)
強い視線がして、柚葉はチラリと帝がおわす清涼殿の方を見た。
帝の隣にいた自分の主である弘?殿女御が、恐ろしい形相で自分を睨んでいる。
(どうやら俺は、また彼女の恨みを買ってしまったらしいな・・)
自分はそんなつもりはないのに、向こうは違うらしい。
半年前に自分を宮中から追放しようとした女である、今回もまた何か企んでいるのだろう。
(あの女には用心しないとな・・)
柚葉達が舞を舞い終わると、帝は大層ご満悦の様子で手を叩いていた。
柚葉は溜息を吐いて庭を去ろうとしたとき、誰かに肩を叩かれて振り向いた。
「柚葉殿、主上がお呼びです。」
「わかった。」
柚葉がそう言うと、帝の使いは彼の元から去っていった。
「姫様、主上から文が。」
部屋に戻ると、綏那がそう言って帝からの文を柚葉に差し出した。
そこには、今夜清涼殿で会いたいと書いてあった。
「やばいことになったぞ、綏那。」
柚葉は溜息を吐いて帳台の中へと入って行った。
「そうでございますね・・主上は姫様が男だと知りませんし・・」
「せいぜいバレないようにするよ。」
その夜、柚葉は身支度を整えて綏那と数人の女房達を連れて清涼殿へと向かった。
「待っていたぞ、天平の舞姫よ。」
そう言って帝は柚葉に微笑んだ。
「それほどわたくしの拙い舞を気に入っていただけて嬉しゅうございます。」
柚葉は帝に愛想笑いを浮かべながら彼に頭を下げた。
「そなたは楽だけでなく舞の才能もあるようだな。一差この場で舞ってみよ。」
「主上のお望みとあらば。」
柚葉はそう言って立ち上がり、楽士が奏でる音に合わせて舞い始めた。
帝が柚葉の舞に魅入っている隙に、葭野は弘徽殿女御から渡された毒を柚葉の盃の中に入れた。
その頃、菫乃はある人物と話をしていた。
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